『執着』



 ―――鏡に映ったそれは、くっきりと残る執着の証。

 疲れきった体を寝台から下ろし、ぼんやりと瞬きをしてから洗面台へ。
 あちこちに脱ぎ捨てられた下着を拾って洗濯籠に入れて。…洗面台の鏡に映る自分に、リュウはふと赤面して眉を寄せる。
 首の付け根。
 …肩と首の根元の辺りが、なにやら疼くようなカンジで。
(……痕、つけすぎだよ…)
 頬を染めて、思わず目をそらしてしまった。
 それでも何故か。
 …指はそのまま、そこをなぞっていて。

 ああ恥ずかしい。

 リュウは疼く肩と、首の付け根と。
 ついでに心を押さえつけるようにして、口をきゅっと結んだ。
 …昨晩の情事を思い出しそうになる体と心を、しっかりと自制する。
 外は明るく、世間は、もう朝を大きく過ぎて昼間だ。
 こんな時間に起き出している自分がみっともないと思うし、こんな時間に半裸で夜の名残をとどめていることも、いやらしいと思う。

 シャワーを浴びて、それからお昼ご飯を作って。
 気持ちと服を、整えよう。

 これからすることの目安を作ったリュウは、よし、と小さく握り拳を作って、新しい着替えをとるために洗面台から離れた。
 クローゼットは、寝台のすぐそば。
 ボッシュを起こさないよう、抜き差し差し足忍び足。
 そうして、無事に着替えを腕に抱えて引き返す直前。
 …魔が差したとでもいうのだろうか。
 枕に顔を埋めるようにして眠るボッシュの寝顔を、こっそりと覗き込んでみた。
 ……いつもは、この枕のある場所に、リュウがいる。
 ぎゅうぎゅうに抱きしめられて、逃がしてもらえない。
 今日はタイミングよく、そこから抜け出すことができたのだけれど。

「……」

 見下ろしたそこ。
 むき出しの肩と、首の付け根。
 リュウは、そこにふと鏡を見出したような気持ちになって口をぱかっと開けた。
 ……そしてまた、ぱく、と閉じる。
 ……ぱく、と閉じて。
 顔を朱色に、染め上げる。 

 覚えがあるのは、しっかりとこちらを抱きしめ、貫く男の感触。
 それを受け入れ、抱きしめ返し、その肩を深く噛み締めた歯ざわり。

 抜き足差し足忍び足。

 洗面台の前で、リュウは真っ赤になった顔を押さえつけた。


 ―――鏡に映ったそれは。…そう、くっきりと残る執着の証。


 彼がつけた。…そして、自分がつけた。
 淫靡な夜の名残をとどめた、鏡めいた所有の印。


 リュウはしばし無言で頬を押さえてから…、無言で、また寝台のはしっこにもぐりこんだ。
 そして、またボッシュの腕の中に捕獲されながら。

 ……目の前の肩に残された、噛み痕に。
 そっと、唇を寄せてみた。


(―――汗と唾液の混じったような)

(…そんな塩辛い味しか、しなかったけれど)









2003/4/28 (Mon.) 01:25:25 とある場所のとある掲示板にて
とある御方のイラストにモエモエしてしまって突発的に書いたブツ。