――『それもまたシアワセのカタチの一つ』――
 
 
「んっ、ふっ……ぁ、あんっ」
 太一はひくひくと喉元を震わせながら、光子郎の白衣をぎゅっとつかんだ。
 頭の中はひどく霞みがかっていて、一体何がどうなってこういう状況になったのかも分からなくなりかけていた。
 唯分かるのは、光子郎の掌の感触と、耳元に囁かれる声だけ。
「……今日は、ちゃんとここにお泊りするって言ってきましたか?」
 囁く声に、太一は従順に幾度も頷いた。そうすれば、光子郎はもっと気持ちのイイコトをしてくれると、知っていたから。
 
◇      ◇      ◇      ◇
 
 泉さんの家と、八神さんの家はお隣同士でした。
 少し愛想は悪いけれど、頭は良くて礼儀正しい。
 そんな品行方正な泉さんちの長男・光子郎くんがすくすく成長して11歳になった時、お隣の八神さんちに待望の長男が生まれました。
 名前は太一くん。
 子供にも他人にも興味のなかった光子郎くんはもちろん、生まれたばかりのお猿さんみたいな赤ちゃんにも全然興味はなかったのですが、その頃から多収入を見込んでひそかに医者を志していた光子郎くん。まあ眺めに行って損はないかと判断し、てくてくてくと両親につれられて仲の良いお隣さんちに遊びに行きます。
 おんぎゃあと泣いて元気に出てきた太一くん。
 生まれてもうすぐ一ヶ月。寝て泣いて、また寝て泣いての繰り返しが、その頃の彼の日常でした。
 もちろん光子郎くんが行った日もそれは変わらず、すやすやとベビーベッドでのんびりぐっすり眠りについておりました。
(可愛い)
 光子郎くんはその感想が嘘にならないよう、無感動に心のなかでもそう呪文のように唱えました。
(可愛いかわいい可愛い可愛い)
 これだけこの単語を思い浮かべていれば、いつ八神さんちのご夫婦に感想を聞かれても、いつもより感情のこもった感想が言えることうけあいです。
 他人も子供も苦手な光子郎くんでしたが、いつも自分に優しくしてくれる両親も、同じく自分のことを可愛がってくれる八神さんちのご夫婦のことも大好きでした。だから、彼らが喜んでくれるよう、少しでも太一くんのことを可愛いと思おうとしていたのです。
 可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い。
 光子郎くんは呪文のように呟きながら、じっと無表情に太一くんを見つめ続けました。非常に不気味な光景だったことでしょう。
 しかし二組のご夫婦は楽しくおしゃべりすることに夢中で、残念ながら小学生と赤ちゃんのことはあまり気にしていなかったのです。
 小学生とはいえ、随分しっかりした光子郎くん。彼に任せておけばきっと安心だとも思ったのでしょう。
 ……さて、そんな光子郎くんが恐らく聞かれるであろう八神さんちのご夫婦の「どう? 太一は?」というような内容の質問に備えていたちょうどその時。
 折悪しくといいいましょうか。
 すやすや眠っていた太一くんが、ぱっちりと目を開けてしまったのです。
 光子郎くんはもちろんびっくりしました。
 けれど太一くんはもっとびっくりしました。
 目が覚めると、近くに知っている人は誰もいなくて、見たことのない人が自分をじっと見つめているのです。
 太一くんはなんだかショックをうけて、うるる、と目を潤ませました。
 そうでなくてもショックを受けやすい赤ちゃんの太一くんです。口はみるみるうちに歪んで、さあ泣き声を思い切りあげようと深呼吸が為されました。
 光子郎くん、大ピンチです。
 彼は彼らしくもなく焦ってしまって、大慌てで小さな太一くんをベビーベッドから抱き上げました。
 赤ちゃんとはいえ、小柄な小学生の光子郎くんには少し重い太一くん。
 そんな彼を必死に抱っこして「泣かないでください泣かないでーっ」と光子郎くんは一生懸命作り笑いを見せました。
 ……その光子郎くんの願いが通じたのかどうか。
 太一くんは涙をひっこめてキョトンとすると、なにやら顔をにゅう? と緩ませました。
 まだ一ヶ月の太一くんです。
 表情筋はさほど発達していないはずですから、笑顔を浮かべることもまだできないはずです。
 でも、何故か光子郎くんはその顔が「笑顔」だと感じました。
 腕の中で、小さな赤ちゃんがにっこりしてくれたと感じました。
 ……そのことは光子郎くんが予想していたよりもずっとずっと嬉しかったのです。
「…………、……たいち、さん?」
 ちっちゃく、名前を呼んでみました。
 太一くんはよたよたっと抱っこされたまま、動物の鳴き声みたいな声をちっちゃくちっちゃく出しました。
 
 あの日から、そういえばもう11年経ちました。
 光子郎くんは念願かなって立派なお医者さんになって。
 太一くんは毎日元気にランドセルを背負って小学校に通っています。
 
◇      ◇      ◇      ◇
 
「………で、何でこーいうことになってんだよ?」
 さて。
 ……長い長いモノローグも終わり。
 太一は心底からうんざりした様子で、ぼそっとそう呟いた。
 小学校が終わって、ランドセルをおろさずにいつものように、この小さな病院にやってきたのはいいのだけれど。
「何でといわれますと」
 光子郎はそんな太一とは対照的に心底から嬉しそうな様子ではきはきと答える。
 その白衣に包まれた腕は太一の細い腰にしっかりと回されていて。
「……いわゆる飛んで火にいる夏の虫って構図ですか?」
「…………」
 太一は背後から光子郎にぬいぐるみか何かのように抱きかかえられながら、はあっと一つ、溜め息をついた。
 赤ん坊の頃からの幼馴染は、物心ついた頃にはとっくにお医者さんだった。
 正式な資格がどうこうという話ではない。
 物心つく前からまるで当然のようにべたべたと毎日かまわれ、当然のように「いわゆる」性的なイタズラというヤツをされていた太一にとって、光子郎はずっとずっと「エロ医者」でしかなかったという意味だ。
「太一さん……相変わらず細いですね? ちゃんと食べてますか?」
「ぅひゃぁっ!?」
 ぺろ、と首筋を舐められて、太一は思わず素っ頓狂な声をあげる。
(始まった、始まったよ、セクハラが〜!!)
 太一は胸中でうんざりとぼやきながら、光子郎の腕の中でもぞもぞとみじろぎをした。
「やだやだ、今日はやんねーかんなバカ!」
 せめてもの抵抗とばかりにそう宣言して逃げようとするが、光子郎の腕は相変わらずがっちりと太一を捕らえて離そうとしない。
「いっつも思うんですが、太一さんの抵抗って遅いんですよね。したくないんなら、ココに来なければいい話なんですよ?」
 光子郎は苦笑混じりに囁いて、はむ、と耳を優しく噛んだ。それだけで太一の細い身体がびくんと跳ね上がる。
「だって…、だってさあ!」
 太一は言い訳をするように唇を噛み、肩越しに光子郎を上目遣いで見上げた。
「いっつもはこの時間、ミヤコねーちゃんとかミミねーちゃんとかいるじゃん!」
 理不尽だ、サギだ、とばかり訴えられ、あげられた二つの名前は、いずれもこの病院の看護婦の名前だ。
 二人ともまだ年若い看護婦で、放課後、光子郎の元にほぼ毎日元気いっぱいに遊びに来る太一のことをいたくお気に召しており、太一が来るそのたびにお菓子やらジュースやらを出してもてなしてやるのだ。
 そのたびに太一はご機嫌になって、年上も年下も同年代も魅了してやまない無敵の笑顔を大サービスで看護婦たちにふりまくのである。
「………」
 光子郎はそれを思い出して、ちょっと不機嫌になった。
(太一さんの笑顔は、僕だけのものです)
 あの光子郎を初めて虜にした赤ちゃん時代の初笑顔(と光子郎は信じている)の時から、そうずっと、光子郎はココロに決めているのに。
「最近、ちょっとあちこちでばらまきすぎですよ太一さん」
 光子郎は年甲斐もなく拗ねて、ちうっときつく太一のうなじに吸い付いた。
「ァッ!」
 途端、太一の唇から悲鳴じみた声がもれ、ぎゅっと白衣の袖を握る手に力がこもる。
 そのまましばらく、光子郎は吸血鬼のように太一の肌に吸い付いていたが……やがて満足気に離れ「ふ」と小さく笑った。
「バカエロ光子郎〜!!」
 それだけで全てを悟った太一が激しく文句を言っても、全てはもう遅い。
 太一の後ろ襟から覗く日に焼けた肌には、くっきりと光子郎の残したキスマークがついてしまっていた。
「さ、これで今日はもうサッカーには行けませんね?」
 光子郎は本当に嬉しそうににこにこ笑って、睦言のごとく太一の耳元で囁く。……いや、本人としては確かに睦言なのだろうが。
「〜〜〜っっ!!」
 太一は泣きそうな顔を光子郎を睨み上げ、恨めしげな溜め息をひとつ落とすと、全てを諦めてくたーっと身体から力を抜いた。
「バカ。バカ。お前きらい。……光子郎まじむかつく」
「はいはい、マジ、とかむかつく、なんて言葉は使わないで、ね?」
 光子郎はお日様の匂いがする可愛い幼馴染にキスを一つ落とすと、ぎゅっと腕に力をこめる。
「ここ何日か、僕のことを放っておいてサッカーやら京くんたちやらに浮気した罰ですよ」
 彼はそのまま太一にとってはなんとも理不尽なことを言いながら、本格的な「せくはら」を始めるために太一の上着の下にそっと掌を差し入れた。
「んんっ…」
 太一はそのくすぐったい感触に身体を跳ねさせ、はぁ、と悩ましい吐息を一つ落とす。
 今更だが、現在時刻はちょうど正午。
 本日は土曜日で、太一は調子よく御飯を食べた後、いつものように京やミミから美味しいお弁当のおすそ分けをもらおうとして、るんたるんたと光子郎の勤め先まで遠征してきたのである。
 だが、それを見越した光子郎は既にミミ・京のコンビを「今日はちょっと仕事が残っているので、出来れば外で食べていただけませんか」と体よく追い払っており、ないはずの仕事をやるためにノートパソコンを起動させたところで……「夏の虫」がウキウキと火の中に飛び込んできたのであった。
(リミットは……あと一時間弱か)
 光子郎はちらりと時計を確認しながら、本格的に身体を震わせ始めた可愛い太一に目を落として、にこっと微笑む。
「それじゃあ今日は、久しぶりにお医者さんごっこでもしてみましょうか?」
「……………」
 笑顔の裏には鬼がすんでるんだぞ。
 息を荒げたまま太一は光子郎を見上げ。
 ――――その日、疲れきって帰宅してから、幼い妹にそっと教えてやったという。
 
 
「実はつい先ほど煮沸消毒したばっかりなんですよ」
 光子郎はにこにこしながら、どこからともなく試験管を取り出して穏やかに告げた。
「……しゃふつ…?」
 お医者さんごっこという単語に限りなく不安を覚えながらも、既に逃げる術をなくした哀れな子ウサギ太一くんは、ぺたあ、とカウチに座ったまま無防備に光子郎を見上げる。
 そのあどけないような表情にクラクラきながらも、光子郎は「ええ」と語尾に「♪」がつきそうになるのを押さえて良きお医者さんの口調になった。
「いいですか? 太一さんはこまった病気です。まずはどんな症状が出ているのか知るために、はい、お口をあーんしてくださいね?」
 光子郎はさながらエセ小児科のような口調でしゃべくると、太一の顎をくいっとつかんで開けさせた。太一は嫌そうな顔をしながらも半ばなすがままに口を開け……。
「んむっ!」
 その口の中に少し細めの……先ほど光子郎が用意した試験管をくわえさせられた。
「んぅ、ん、んんっ」
「噛んじゃだめですよ? 僕のものをくわえる時みたいにゆっくりお口の中に入れて、鼻で息をするんです。……そう、上手上手」
 んなことやらせてたのかてめえ仮にも11の子供にというつっこみがどこからともなく聞こえてきそうな、そんな問題発言を何気に言葉の中に含ませつつ、お医者さんごっこは進行していく。
 太一は試験管を光子郎の言うがままに深くくわえ、更には光子郎の言うがままにしすぎて、舌を(反射的に)こっそり愛撫するように動かしたりもしている。…無理やり開かせた太一の口から、つつっと唾液が一筋流れた。
 光子郎の言葉で色々とナニかを思い出したのか、その目はだんだんと妖しく潤み、恍惚としてきている。
「はい、これでおしまい。……苦しかったですね、よく我慢しましたー」
 光子郎はその表情にそっと乾いた唇をなめながら、さすがに苦しそうな太一の口から試験管を抜いてやった。
「ぷは」
 太一は口からずるりと抜けた試験管をぼんやりと眺めてから、さっと頬を赤らめる。色々と思い出すコトがあるらしい。
「それじゃつぎは触診です。さ、おなか出してください?」
 光子郎はそう言いながら首筋にくすくすと顔を埋めた。もう殆ど変態親父だよこいつというつっこみはとりあえずさておき。
「や、くすぐってぇっ」
 太一はそれにつられたように笑って、あらぬところをざわざわとさまよう光子郎の声に悲鳴じみた声をあげる。
「ひゃっ、や、……ァアッ……」
 その声はいつのまにか、だんだん甘い声へと変わっていく。
 いつのまにかはだけさせられていた胸元に、カリと音を立てて光子郎がかみついた。
「やっ!」
 太一はびくんと背筋をそらせて、口元を震える拳で押さえる。
 薄くカーテンをひかれた窓の向こうの日差しは、場違いなくらいに明るい。
 まるで、そんなところで何をやっているのと。
 ……太一のことを責めているようにも見えた。
(だってこうしろうが)
 太一はその声に言い訳するように心のなかで呟きかけてから。
「太一さん」
 甘く囁く声に、また身体を震わせた。
 ―――まるで、生まれる前から身体に痕をつけられていたようなものだと太一は思う。
 光子郎本人から聞いたところによると、生まれて一ヶ月の頃から既に目をつけられていて。
 5歳の頃にはもう色々と手も出されていて。
 7歳の頃にはもう光子郎の部屋に泊まりに行った日は、次の日にフラフラになってしまうコトは当たり前で。
(…他のヤツ、好きになるヒマなんてなくて)
 太一はきゅうっと白衣の袖をつかんだ。
 
 おひさまごめんなさい。
 それでも俺、やっぱりこいつのこと好きなんです。
 だから、今だけちょっと目をつぶっててください。
 そしたら、きっと次はもうおひさまの見えるとこでこんなコトしないから。
 
 太一はまるで誓うように心のなかで呟いて、ついでに良心とかモラルとか、そういったモノたちにも目をつぶってもらった。
 
「……ァァアッ!」
 まだつるつるの幼い性器に手を触れられ、太一は感覚が迸るに任せて甘くて高い声を上げる。
 ここを触ると気持ちが良いんですよとまことしやかに教えられたのは、確か5歳だか6歳の頃。
(ホントに犯罪者だコイツ)
 太一は思い起こしてちょっぴり遠い目をしながら、それでもとびきり気持ちいい光子郎の手の感触に身をゆだねた。
「や、や、あ、だめ」
 やがて、下腹部にどんどん熱い感触がたまっていくのがわかった。
 もうだめ、まじだめ、ぜったいだめ。
 だけど光子郎は手の動きを止めてくれず、あまつさえそこをぱくりとくわえこんできつく吸い上げてきた。
「やだやだやだ……ぁあっッ!」
 太一は顔を朱色に上気させて、はあはあと更に息を荒げた。
 それは最近身体か覚えた成長。
 絶対これは光子郎のせいだと太一は固く信じている。
 多分それは確実に事実だろう。
「ああああぁあっ!」
 太一は身体を震わせて、光子郎の口の中に精液を吐き出して達した。
 
 
 ……。………とんでしまう。ぜんぶぜんぶとんでしまう。
 ――――太一はぼんやりした思考で、そんなことを考えた。
「……相変わらず、まだこの感覚には慣れないみたいですね」
 霞みがかった思考の向こうで、光子郎が苦笑するみたいにしながら呟く。
「……………。今日は、これでやめましょうか?」
 光子郎は、優しい口調でそう尋ねた。
 大好きな、可愛い可愛い幼馴染。
 今なら呪文なんてなしにいつでも心の底から可愛いって言える、光子郎の一番だから。
「辛いなら、いいんですよ?」
 優しく尋ねた。
 お医者さんごっこ、終わりにしましょうか。
 ………。
 ………………?
「……」
 太一はぎゅうっと光子郎の白衣をつかんで。
「しよ」
 小さく囁いて、だるい身体を起こすと、光子郎の腕の中にとぴこんだ。
「……いいんですか?」
 囁く声に、強気で答える。
 
「責任とれよ。……こんなカラダにしたの、誰だと思ってんだ?」
 
 ―――まるでどこかのドラマみたいなセリフ。
 光子郎は大胆で可愛い太一のセリフに笑って、時計を確認した。
 リミットはあと30分。
(いけるかな)
 胸中でこっそり呟いて、もはや太一の中で終わらないと辛抱できなさそうな自身をひそかに確認した。
(いけるか)
 そしてそう決断を下し、腕に飛び込んできた「可愛い」太一さんの身体に再び舌を這わせ出す。
 その感触に甘い声をあげて、11歳とは思えぬ色香を発散して悶える太一。
(ああ、可愛い)
 光子郎は我ながら病んでるなあという感じの独りごとを胸中で呟いて、めくるめく甘い時間に思いを馳せた。
 
 
 
◇      ◇      ◇      ◇
 
◇      ◇      ◇      ◇
 
「オマエってあの頃から全然変わってねえ」
「そうですか?」
「そーだよ」
「そうかもしれませんね」
「あーあーサイアク。来るんじゃなかった! 明日テストなんだぞこのエロ医者!!」
「まあまあ」
「そう思うんなら手ぇ離せ! 勉強させろ、部活させろ!!」
 
 ――――それからまた5年後。
 5年前とそっくり同じやりとりを当たり前のように繰り返す、シアワセな二人がいることを。
 
「責任は、とりますから。……ね?」
 
 
 ―――――――当然、まだ21歳の泉光子郎と、11歳の八神太一は知らない。
 
――END.
 


……たかだかこんだけの話を書くのに、私は一体何ヶ月かかったんでしょう…??
数えたくもありません……ブルブル(出なおしてこい)
本当になおさん、お待たせしてしまってスミマセン;;
少しでもお気に召していただければ幸いなのですが……。(いや、無理だろう)
こんなモノ押し付けてしまってスミマセン!!

モドル