『鬼と西瓜と龍二人』



「風祭」
「…」
「…風祭」

 何度も何度も、間をおいて呼ばれる声。
 面倒なんで、ずっと無視し続けてる声。煩くて仕方ない。
 ついでに遠く近くお構いなしにジリジリ鳴く蝉の声も、滅茶苦茶に煩い。
 まとめてくたばっちまえばいいのになと、暑さでボンヤリした頭が考えた。

「…風祭」
「……」

 ああ、うるせェ。

 俺はごろんと木の枝の上で態勢を直し、目をきつく閉じた。何で俺がこんな奴に返事してやんなくちゃいけねェ。知ったことかよ全く。

 思った瞬間、衝撃が走った。

 反射的に身を起こすと、木の下で奴がにやと笑う。

「やっぱり起きてたんじゃねえか。この無精者」
「なッ…誰が無精者だッ! てめェに言われる筋合いはねえぞ、たんたん!」
「呼んでも返事をしないのは無精者だろ。そうでなきゃ、ものぐさか」
「何で俺がお前に返事しなくちゃなんねえんだよ!」
「名前を呼んでるからに決まってんだろ。莫迦だな、風祭」

 奴は木の下で肩をすくめて、その無駄に長い前髪の下から俺を見上げる。
 そして、また笑いやがる。

「…何が可笑しいんだよ」
「……ん? 別に。可笑しいってわけじゃねえけど」

 そう言って、そのまま幹にもたれかかる。
 それきり座って、ふわわと欠伸なんてしやがるから。
 俺は何となく出鼻を挫かれて、枝の上、憮然と下を睨みつける。

 …つうか。そもそも何か用事があったんじゃねーのか。手前ェ。

 ふとそう思ったが、わざわざそれを指摘するのも癪に感じられて。

「あー。…ここいいなあ。風が吹く」
「…他んとこだって、風は吹くだろ。頓珍漢なこと言ってんじゃねェよ」
「でもここのが多分一番心地いい。アレだな。猫は涼しい場所を知ってるっていうけど、風祭はやっぱり風の気持ちいいとこ知ってるんだな」

 やっぱ本能か。

 そんなことを言って勝手に納得している。
 俺は何やら莫迦にされてる気がして、ごつ、と下に向かって石を放った。
 しかし癪なことに、野郎、何かを察知したのかあっさりかわしやがる。どっちが本能だッつんだよ。ッたく…。

「うあー。気持ちよくて眠くなってきた」
「勝手に寝ちまえ。バーカ」
「莫迦は手前ェだろ。まあ今日のとこは気持ちいいとこ教えてもらったから、勘弁してやるけど」
「誰が莫迦だ誰が! 手前ェだろうが、この莫迦たんたん!」
「ぐー」
「ッて、寝るな! 俺を無視して寝るな莫迦野郎!」

 この莫迦が、昼飯だと呼びに来たのだと知ったのは、いいかげんに焦れた桔梗が俺たちをまとめて呼びに来たそのとき。

「仲が悪いくせに、どうしてそうやってくっついてるんだかね。あんたたちは」

 呆れたような桔梗の言葉に、二人で同時に「くっついてねェ」とわめいてから、俺たちはまた同時に舌打ちした。

 莫迦みたいに暑い日。

 昼飯食った後、きんきんに冷やした西瓜を食べて井戸水を浴びたら、少しだけすっきりした。
 だらだら流れ落ちる汗が背中を掠めて降りていく。

 風が風鈴を鳴らして「風流だねェ」と桔梗が笑った。
 九桐も御屋形様も、そうだなと言って西瓜を齧った。
 あいつはいつものように少し日陰になったトコで、でもしっかり西瓜は握り締めてて。
 俺が何となく目をやったら、舌を出して種をベッと吐き出してきやがった。
 俺は勿論、即座に反撃すべく、もごもごと口の中の種を探す。
 何やってんだいあんたたちはと桔梗がため息つくのを横目に、俺は思い切り種を奴の顔めがけて吐き出した。

 ―――こんな時間も悪かないなんて。

 そんな風に一瞬でも考えちまった俺が、信じられない気がして。

 二つ目の西瓜は、何も考えず思い切り飲み込んだ。
 種も汁も肉も全部、いっしょくたに飲み込んだ。

 全部一気に。

 そ知らぬ顔で御屋形様たちと話してるあいつを見ないフリして、全部呑み込んだから。
 ああ、臍から西瓜の芽から出てきたらどうしようと今更のように思った。








2003/08/27 表日記にて
衝動的に外法帖。風祭激ラブ。