『旅立ってゆくきみに 残してゆかなくてはいけない君に』


 
 忘れないでというきみに、わたしを忘れないでというきみに。
 忘れないでと泣くきみに、怯えていたのは僕だった。
 忘れやしないよと言いながら、本当はとても怖かった。


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「よう、リュウ」
「……」
 ひらひら舞い踊るのは、甘い梅の花びら。
 桜を待つことなく、今年の卒業生たちは巣立っていく。
 花びら肩につくと、暫くおちねえんだよな。
 そんなことを言って、木から離れたところに立つ彼は、あまりにもいつも通りの彼だった。
「…卒業、おめでとうございます」
 見ろよ、ボタン全部とられた。
 そんなことを言って意地悪く笑うボッシュを見ないまま、リュウはぼそぼそと呟いた。
「すげえ棒読み。おまえって、最後までつれないのな」
「……」
 最後だなんていわないでほしいと、思う。
 実際、殆ど最後と同じだと思うから。
 きっと、もう今までのように会うことはないと思うから、余計にやめてほしいと思う。
「…別に。…本当におめでたいと思ってますよ、おれ。だって、これでようやく先輩のパシリから解放されますし」
「…味気ねえの」
 泣けよ、なんて言うと、ボッシュは低く笑った。
 乾いたリュウの頬を指先でなぞって。
 先輩卒業しても私のこと忘れないで。
 ……そう言って泣いてみろよなどと呟く。
「知りません」
「……ふうん」
 つまんないヤツ。
 ボッシュはそう呟いてから、不意にリュウの頬を強く掴んで。
 その唇の先、ひらりと揺れた花びらを捕らえるように、きつく口付けた。
 震える唇を押さえて、顎をとらえて口付ける。
 リュウは抵抗ひとつしないまま、ボッシュにおさえられて。
 ひらひらと梅の香が揺れる裏庭で、唇を重ねあって。
「…。…今日は抵抗しないんだな」
「………。……最後だから」
 リュウは小さくそこで呟いて、小さく笑った。
「いいんです。最後だから、」
 そして、僅か数センチ先に離れたボッシュの唇まで、再度自分のそれを重ねて。
 …噛み付くみたいな、キスをして。
「さいごだから」
 しがみつくみたいに、キスをして。


 彼らはそのまま、二人きりで、何となく会話もせずに一緒に帰った。
 いいんですか、ボタンあげた子たちと帰らなくてもと言えば、ボタンやったからいいんだよと返ってきた。
 おれはボタンもらってないから、一緒に帰ってくれるんですかと言えば、別に理由なんてないしと返ってきた。
 別れ際、遠くから聞こえてきた名前も知らない歌に、ボッシュが小さく舌打ちした。
「嫌いなんですか、あの歌」
 尋ねると、今は嫌いかもなと、珍しく素直に答が返ってきた。
 最後に、さようならと手を伸ばしたら、ぱしんと振り払われて。
「最後になんて、しねえからな」
 不貞腐れたような声が、呟いた。
 ……振り払った掌が、熱かった。


///*     *     *     *///

 忘れないでというきみに、わたしを忘れないでというきみに。
 忘れないでと泣くきみに、怯えていたのは僕だった。
 忘れやしないよと言いながら、本当はとても怖かった。

 きみが僕を忘れてしまうことが。
 僕を忘れてきみが幸せになってしまうことが。
 本当は何より怖くて、僕はこうして笑ったまま、ほら。

 つないだ手を離せないでいるよ。











2004/3/15 (Mon.) 23:43:15 交換日記にて。
卒業式シーズンだったので、多分なんか切なくなってたんだと。それで勢いで書いたんだと思います。またパラレル…。