――『天に地に』――

 

 

 ―――さらさら、と、無防備に自分に寄りかかる龍斗の髪を軽く撫で、京梧は嘆息した。

 すっと通った鼻梁。

 今は穏やかに閉じられてはいるが穏やかに光をたたえる黒い瞳。

 黒曜石という石を京梧は知らなかったが、龍斗に会った後ではどんな石だかすぐに想像できた。

(きっと、お前の瞳をくりぬいたみたいな石なんだろうな)

 京梧は、今はその黒曜石を静かに覆っている瞼を軽く指でなぞり、また嘆息する。

 ―――お前の側だと、よく眠れる。

 龍斗は唐突に京梧の隣に来て、いつもの皮肉げな調子でもなくそう呟いてから、またいつもの調子で続けた。

 ―――きっとお前みたいに太平楽な男が横に居るから、俺にもその気楽さが移っちまうんだな。

 京梧はそれを思い出し、むすっとして息を吐き出した。

(よく言うぜ)

(誰が太平楽だ。お前こそ放っておくとあっちにフラリこっちにフラリの根無し草の癖に)

(誰一人見捨てない癖に誰一人信じちゃいねェ)

(その癖、変な処ばかり楽天家で、何があっても結局はどうにかなるさなんて笑ってばかり)

 京梧はつらつらと考えながら、背後の木に寄りかかって大きくのびをする。

 その動きに反応して、京梧の身体に完全に寄りかかっている龍斗が僅かに揺れた。だが、京梧はそれには構わず、また元の位置に戻る。

「……動くなよ…人が寄りかかってるっていうのに…」

 案の定、薄目を開けた龍斗がぼそりと京梧に文句を言い、京梧もまた「勝手に寄りかかってるんだ。多少動いても文句言うんじゃねェよ」とからから笑った。

「それにしても、なぁーんでひーちゃんは俺の横に来るとすぐさま寝に入っちまうかなァ?」

 丁度いい。

 京梧はそう思って笑いながら、まだ少しうとうとしている龍斗に尋ねる。

 龍斗はそれに小さくあくびをしてから、長い睫毛についたらしい涙を面倒そうに指先で拭う。

「…るせェな。寝不足だからに決まってるだろ」

「……答えになってねェんじゃねえか、それ?」

「そういうお前はよく眠れるな、毎晩毎晩あの大鼾の中で…」

 龍斗はまだ半分眠っているようなぼんやりした声で、彼らの仲間の一人でもある醍醐の事を指してぼやいた。京梧はそれにかかと笑い「確かにそうだ」と龍斗に応じた。

「…んでもよ、だったら、他の奴の隣でもいいんじゃねェのか。――…何でわざわざ俺の隣なんだよ?」

 ああ、つまり。

 京梧はそう口に出してから己が質問の裏の理由に気づき、胸中で密かに自身を笑う。

(―――つまり俺は)

(お前の傍なら安心できるからだ)

(お前のことを信じているからだ、とコイツに言ってほしいってわけかよ)

 

 ああ、何と健気で愚かしい我が自尊心よ。

 

 ……龍斗は京梧がそんな風に胸中で自分に苦笑していることを知っているのかどうか。

 ただ、じっとその黒曜石を抜き出したような黒瞳で京梧を静かに見やってから。

「それじゃァ、ちょっと天戒の隣にでも行って寝直してくるか」

 あっさりとそう応じると、京梧の横からさっと立ち上がった。

「……! ちょ、ちょっと待てよ、ひーちゃん!?」

 京梧はそれに慌て、何の未練もなくすたすたと歩み去ろうとする龍斗の道着の裾をつかみ、必死で引き止める。

「あー、ああ、ああ、俺が悪かった! 俺の横で寝てていいから、そんなにヘソ曲げんなよ!!」

「……別にヘソ曲げてるわけでもねェんだけど…」

「じゃあ、俺の横にいていーから、寝てろ! 寝てろ、な?」

 京梧は笑えるくらい必死になって龍斗を引きとめ、しかし龍斗はそれににこりともせず「じゃあ寝てる」と応じる。

「……くだんねェこと、聞くな」

 彼は京梧の隣に寄りかかり直し、冷ややかにそう述べた。……京梧はそれに何の反論もできず「悪かった…」とうなだれる。

 

(ていうか何で俺謝ってるんだろ)

(確かに試すようなこと聞いちまった俺が悪いんだけどさ)

(でもよ、ひーちゃんだってずるくねェか…?)

(―――何か言ってくれたっていいのによ)

 

 京梧は己の横でまたすうすうと無防備に寝息をたて始めた龍斗に嘆息した。

 その嘆息が聞こえたのかどうか。

 ……もはや寝入ったと思っていた龍斗が唐突に「…天に」と呟く。

「…あ?」

 その呟きに耳を止めて聞き返す京梧に、龍斗は低く笑った。

「天に地に、並ぶ者なしなんだろう。……お前の目指す剣の道は?」

「―――…ああ、当然だろ」

 その問いに即答する京梧に、龍斗は「なら、どうして俺が隣にいるのかなんて聞くな」と呟いて、目を閉じる。

「……。……。………………なんでだよ」

 京梧は訳がわからず――――思わずぽつりとそう呟いてしまった。すると、龍斗はその問いに薄く片目を開けて、ふんと笑った。

 

「これはどうしても並んでやんねェと思ったからだろ」

 

 ……その言葉に。

 ――――京梧はゆっくりと瞬きをし。

「ちょっと待て、ひーちゃん、それって嫌がらせってことじゃねェかァ!!?」

 ……盛大に、吼えた。

 しかし、龍斗は今度こそ何も言わず、寝息だけでその吼え声に応じた。

 

(お前がそう解釈したいんならそう解釈してろ)

 

 ――――そして胸の奥でだけそう考え、鈍感で単純な相棒に嘆息したのである。

 

◆      ◆      ◆      ◆

 

 天に地に。

 並ぶ者なしと汝が誇らしげに言うのならば。

 ……それはさぞかし寂しかろうと我は思う。

 天に地に。

 並ぶ者なしと汝が苦しげに言うのならば。

 ……やはりまた、さぞかし寂しかろうと我は思う。

 

 だからその傍らに並び。

 

 見よ、我が並んでみせようぞと汝に笑って見せよう。

 

 天に地に。

 それは孤独という強さよ。

 

 汝は未だ知らぬ。

 

 孤独という、哀れな強さよ。

 

◆      ◆      ◆      ◆

 

「……なあ、ひーちゃん」

「………寝ちまったのか?」

「……なあ」

 幼子のように、龍斗を呼ぶその声。

 

 ああそうだ。そんな風に人一倍寂しがりの癖に、天地無双などを目指すから。

 

 ……俺は今日も、その隣で寝こけてやりたくなるんだよ。

 

「何にも知らないくせに」

 

 龍斗は低く呟いて、哀しげに、瞬きを一つした。

 

――END.



……長らくお待たせした上にこんなもので大変申し訳ないと言わざるをえないことを深く残念に思っております。(淡々)

ごごごごごごめんよう、葵ちゃん!!!!???

……なんだかもう……なんだかもう……。
はしばしになんともいえない筆力のなさと考えのなさが露呈してて……;;
いやだー、こんな文章嫌だー!!! とどんがらがっしゃん(ちゃぶ台)したくなっても、
まさかこれ以上待たすわけにもいくめえ、と江戸っ子風邪成(誤植にあらず)が私に訴えたのです。
江戸っ子風邪成。フルネームは風邪成ぶへくしょい。
……ごめん。あまり意味ないよ……。

……まあ、何にせよ。
風成に「おまかせ★」モードにするととんでもないものが返ってくるということはしっかり学んでくださったかと…。(遠い目)


モドル