「8月1日 P.M10:27」











 都会の空は、星が少ない。
 夏なら、なおさらのことだ。

「…ええと、あれが白鳥座のデネブで…あっちがアルタイル……」
 
 太一はぶつぶつ呟きながら、指先を空に向けて彷徨わせる。

「太一〜、なにいってるのー?」

 それを隣で見上げるアグモンは、パートナーの行動に首を傾げた。
 夏の大三角だよ。
 太一は呟いて、アグモンに笑いかける。
 今日は八月一日。
 …初めてデジモンに出会った1999年から、彼らは毎年この日と、八月二日を、小さな記念日としている。
 記念日といっても、何か特別大きなことをできるわけではない。
 中には、デジモンたちに、会えない日もあった。
 そんなときは子どもたちだけで集まって、言葉を交し合ったものだが、今年、2004年は、こうしてパートナーと共に、時間を過ごせている。ここ数年は、ずっとそうだった。
 2002年に、大輔たちがデジタルワールドと世界をつなぐ大きなきっかけを作ってから。

「だいぶゲートも安定してきたよな」

「そうだね〜。でも、まだあちこちほころびがあるんだって。ボクたちが、今日こっちに来るときも大変だったみたいだし」

「そっか。…でも来られてよかった」

「うん!」

 一人と一匹は、顔を見合わせて、にっこり笑った。
 ああ、あれだよ。
 太一はそうしてから、唐突に空を見上げて、夜空の一点をまっすぐ指差す。

「あれがこと座のベガだ! ほら、これでようやく夏の大三角がつながった」

「ふーん? ボク、よくわかんない〜。三角が何かあるの?」

「まあ、何かってことないけどさ。…すごいと思わないか? あんなにたくさんある星をいくつもつなげて、星座を作って。その星座の一部がまた、こうして大きな図を作るんだ」

 手をつなぐみたいに、と太一は呟いて、もう一度、パートナーを見下ろした。
 アグモンも、そっかあ! と笑って手を差し伸べる。
 殆ど爪みたいな、アグモンの手。
 日焼けした、太一の掌。
 一人と一匹は、それをがっちり、つなぎあって笑う。

「俺たちも、あの星みたいに。たくさん、たくさん、世界に散らばってて。……だけど、必ずどこかでつながることができるんだ。……俺とアグモンが、こうして出会って、パートナーであるように」

「そうだよ太一。だって、ボクはずっとキミを待ってたんだ。どこか遠くの、あの空みたいに遠い遠いところにいる、太一のことを」

 どす、と踏み出したアグモンの足が、さらりと海浜公園の砂を踏みしめた。
 太一の足も、とん、と砂を踏みしめる。

「アグモン。こういうの、奇跡っていうのかもな。……わかるか? 奇跡ってことば」

「むー、わかるよう、ちゃんと! ボクだって、それくらい知ってるモンねー」

 そうして、からかうように笑う太一に向かってアグモンはぷんとむくれてみせてから、にこり、笑って言うのだ。

「タイセツ、ってことでしょ? 太一。ボクが太一のことを思うみたいに、テイルモンがヒカリのことを思うみたいに、みんなが、みんなのパートナーを思うみたいに」


 出会えてよかった、と、笑いあうみたいに。


「……そうだな」

 太一はそのことばを、ようくかみ締めるみたいに、笑った。

「そうだよアグモン。……そういうことだ」


 たいせつなんだ。


 待ってて、出会えて、そうして、今こうしてここにいることが、得がたいことだから。
 得がたいくらい幸せなことだから。

 
 そして何よりたいせつだから、奇跡なんだよ。


「さってと。……そろそろ帰るかあ。ヒカリも待ってるし」

「あっ、ねえねえねえ太一〜、明日のゴハン、何かなあ?」

「なんだよ。これから寝るってのにメシの心配かあ? 全く、お前らしいぜ」

 どす、どすどすと。
 たん、たんたん、と。

 一人と一匹、それぞれの足音を立てて。

「あ、ねえねえ太一〜。恐竜座ってないの? ボクの星座、とか」

「ないなあ」

「えー!」

「残念だったなー。……じゃあ、作るか?」


 太一は最後、大きく笑って夜空を仰いだ。


「アグモン。奇跡っていうのは、自分で作ることもできるんだよ」


 そう言って、彼は晴れやかに笑う。













2004/08/01(Sun) 表日記にて
アグモンと太一さんのお話です。この一人と一匹はすごいすきです…。本当は8月1日小説もっと気合をいれたかったのですが…。何にせよ、子どもたちに幸あれ。大好きデジモン。