『君が砕いた、血色の欠片は』


「……どこまでついてくるんだい。ボッシュ」
 リュウは嘆息して、言葉を吐き出した。その前方では、彼の生徒であるボッシュがにやにやと鞄を抱えて笑っている。
「どこまでって。…先生の車まで、って言ったじゃん。送ってよ」
「駄目。そんな個人サービスは受け付けてないよ」
 勝手に彼の鞄を抱えていってしまったボッシュに眉を寄せて、リュウはすげなく答えた。いいかげんに返しなさい、と手を伸ばすが、その手はあっさりと振り払われる。
 高校生と、成人男性。その体格差は、それほど歴然としたものではない。……特に、リュウのような細身の男性にとっては。
 ボッシュはリュウと並ぶ身長と、奇妙な存在感でもって彼の前に立ち、にや、と笑う。
「先生の車って、コレ?」
「……」
 教員用の駐車場で、ボッシュは一台の乗用車を示している。
 リュウは嘆息交じりに「そうだよ」と答えた。
 全く、面倒な子どもに懐かれてしまったものだとつくづく思う。
 頭は悪くないし、運動神経も優れている。ただ、その性質は実に扱いづらく、常に他者から距離を置いているようなところのある子ども。それが、このボッシュという少年なのだ。
「先生、鍵ちょうだい。後ろのトランク、開けるから」
 厄介な生徒を扱いかねてリュウが立ち尽くしている間に、ボッシュは勝手に車の横に佇み、リュウの鞄と彼の鞄をトランクに押し込もうとしている。
「……わざわざそんなところに入れるほどの荷物じゃないだろう?」
 元々面倒くさがりで、諦めがちな性質のリュウは、ことここにいたって、強引でワガママな生徒の要望を受け入れる気になっていた。
 確か、ボッシュはそう遠い地区の子どもではないはずだ。何十分か我慢すれば解放される。そう思えば、ここの問答よりもそちらを選ぶ方が楽というもの。
「だって、邪魔じゃん?」
 ボッシュは肩をすくめて笑い、リュウが放った鍵を使ってトランクに荷物を放り込み、車のドアを開ける。
「どーぞ、センセ」
「……どうも」
 リュウは嘆息交じりにボッシュの開けたドアをくぐり、運転席に乗り込む。
 窓の外は、既に夕暮れ。
 少し離れた敷地にあたるこの駐車場から、朱色に染め上げられた白い校舎が見えて、リュウは軽く目を細める。
 赤い色は、キライだった。昔から。
 空は青がいい。もしくは、真夜中の濃紺。
 あんな馬鹿げた血の色に空を染め上げるなんて、と、リュウは埒もないことを考え、ボッシュが当然のような顔で助手席に乗り込むのを待つ。
「……センセ」
 かち、と鍵を差し込んでエンジンを起こす。黙々と運転準備をするリュウを、ボッシュはじつと見つめ、唐突にこんなことを尋ねた。
「俺、先生のこと、好きなんだけどって言ったの。……何回くらいだっけ?」
 からかうようなにやにや笑いは影を潜め、珍しく真面目なような、それとも何かをこらえているような、不可思議な表情になっていた。
「……二桁はいってないと思うけど。確か」
 冗談交じりに好きだと囁かれ、抱きすくめられたことを思い返し、リュウは殊更冷ややかな声を出した。
 俺、先生のこと好きなんだよ、と何度も繰り返し、抱き寄せようとしたり、キスしようとする。……そんな彼の悪ふざけに、リュウは正直うんざりしていた。
「いいかげん、下らない冗談はやめて勉強に専念するべきだよ。君は。……つまらないかもしれないけど、勉強っていうものは追求していけばいくほど広がっていくものだから」
 頭のいい子どもなのだから、時間を無駄にしていないでその才能を活かすことを考えなさい、とリュウは赤い陽射しを右肩に感じながら諭す。
 ボッシュは、黙ってそれを聞いている。
 ……表情は、馬鹿げて赤い夕陽のせいで見えない。
「つまんねえ、人だよね。アンタって」
 ようやく搾り出したような。そんな彼の声は、僅かに震えを帯びていた。
 冷たい物言い過ぎただろうかと少々慌て、リュウが彼を見ると。……ボッシュは。
「……物言いはいっつも四角四面。そのくせ自分は何でも諦めがち。誰にでもハンパに優しいくせに、踏み入ってくると、そんな下らない常識で相手を押し返してさあ。……ホントつっまんねえ、人だよな」
 くつくつくつ。
 リュウは彼の表情に、心配して損したと憮然とする。
 ボッシュは、肩を震わせて笑っていたのだ。
 とても可笑しそうに。くつくつと。
「……車出すよ。シートベルトして」
 つまらない男だといわれたことは、実際数え切れない。
 ストイックなところがいいと思ったのだけれど、貴方のそれはストイックなんかじゃないわ。ただのものぐさよ。
 そう言って、去っていったひともいた。リュウはそんな光景を、いつもどこか遠くの世界から眺めていた。
 そう。この窓ガラスの向こうに広がる、赤い陽射しのように。
 いつも、何か薄い壁ごしに。遠くから。
 だからこのときも、リュウは当然のように壁の向こう側。いつもと同じように佇んでいるつもり、だったのだが。
「なんでこんなつまんねえヤツ。……気に入っちゃったのかな。俺」
 そんなこと知るか、と吐き捨てたくなるような独り言を呟いて。
 ボッシュの手が、ぐっとリュウの手首を掴む。
「……? なんだよ」
 不審に思って聞き返せば、ボッシュは赤い陽射しを受けて小さく口の端を上げ。
「好きだよ、先生」
 ぎっ、とシートを軋ませて、体重を預けて。
 ……窓ガラスに、リュウは後ろ頭をぶつけて。……がちっ、と音がした。
 目の前に、頭のいい子どもの顔。……ボッシュの顔。
「な」
 にを、と聞こうとして、言葉が紡げなくなった。……吸い取られた、といったほうが正しいかもしれない。
「……俺のもんに、なれよ」
「ンッ……!!」
 逃れようとした体は、容易く押さえつけられた。子どもの体は、既に大人の体になっている。……力も、リュウのそれに十分匹敵し。……追い抜かす、ほどに。
「ん……んッ……ふ、アッ…!」
 がち、と何度も窓に頭が当たる。痛い、と思うよりも先に、ぬるりとしたものが口中に入ってきて、リュウはガラにもなく狼狽した。
「フッ……ン、んんっ…!」
 腕に力をこめても、ボッシュの押さえつけてくる力はびくともしない。
 反射的に閉じた目をうっすらと開ければ、ボッシュの碧色の目が、彼を見て笑う。
 赤い色を受けて、妖しく輝く碧の眼差し。
「ンッ……ん…ハッ……やめろッ……やめ、なさいボッシュ…!」
 ようやく唇を解放されたかと思えば、今度は頬やら顎、首の付け根に舌を這わされ、リュウは懸命に毅然とした声を出して叱咤する。
「やめない」
 くく、と笑うように喉を動かして、ボッシュの右手が、リュウの首に伸びる。
 まさか絞められるのか、とぎょっとして首をそらすリュウの喉を軽く撫で、ボッシュはネクタイをしゅるりと引っ張った。
 固く締められている筈のそれは、ボッシュの巧みな掌によってあっさりと解かれてしまう。
「このままじゃ、さすがに両手使えないから、さ」
 ボッシュは運転席のリュウにのしかかるようにしながら、取り上げたネクタイでその両手首を縛り上げる。
「ヤッ……や、やめろって言ってるだろう! やめ……、はなせ!」
 懸命にその戒めを振りほどこうとするリュウだが、簡単に結ばれただけのそれは、暴れれば暴れるほどきつく締まり、いっそうリュウの抵抗を阻む。
 足の抵抗は、のしかかった体で封じて。
 ボッシュは、リュウの襟元に手を伸ばすと、一番上まで留められているボタンを引きちぎるように外した。
「先生ってさ。いつも、この一番上のボタン、とめてんだよね」
 リュウの抵抗が、制止の声が、何一つ聞こえていないかの如き風情で、ボッシュはワイシャツを少々乱暴に脱がしていく。
「まさか。……キスマークがあるから、上までとめてんじゃないだろうなってむかついたりしてたんだけど」
 ば、とワイシャツの前を全部開け、その下の素肌をじろじろと検分すると。
「……いい子だね、先生。何にも痕、ないや」
 にや、と彼としては安堵の笑顔らしきものを浮かべてみせる。
「…ふ、ふざけるな! いいかげんにしろよ、ボッシュ! これ以上ふざけた真似をすると……」
「……すると?」
 ボッシュがにやにや笑いながら、リュウの晒された素肌に指を這わせる。
 びく、とリュウの体が震えた。触れるか触れないかの刺激が、ひどく強く感じられる。
「もう諦めろよ先生。…ここまできたら、素直になるかそうじゃないかしか、ないだろ? たくさん、気持ちよくしてやるから」
 傲慢な言葉に激しい反発をおぼえ、リュウは唇を開ける。しかし、その矢先に、ベルトを抜かれてズボンをおろされ、彼はぎょっと言葉をつぐんだ。
「なにビビってんの、センセー。…オトコが気持ちよくなるっつったらさあ」
 リュウのズボンと下着が、彼の眼前でずるりとおろされていく。
 それを愕然と見つめながら、リュウはボッシュの手が、リュウのペニスに伸ばされるのを声も出せずに見ていた。
 節くれだってゴツゴツした、男の掌。それが、リュウの性器に触れる。
「ひ…ッ」
 萎えきっていたそれをやんわりとしごかれ、リュウは思わず小さく声をもらした。
 顎をそらして、せめて感じるまいと赤い空を見上げるが、ボッシュの愛撫はひどく巧みで。
「……ッ……ン、ア……ひッ…」
「……」
 ぐちゅ、と、濡れた音が下肢から響くのに、そう時間はかからなかった。
 ボッシュは滴り落ちる先走りに笑い「センセ、たまってた?」と睾丸をもみしだく。
「アッ……や、あ、……やめ…ッ…やめなさッ……ァッ」
 びくんと体が震え、がくがくと膝が笑い出す。
「やだ……や、いや、だぁッ……」
 顎先まで伝わるこれは、悦楽か。それとも屈辱か。
「出していいよ。…センセ」
 ボッシュの声が僅かに掠れて響く。
 ああ、この子も興奮しているのか。そんなことをぼんやりと考えた直後に、リュウは精を放っていた。
 いつ、誰が来るかもわからない駐車場で、教え子の手によって射精させられ。
 赤い夕陽が、ゆっくりと沈み逝く。
 リュウは虚ろにそれを眺めながら、びくびくと自分の太腿が痙攣するのを他人事のように感じていた。
「……いっぱい出したな、センセ」
 べっとりと濡れた指先を見て笑い、ボッシュが話しかけてくる。
 それをぼんやりと眺め、リュウは縛られた手首の痛みを今更のように認識した。
「あし、ひらいて」
 告げられる言葉は、既に命令のそれだ。
 リュウは逆らうという選択肢をなくしたように僅かに足を開き、ボッシュの指先がゆっくりと後孔を辿り始めるのを眺める。
 リュウが放った精液をかき集めて、時に唾液でそれをたっぷり濡らしながら、ボッシュはリュウの固い蕾をほぐしていく。
「ひ…あ……ッく…ゥンンッ……や…やだ……ッ…きもち、わるッぅ……」
 ぴちゃぴちゃと響く信じられないような音は、時々這わされるボッシュの舌先がもたらすもの。
 リュウは呆然とそれを認識しながら、知らず漏れる声の羞恥におびえ、体を震わせる。
「や…ヤッ……やめ……ァ、んぁ…んんっ……」
「結構柔らかくなったな」
 中指で中をじっくりと探るようにして、ボッシュは相変わらず少し掠れた声でそう呟いた。
 指先で辿る、中の熱さ。それをたっぷりとかきまわすようにして、指で届く限りの場所をまさぐる。
「ア……ァアッ…!」
 不意にその指先が、入り口近くの内側を辿った瞬間、リュウの体がびくっと強張った。
 まるで体の心棒に直につながっているような、そんな強い悦楽。
 強すぎていっそ苦しいくらいの快感が、リュウを襲う。
「……此処、そんなに悦いの?」
「や、やっ…だめ、だめぇッ……さ、さわっちゃ……だめッ……だッ……アアッ…!」
 がくがくと体を震わせ、リュウの頭が揺れる。「ゼンリツセン、だっけか」とボッシュは低く呟き、乾いた唇をぺろりと舐める。
「……すげえ、熱い。…なあ、センセ。いっそこのまま、達っちまえば?」
「ヤッ、ア、ァアッ、あ、……んぁあッ……」
 いやいやとリュウはまた大きくかぶりを振った。太腿の痙攣が、いっそう激しくなる。
「あ、あ、…あッ……」
 ペニスを擦られて快感をおぼえるのならばともかく、まさかこんなところをまさぐられて快楽を感じるなど。
 リュウは信じられないような状態に、体を灼くような羞恥をおぼえ、体を震わせる。
「……前も、いじってやるよ」
 ボッシュの指が、またリュウのペニスに絡みついた。
「ヤッ……ア、アア、……だ、だめ……も……も、だめ…、ア、あ、アア、アッ……ァアッ…!!」
 びゅく、とペニスが大きく一度痙攣し、また精液を吐き出す。……それと同時に、後孔がぎゅううとボッシュの指を締め付けた。
 その動きを浅ましいと思いながらも、リュウは今までおぼえたこともないような快感に体を震わせ、声を漏らす。
 びくびくと震え、吐き出された精液が、べっとりとシャツやら、脱ぎかけのズボンにへばりついた。
 クリーニングに出さなきゃ、とひどく場違いなことを考えながら、リュウはぼんやりと目を閉じる。
 体の奥に残る指の感触がひどく億劫で、気だるい。
 このまま眠ってしまえればどれほど心地いいだろうか。
 ……けれど、ボッシュはそれを許してはくれなかった。
「やっと俺の番だな。…センセ?」
 ぐ、と肩口に爪を立てるようにして、おろしたズボンから、怒張したペニスを取り出して。
「…や……む、無理ッ……!」
 身を捩ってどうにか逃れようとするリュウの体を押さえつけ……深々と、リュウの中心を抉る。
「アァッ……あ、……ひっ……ハ、ァアッ……ンッ…!」
 指よりもずっと太いものを受け入れ、リュウの後孔もぎぎ、と軋むようにしてボッシュを包み込んだ。
「狭いね……センセの、なかッ……」
「あ、……あッ……ぅあッ…」
 ぐ、ぐ、と奥に押し入るようにしてペニスを押し込まれ、リュウの喉が詰まる。
「いや……だ……だッ……だめ……も……、ぬい…てッ……くれ…ッ」
 プライドも、常識も。全てを打ち砕かれるような痛みに、リュウは幾筋も涙を流して訴える。
「もう……だめだ……よッ……おれ……、おれ……こわれ、るッ……」
「……」
 ボッシュはその言葉に、ひどく間近で、ゆっくりと唇を歪めた。
「…いいね。それ」
 冗談めいていて。…けれど、決して冗談ではないような。そんな口調。
「……センセ、俺のために壊れてくれるの?」
「ッ……!」
 その言葉に、リュウの背筋がぞくりと震える。
 低い声に、そしてその声のひどく嬉しげな調子に。
 リュウは、初めて自分が今、この子どもに。……男に、犯されているのだと。…まざまざと認識した。
「イッ…いッた……ッ! や、ッ…い、ヒッ……」
 そのまま、ボッシュはリュウが体を震わせて痛みを訴えるのをまるで無視して、腰を突き上げ始める。
 熱さと、痛み。それから、前立腺をボッシュの屹立が擦るたびにはしる、紛れもない快感。
(あかは、きらい)
 血の色の夕陽は、既に沈みきっていた。
 周囲は、濃紺に包まれている。
 それでも、リュウの世界は今、真紅に染まっていた。
 血の色。心の色。…ボッシュが手渡した、プレゼントのリボンの色。
 あかはきらいなんだと言ったリュウの言葉を知っているくせに、わざわざ赤いリボンで包装された、誕生日プレゼント。
「……すきだ…すきだよ、先生……」
 ぐちゅ、ぐちゃ、と突き上げるようにしながら、狭い車内の中、リュウは声を押し殺すようにして首を振る。
 壊したいと笑う子ども。血の色のリボンをかけて、笑う子ども。
 リュウはネクタイに縛り上げられた手首の痛みを感じながら、ボッシュが彼の中で弾けるのをぼんやりと認識する。
 沈みきった、赤い夕陽。
 その名残を残すように、リュウの眼差しにはいつまでも赤い残像が焼きついていた。
 ボッシュに貫かれ。
 碧と、赤の眼差しを受け止めた瞬間の。
 どこか冷たい。それでいて、危うい。……そんな残像が、いつまでも。
「ッ……」
 どくどくと吐き出される精液。それを体の奥に感じながら、リュウは虚ろに眼差しを揺らした。

 ――――空は青がいい。
 ――――世界は正しく、秩序があればいい。

 ……そして、彼の生きる場所には、諦めを許容する優しさと、ある程度の常識があればいい。

 赤い赤い世界の中。……まるで粉々に砕かれた、蒼い場所を取り戻すようにいつまでも。
 彼はぼんやりと、眼差しを窓の外に向けていた。

END.












我侭太郎なボッシュと、やる気のないリュウです。

実際リュウというひとは、こんなやる気のないひとではないと思うのですけど。
このリュウは、かなりオリジナルが入ってます。
実際のリュウはもっとまっすぐだと思います。まあたまにはこんなリュウもいいかな、という感じで。


モドル