『とびらのむこう』



 目に沁みるほどに青い。

 青い。……そら。

 彼はゆっくりと足を踏み出すようにして、螺旋状の階段をのぼっていく。
 足先から踏ん張るようにして、しっかりと、一歩一歩。
 力が入らないのは、足だけではない。
 時折よろめきそうになる体を、壁に手をつくことでどうにか支える。

「…リュウ」

 頬に、未だ生乾きの涙の亀裂。
 彼の名を呼んだ彼女に、彼は一瞬どういった表情を作ろうか迷う。
 唇が引きつって、言葉をうまく紡げない気がした。
 彼は僅かに困惑した末に、彼女の顔を見た。

「…行ってやりなよ。待ってる」

 彼女は「誰が」とも言わず、「何処で」とも言わず、笑った。
 彼はその表情に安堵するように、顔を緩める。

「…そうだね」

 声は、少し掠れた。
 並外れたちからを放出したからだろう。
 彼は、また上を見上げる。

 少女は、そこから降りてくることなく。
 彼を、ただ待っている。

 階段を、彼女に支えられるようにしてのぼった。
 ゆっくり、ゆっくりと。
 焦ることはない。 
 時間は無限ではないけれど、必ずそこにあるものなのだから。

 
「……」


 そして彼は階段をのぼりきった。

 目に痛いような、それでも眩しいほどに美しい天を見上げ。

 その下で佇む、彼がいのちにかえても守ろうとした少女を見上げ。


 ―――ことばはなかった。


 少女はただ、涙を残した瞳で微笑み。


 彼は手を差し伸べるように。もしくはすがるように、掌を先に出して。

 少女はその手をきつく握りしめて、彼の目を見て今度こそ大きく笑った。


 ―――明日もこの空は青いのだろう。


 それを、今少女の笑顔で確信したように。


 彼は、大きく笑った。








2003/09/17 表日記にて
ふと、思いついたシーンを書きとめ。いつかもっとちゃんと書きたい。(希望)