『空は、飛べない鳥を抱いて』


 ―――空はどこまでも青くて。青くて。…青くて。
 だからヒトは余計に泣きたくなる。

 ……そんな歌を何処かで聞いたような気がするし、聞かなかったような気もする。

 だけど、今ふとそんなフレーズを思い出した。

 冷たいコンクリート。冷たい壁。冷たい街。
 決して自分に気づくことない、慌しいヒトの群れ。
 そんな群れに囲まれて、一人立ち止まっていたからかもしれない。
 ……空が、とても青かったからかもしれない。

◆      ◆      ◆      ◆

「よう、チビ。なぁーに黄昏てんだよ?」
 上空から降ってきた明るい声。  
 そんな声をかけられた「チビ」は憮然とした面持ちで上空を見上げ「チビって呼ぶんじゃねーよ」と吐き捨てた。
「おっ、何やらご機嫌ナナメなご様子。何かあったわけ? チビ」
「……だーかーらー、チビチビ言うんじゃねえよ! おれの名前はなあ!」
「へーへー。分かってますって。……で、何かあったのか?」
 全然反省した様子もなく男は肩をすくめ、少年に向かって笑いかける。
 少年は憮然とした顔つきのまま眉を寄せて「アンタには関係ねー」とそっぽを向いた。
「ふーん」
 男は少年のそんな様子に目をぱちぱちさせ、少年の傍らにすたんと着地する。
「……こっちくんなよ」
 少年は眉を寄せて呟いた。そして、てくてくと男から離れて違う方向に歩き出す。
「……」
 しかし男はそんな言葉に頓着した様子もなく、すたすたと少年の後について歩いていく。
「……ついてくんなって言ってるだろ!?」
 何も言わず、どこか可笑しそうに目を細めて自分についてくる男に苛立ち、少年は振り向いて怒鳴った。
「おー、コワ。何ヒス起こしてんだよ」
「何でもいいだろ!? アンタには関係ないんだから、放っとけっての!」
「いやそれがまた、そーいうわけにもいかなくってさ」
 再三の少年の言葉に、しかし男は従う様子もなくへらっと笑う。
 少年はさすがにムッとしたような顔つきで、キッと男を睨むと。
「おっと」
 わざと男を押しのけるようにして、だっと空に向かって大地を蹴りつけた。
 少年の身体は、彼が望んだ通り羽のように軽く浮上し、あっという間に高度を上げていく。
 男はそれを追うでもなくぼんやりと見送り、ふっと笑った。
 その笑みは何処か奇妙に優しく、また苦笑めいたものだった。
 それから、ぽつりとこう呟く。

「かわいそうにな」

 それを聞いたら、少年はまたひどく怒ったかもしれない。
 ひどく怒って、わめいたかもしれない。
 アンタに同情される覚えはないと、顔を真っ赤にして怒鳴ったかもしれない。
 けれど男は、そんなことを気にした様子もなく……少年が飛んでいってしまった空を見上げて、もう一度呟く。
「かわいそうにな」 
 その呟きは何処か独り言めいていた。実際独り言でしかなかった。
 周囲には、溢れんばかりのヒト、ヒト、ヒト。
 けれど、そのいずれも男に気を留めた様子もなく、ただ黙々と歩いていく。
 ――何故ならば、彼らの感じる「世界」の中に、男の姿は存在しなかったから。
(オレは、オレたちの世界にしか存在することができない)
 男はそっと口の端を歪めて、先ほどの少年と同じように地面を蹴った。
 そして、鳥のように、けれど決して鳥ではない姿でゆっくりと空を駆けていく。

 また、チビと声をかけて、怒らせてみようか。
 それとも、今度はもっと違うやり方で声をかけてみようか。
 件の名前ではどうにも呼びにくい。やはりまたチビと声をかけてみよう。

 そんなことを考えながら、男は漠然と思う。

(心を持った子供は、鳥にはなれない)

(お前もそれを知っていた筈だろう? …オレも、それを知っていたんだから)

 歪んだ口元は、笑みを示すほどに弱くはなく、悲しみを示すほどに強くはなかった。

(魂を奪えない子供では、鳥にはなれない)

 きっと任務に失敗するだろうと予言した。
 決して任務は果たせないだろうと知っていたから。
 だから、落ち込んでいるだろうとも知っていた。

 ―――ずっと前から、知っていた。

(アレは、鳥にはなれない)

 だから、思う。

「かわいそうにな」

 男は呟いて、見慣れた風景の広がる山へと降りていった。
 
 見上げた空は相変わらず青い。
 ……いっそ憎らしくなるほどに。

(空を飛べない鳥は、鳥である理由がない)

 それを、あの男は。そして、この男も、知っていた筈なのに。

「ようチビ。また会ったな」
「! 何なんだよ! 何でそんなに追っかけてくるんだよ!?」

 男は、少年に声をかけて笑う。
 明るく笑う。

「お前、やっぱり任務失敗したんだろ?」
「…!!」

 ほら図星だと笑う。
 言ったとおりだろと笑う。

「まあ、気にすんなよ。……まだ、次があるさ」
「……」

 落ち込む必要はないと笑う。
 お前は悪くないと笑う。

 ――空を飛べない鳥は、いつか落ちて死ぬしかない。

 …そう知っているから、男はまた笑った。
 ……目の前で、まだ頑なな表情をしている少年に、笑った。

(かわいそうにな)


 ……だからお前は、鳥にはなれないと。


 そっと笑って、空を仰ぐ。

 空は相変わらず、嫌気がさすほど青かった。

 鳥になれない子供を抱いたまま、ひどく青く、輝いていた。



勢い余って「神無ノ鳥」小説UPです。
本当に勢いだけで書いてしまった話なので、意味分からないところも多々。
これでもハッカン×イカル小説とかいいますか。

……ええと。
………最初はそのつもりだったんです。(言い訳)

ちなみにイメージとしては、ハッカンとイカルが出会ってからすぐの辺り。
任務が果たせないと予言されたあとくらい…? …かな?(かなって…)