『先に立つ君と、うずくまる僕』



「死んでしまった?」

 嘆く僕の前で、彼は静かにそう言った。
 僕はぎゅっと唇を噛み締めて、小さく頷く。
 涙をこらえて、何度も呼吸をやり直した。喉が痛いのは、叫ぶのを我慢しているからだろうか。

「泣いてやれよ」

 そんな僕に、彼は全部分かっているのだといった調子で告げる。
 おまえに何がわかると、その声に叫び返したくなる。
 今、目前で葬られた犬は。
 決して僕が飼っていたわけではなかったけど、近所の犬だったけど、僕は、とても大切に思っていて。
 いとおしんでいて。

「泣いてやれって。叫んでもいい。……我慢してやるなよ」

 ぽん、と掌が頭に乗せられた。
 そのじわりと広がる暖かさに、また目の奥が潤んでいく。

「死んだものを悲しんで泣くのは、生きているものの義務だとか言うけど。……そういうのじゃなくってさ」

 全て分かったような声で、自分と同い年であるはずの子どもは言うのだ。

「…おまえ、悲しいんだろ? だったら、泣くのがいいし、叫びたいんだったら叫べよ」

 そうしたいと思っているのに、どうして我慢する必要があるんだ。
 そう、いつもの調子で、当たり前みたいに言う彼の口調が、やけに耳に響いて。
 僕は言われるままに、手の甲で目の辺りを擦った。
 ぱたぱたと掌を伝って膝に落ちるのは、涙の雫。
 将軍の子どもは難しいな、なんて彼が他人事みたいに言った。
 そして泣いている僕に黙って背を向けて、誰も来ないように見張っててやるからなんて言った。
 犬が死んだくらいで、将軍の息子が泣くだなんて。
 確かに、一瞬そう思ったのは、本当だけど。
 僕はどうにも止まらない雫を拭って、ため息をつく。
 そんなんじゃないというのは、僕のプライドが許さなかった。
 ちっぽけなプライドだと、彼が聞いたら笑うかもしれない。僕だって、きっと笑ってしまう。そんな下らない、プライド。
 死んでしまったともだちは、こうして隠れて泣く僕のことを嫌いになるだろうか。
 僕のことを好きだというみたいに尻尾を振って、いつも飛びついて、病気になってしまったときも一生懸命にゆっくりと尾を振ってくれた。
 それなのに僕は、こうして、友達が作ってくれた影の中でしか泣くことが出来ないでいて。

「いいんだよ。そんなのは」

 不意に、彼が言った。
 僕が振り向かないままで、何も言わないでいると、彼はまた全部わかったみたいな調子で続ける。

「あいつはおまえのことが好きだったよ。だから、それで幸せだったんだ。そしておまえは今悲しいから、こうしておまえの場所で泣いているんだ」

 難しいこと考えるなよと言う。
 分かった風に、言う。

「…テッド」
「んん?」

 だから僕も、変わらず流れ続ける涙の下から呼びかけて。

「あと、5分したら、ここをでよう」

 溢れる涙をそのままにして、言うのだ。

「わかったよ」

 彼はそうして肩をすくめて、決して振り返らないままで「あと5分な」と答える。

 あと5分だけ、悲しむのではない。
 僕はきっと、一生悲しみ続けるだろう。
 失ったちっぽけな命に嘆き、いつまでもこうして悲しむだろう。
 幸せだったかもしれない、死んでしまった命。
 それを思って、いつまでも悲しむだろう。
 けれど、泣くのはあと5分でいいのだ。
 目に見える形で、こうしてはっきりと泣くのは、あと5分でいい。

 そうしたらきっと青空を見上げて、振り返って、親友に向かって笑いかければいい。
 彼はきっと、全部わかったみたいな顔で「行こうか」と笑い返すから。









2004/01/13 表日記にて
何とかと何とかっていうタイトルばっかです私。幻水世界の時間単位が分でいい筈ないのにと思いつつアップ。