――『兎の足跡』――
 ちょっとだけ。
 …ちょっとだけ、もっと広い場所で雪景色を見たいなあなんて。
 銀色と、白に包まれた平原を、少しだけでいいからもっと見られたらなあなんて。
 ……そんな軽い気持ちだったんですよ、勝真さん?


「……なのに」
 花梨は眉を寄せ、ううーん、と頭を抱えて独りごちた。
「どうしていつのまにかこんなところまできちゃったのかなあ…?」
 ……その、どこか緊張感のないような。
 けれど、彼女にしてみると精一杯困惑しきった声に……いつもならば返ってくる筈の、呆れたような、怒るような、けれどそれでもどこか優しい声はなく。
 花梨はうーん、ともう一度頭を抱えた。
「……勝真さん、怒ってるかなあ……」
 そして彼女は不安げにそう呟きながら。
 ……また、ふらふらとここでもない、そこでもないと右往左往を繰り返す。
 ―――そして、無自覚なまま、どんどん山の奥のほうまで入っていくのであった。

 ……さくさくさく。……さく。
 雪の中、自分の足音だけが響くのは、何て不安なことだろう。
 花梨は、はあ、と白い息を吐き出し、眉を寄せて俯く。
 …平千歳。
 『龍神の神子』として先に京の人々に認められていた彼女の力により留められていた季節が、先日、もう一人の『龍神の神子』たる花梨の力によって解放され、動き始めた。
 今までずっと秋のまま滞っていた季節が冬となり、木々は枯れ、雪もちらつき始めた。
 美しかった紅葉がたちまち消え去り、枯れ木となって寂しく立ち尽くす様は寒々しい光景ではあったけれど、すぐにその光景を覆うように雪が舞い始めた。
 降雪量の少ない地域の生まれな花梨は、それがとても嬉しくて、はしゃぐ子犬のように「危険じゃないか」と渋る紫姫や八葉たちを説き伏せ、勝真に護衛についてもらって――ここ、逢坂山まで雪見に来たのである。
「……勝真さーん」
 ――でも、まさかこんなにあっさり彼とはぐれてしまうなんて思わなかった。
 花梨は不安げな面持ちのまま、さくさくと雪を踏んで奥へ、奥へと迷い込んでいく。
 小さな足跡はすぐにまたちらつき始めた雪にかき消され、何の痕跡もなかったかのように覆われていった。花梨はその光景に今更のような不安を覚え、思わずその場に立ち尽くす。
「………」
 はあ、と吐いた息が白く、目の前を覆っていった。
「真っ白だあ…」
 先ほどまではこの白がとてもいとおしく、親しげなものに思われたのに、今ではとてもいまいましく恐ろしいものに見える。
「……やだなあ。……勝真さん、怒ってるかなあ」
 彼女はまたそう呟いて、溜め息をついた。
 風は冷たく、ちらつく雪もだんだん量が増えてきていた。……吹雪になるかもしれない。
 彼女はそう危ぶんで、木々と小さな崖に囲まれた窪みに駆け込み、小さく丸まって座り込む。
「………怒ってるかなあ」
 そう、彼女はもう一度不安げに囁いて、そのまま膝に顔を埋めた。
 遭難したかも、とか。
 寒くて凍死しちゃうかも、とか。
 何故かそんなことはあまり頭に浮かばなくて。
 お前何やってるんだよ、と勝真に呆れられて、怒られることばかりが頭の中をぐるぐると回る。
「…………。……やだなあ」
 彼女はまた呟いて、冷たくなった掌に息を吹きかけた。
◇      ◇      ◇      ◇
「花梨――ッッ!! 花梨――ッ!? 何処だー! 返事をしろ―――!」
 勝真は自分の声が虚しく雪に吸い込まれ、返事の一つも返ってこないことに苛立ち、舌打ちした。
 ざくざくと雪を掻き分け、山道を歩きながら、また龍神の神子たる少女の名を呼ばわる。
「ちっ…! 一体何処行っちまったんだよ……あいつは!」
 彼は目前をちらつく雪すらもうるさそうに振り払いながら、また一つ歩を進めた。

 ねえ、勝真さん、少しだけ雪を見に行ってもいいですか? ね、本当にちょっとだけでいいんです、ちょっとだけで。

 少し小首を傾げて、幼い子どものように自分を見上げながら、龍神が与えたもうた人々の祈りの具現であるはずの神子は勝真にねだった。
 紫姫からは許可をとったんです、ただ、誰か護衛の人についてもらわなくちゃ駄目だって言うから……と困ったように花梨はまた勝真を見上げてきた。無論彼女がが何を言わんとしているのかはすぐわかった。
 勝真は眉をしかめて「少しだけだからな?」と彼女を連れて、彼女の望むままに山に連れてきた。
 わあきれい、とてもきれい、と無邪気にはしゃぐ花梨を見て、心が和まなかったと言えば嘘になるし、まさかこれだけの距離で彼女を見失うはずもないと若干自惚れていたのかもしれない。
 ――――けれど、本当に突然に。
 まるで何かのまじないかなにかの如く唐突に、少女は勝真の視界から消え失せてしまった。
 …勝真は強くなってきた風にまた舌打ちして、不甲斐なく少女を見失ってしまった自分にもまた舌打ちした。
「花梨―――ッ! 花梨―――!!」
 風が、また強く勝真の髪をなぶって通り過ぎていった。
 ……吹雪になるかもしれない。
 そう考えると、腹の底に嫌な冷たさが広がった。
 雪はその清廉な外見とは裏腹に、残酷に、たやすく人の生命をもぎ取る。
 ……冷ややかな風を受けて、勝真は何故かいつも暖かい花梨の掌を思い出し……その温もりを奪おうとするかの如く吹き付ける風を強く睨みつけた。
「花梨――ッ!! 俺の声が聞こえたら、返事を、しろーッ!」
 彼は半ば喉の奥から絞り出すように怒鳴ると……ぐっ、と左上腕部に埋め込まれている宝玉を、右掌で覆った。
 そこはじわりと暖かく、僅かに熱を持っているようでもある。

「……俺が本当に、あいつを守る為の使命と力を持っているって言うんだったら」

 勝真は、低い声でゆっくりと呟いた。
 ……もし、本当に、寒い夜も、晴れた朝も、陽だまりのように暖かく微笑む、少女のぬくもりを守る力をこの自分が持っているというのならば。
「ならば、示してくれ。……示して見せろ!」
 勝真は宝玉を、肩を掴む掌に力をこめ、祈るように囁く。
 この宝玉が確かにあの少女と繋がっているというのだったら。
 ――――ならば、どうか導きを。
 ……勝真は静かに目を閉じて、宝玉に耳を澄ました。
 ややあって。
 ………何がしかの啓示を受け取る事が出来たのか。もしくは、何かの音を聞きつけたのか。
 勝真はかっと目を開くと、身を翻し、ある方向へ向かって迷いなく駆け出していった。
◇      ◇      ◇      ◇
「……寒いなあ」
 花梨はぼんやりと…いや、だんだん朦朧としてきた意識の中で呟いた。
 びゅうびゅうと容赦なく吹き付ける雪まじりの風。
 ああ、本当に吹雪になっちゃった、と嘆息して、花梨はぎゅっと尚いっそう身を縮める。
「……あったかーいうどんが、食べたいなあ」
 かたかたと小さく震えながら、花梨はちょっとだけ笑って、そう呟く。
「……ラーメン、お鍋、おでん…」
 心から暖まるような、そんな暖かなものが欲しい。
「湯たんぽ、ふかふかのお布団、ストーブ……」
 ぎゅうって、あっためてくれるような、暖かいもの。
 ……。
 花梨はぼんやりと、風が吹きつける窪みの外を見つめ、ぽつん、と呟いた。
「……勝真さん」
 暖かい、ひと。
 名前を囁き、その姿を思い浮かべると、花梨は何故かひどく寂しく、怖くなって、強く眉を寄せる。
『花梨』
 神子とか、神子殿とか。
 花梨のことを龍神の神子と認めてくれた八葉の面々の中には、次第に呼び方を変えていく者も出てきた。
 それが嫌だというわけではないけれど、何か、距離を置かれたような、そんな気になったのも確かで。
『……花梨』
 だけど、勝真は、呼び方を変えずにそのままで押し通している数少ないうちの一人だった。
『―――花梨?』
 呆れたように、怒ったように、からかうように、龍神の神子ではない、ただの高倉花梨の名を呼んで、笑ってくれる、数少ない人の一人だった。
 ―――……意識がどんどんどんどん朦朧としてきて。
 白。しろ。みーんなまっしろ。
 そんな景色の中で、花梨はただぼんやりと、宙を見つめ続ける。
(ねむったらしんじゃう)
 花梨はそれだけを強く念じながら、うつらうつらと揺れる視界に耐えながら、懸命に瞼を上げ続けた。

「――――花梨…!」

 けれど。
 誰かが、そうやって、名前を呼んでくれた。
 その声を聞いたか、聞かないかのちょうどそのタイミングで、さすがに花梨の瞼にも限界がきた。
「……さむいんです」
 がくがくと前に後ろに揺れる視界。
 それをぼんやり認識しながら、花梨はまるでうわごとのように呟く。
 さむい。さむい。さむいの。
 ……その声に反応したのかどうか、がくがく揺れていた視界がおさまって。
 明るい緋色。
 柔らかな肌色。
 大地の色にも似た、茶色の眼差し。
「……ぎゅうってしてください」
 花梨は、意識もせずに囁いて、無防備に目の前に向かって倒れこんだ。
 彼女を受け止めたその腕は、信じたとおり温かくて、でも少し冷たくて。
「さむいの…、……かつざねさんも……さむいの…?」
 意識を失うその狭間に、そう囁くと。
「―――寒くねえよ」
 低く、囁き返す。
 ――――そんな、ひどく安心したような、優しい響きが耳元で弾けた。
◇      ◇      ◇      ◇
 ゆらゆら。ゆらゆら。
 ゆらゆら……ゆらゆーら。
「……かつざねさん…」
「…ん?」
 吹雪もいつのまにか止んで。
 勝真は花梨を自分の前に座らせ、紫姫の館までゆっくりと並足で向かわせていた。
 頭上には美しい満月。
 今まで夢と現の間をさまよっていた花梨は、その月をぼんやりと見上げてから首を捻って勝真を振り返り「……ごめんなさい」と小さく囁く。
「……何がだよ」
 勝真はその殊勝な声に少し笑った。
「はぐれんなって言ってるのに、ふらふら山で迷ったことを言ってるんなら、別にお前だけが悪いわけじゃないぜ。……お前を見失った、俺も間抜けだったんだ」
 彼はあっさりとそう返して「でも」と反駁しかける花梨を制して「――月を」と頭上を示す。
「……?」
 そして、首を捻って、身体までもひねらせるようにして自分の方に向き直ろうとする花梨に勝真はまた笑うと「降りるか。……歩けるだろう?」と先に馬から降りた。
「よっ…と」
 花梨は勝真に促されるまま馬から降りて……「月、がなんですか?」と首を傾げる彼女に複雑そうな表情を浮かべる。
「……いや? 目覚めてすぐに月を見ていたから、月が好きなのか、と、ただそう思っただけだ」
「―――…そうでした?」
「さっきはそうだったろうが」
 手綱を軽く引いて促してやると、馬は素直に歩き出した。
 花梨が勝真の横に並んで歩き始めると、勝真はやや歩調を緩め、また手綱を軽く引く。
「うーんと…。……また雪かなって、ちょっと思ったんです。……白くて、綺麗だったから、まだ私あの山に居るのかなって思って」
「そうか」
 勝真は少女の答えに短く応じ、自身も空を見上げた。
「……かぐや姫、みたいでしたか?」
 花梨はそんな勝真を唐突に見上げ、小首を傾げてくすりと笑う。
「はあ?」
 しかし勝真はそんな少女に軽く笑って。
「お前もよく言うぜ。まさか自分を絶世の美女になぞらえるとはな」
 からかうように花梨の頭を軽く叩いた。花梨はその仕種にむーっと眉を寄せると。
「そういう意味じゃないですよ! ただ、かぐや姫は月にいつか帰らなくちゃいけないから……」
 ……。
 花梨はちょっと言葉を止めてから、俯いて、続きを呟いた。
「……もし、私が帰っちゃったら、寂しいって、勝真さんも思ってくれるかなあって」
「………」
 …勝真はそんな少女の頭にまた掌を置こうとして……ためらったあげく、軽く髪に触れるだけに留める。
「俺は、あんまりかぐや姫は好きじゃないな。……高慢で、何人もの男に無理難題を突きつけた挙句、自分勝手に帰っちまう。そんな女は好きじゃない」
 そして、軽く花梨の髪をつまみ、それに反応したのか自分をきょとんとした顔で見上げた少女に笑顔を向けると。
「お前は姫君なんてガラじゃないだろ。……そうだな。せいぜい、月に向かってぴょんぴょん跳ねてく兎ぐらいか?」
 そんな風に、また声をあげて笑った。
「えぇー!? ひどい! どうして勝真さんはそういうことばっかり言うんですか!?」
 花梨はそれに盛大にへそを曲げ、ぷいっとそっぽを向いて、早足に彼の先へと歩いて行ってしまう。勝真はそれを楽しそうに見やり、明るく笑いながら……自分に背を向けた少女を、じっと見つめた。
「……確かにそこにいたと思ったのに、雪の中に紛れて、どこまでも跳ねていってしまう」
 その囁きが後ろから聞こえたことに、花梨がどうして足を止めるのかと振り向くと。
 ―――勝真はいつのまにか真剣な眼差しで、じっと花梨を見つめていた。
「つかまえたと思ったら、この腕をすり抜けてどこまでも跳んでいってしまう。月に焦がれて、何も知らず、駆けていく」
 ……勝真はゆっくりと花梨のもとまで歩いてくると、戸惑ったように動きを止めている少女の頬に掌を伸ばして、苦しげに眉を寄せる。
「無邪気に。……いつかお前はその、無垢な、何も知らないままで俺たちを置いていくんだろうな。……かぐや姫のように何かの意志に従うこともなく、ただ自分の意志で、どこまでも軽やかに跳ねていってしまうんだろうな」
 勝真はそう、どこか淡々とした口調で告げると、花梨の頬に触れるか触れないかというところで動きを止めた。……そして苦笑を浮かべ「そんな風に無防備にしていると、すぐ捕まってしまうぞ」、と囁き、手綱を放されたことで不安げに地面を掻いている愛馬の元へ戻ろうとする。―――だが。
「勝真さん――私の世界にね、こんな唄があるんです」
 その掌をぎゅっと掴んで、花梨が彼をひたむきに見上げてきた。
「うさぎ、うさぎ、なにみてはねる。……十五夜お月さま、みてはねる。……そういう唄なんですけど」
 彼女はそう告げてから、ちょっと首を傾げる。
「兎ってね。すごく寂しがりやなんですって。……誰かと一緒にいなくちゃ、駄目なんですって。……だから、私思ったんです」
 花梨は勝真を真摯に見上げたまま、話し続けた。
「きっと、この十五夜のお月様が出た夜にも、兎はとても寂しくなったんだろうなって思うんです。待っていてくれるひとたちのところを飛び出して、ぴょんぴょん跳ねてきたのはいいけれど、お月様が一人ぼっちで空に浮かんでるのを見たらたまらなく寂しくなって、大好きなひとたちに会いたいなあって。……だからきっと跳ねて、帰ろうとするんです」
 その言葉に、勝真は少しだけ寂しそうに片頬を上げる。
「……だから、帰りたいんだろ?」
 彼は優しくそう呟いて、花梨の頭を撫でた。
「………」
 花梨はそれに戸惑ったような、じれたような顔をして。
「……そうなんですけど……ですけど―――!」
 ――――言いたい。
 何かを伝えたい。
 ――――言わなきゃ。
 何かを伝えなきゃ。
 花梨は、そんな急かすような囁きに従うまま、彼を見上げて……。……。
「……勝真さん……」
 ――――ただ、名前を呼んだ。
「勝真さん……勝真さん……」
 言いたいことは溢れるほど。
 だけど、どれもまだ言葉にならなくて、ただ彼女は彼の名前を呼び続けた。
「……花梨…?」
 勝真はそんな彼女の頬にそっと……恐る恐る手を伸ばしかけ―――…。

「―――おや、これは神子殿じゃないか?」

 ……からかうような、そんな声音に反射的にぎくりと動きを止める。
「……あ…、翡翠…さん……?」
 花梨はその声にきょとんと顔を上げて、気まぐれな海賊の姿に首を傾げた。
「どうしたんだい。……こんな夜更けに、いかに八葉とはいえ男と二人でいつまでも佇んでいては、あの小さい姫も心配するんじゃないかな」
 翡翠はにこりと笑顔を浮かべると「屋敷はすぐそこだろう? 私たちが送ってあげよう」と勝真に意味ありげな眼差しを向ける。
「……え…あ、はい! そ、そうだ、紫姫、きっと心配してる!!」
 花梨はそんな翡翠の言葉に、慌てて二人の八葉の前に立って走り始めた。
「あ、おい花梨! 待て、今馬に乗せてやるから……」
「あっ、平気ですー! 本当にすぐそこだからー!」
「……そういうわけにもいくまい。待ちなさい、神子殿」
「きゃっ! ひ、翡翠さん、手!?」
「……!!」
「…ほら、乗せてもらえば、ずっと楽だろう? 使えるものは利用させてもらいなさい」
「……」
「……ど、どうも…」
 ―――軽々と抱えられ、そのまま馬の上まで乗せてもらって、花梨は困惑と恐縮の入り混じった顔で礼を述べた。
 その横で、勝真は苦虫を噛み潰したように顔をしかめている。
 翡翠はそんな二人を楽しげに見やり「さあ、帰ろうか神子殿」と花梨に笑顔を向けた。
 ……まあ実際、送るとは言っても、馬の並足でいっても、数分で屋敷には着く距離だったので、たちまち屋敷には到着した。
「送ってもらってありがとうございます!」
 花梨は二人にぺこんと頭を下げて礼を言う。そして、早くも「神子様!?」と家人とともに迎えに出てきたらしい紫姫の声に「あっ」という顔をした。
「まあ、君は今日たっぷりと心配をかけてしまったのだから、その分だけは叱られてきたまえ」
 翡翠はそう言って顔をしかめた花梨に軽く笑い、横の勝真をちらりと見てから―――「ただし」とからかうように付け加えた。
「君が、今この私にさらわれてくれると言うのならば、かくまってあげてもいいのだけれど?」
 その言葉に、花梨はたちまち固まってしまい、勝真はすぐさま気色ばんだ。
「!!」
「…おい、翡翠、お前!!」
 海賊はそんな二人に声を上げて笑い「冗談だよ、二人とも」と軽く手をあげて、屋敷の前を後にする。
 ……残された二人は何とも言えず顔を見合わせあったが……すぐさま「神子様!」と駆けてきた紫姫に気づいて「それじゃあな」と勝真も門外に向けて歩きだした。
 花梨はその背中に向かって「あ、あの、今日は本当にありがとうございました!!」と叫び……。
「もう、どうして神子様は紫とのお約束をきいてくださらないのですか!?」
 ……そう、早速お小言とともにやってきた可愛らしい姫に「……ごめんなさい」と深く深く頭を下げるのだった。
◇      ◇      ◇      ◇
 ――――頭上では月が冴え冴えと光を放っている。
 勝真はその下で、手綱をゆっくりと引き、軽く馬を走らせた。
 ……左肩では、また宝玉がじんわりと熱を持っている。
 ………彼はその熱さに眉を寄せ…誰に言うでもなく、独りごちた。
「あいつは、自由な女だ。……どうして俺なんかに捕まえておける道理がある?」
 …その囁きはたやすく風にさらわれ、誰の耳にも届かず、消え去っていく。
 勝真は寂しげに口元だけで笑い、勢いよくそのまま馬を駆けさせようとした。
 ……ちょうどそのときだ。
 月の光がまたゆっくりと、勝真の目前に広がる白く覆われた道筋を照らしたのは。
 勝真は月明かりに照らされた道筋をぼんやりと見やり…ふっ、と目を見張る。
 そこにてんてんと残っていたのは――――先ほどまで並んで歩いていた勝真と花梨の、二つの足跡。
 小さいのが花梨。
 大きいのが勝真。
 ……勝真はそれを馬上から見下ろし…ふっと笑った。
「捕まえておくのが無理なら―――」
 彼はそれからゆっくりと月を見上げ、瞬きもせず、地上を見下ろしている眼差しと視線を合わせるようにして呟く。
「足跡をたどってでも、あいつを探して……そばにいろってか」
 彼はそう呟いて。
 未だ消えない左肩の熱もそのままに――――馬を勢いよく走らせ始めた。

 ――――白い道筋にてんてんと残っていたのは、どこかで笑う、小さなうさぎの足跡。
 月を見て、人を見て、寂しい寂しいと跳ねる小さなうさぎ。
 帰りたいの、帰りたいの、でもそれがどこだか分からないのと。
 途方に暮れて、また跳ねるうさぎ。
 どこへともなく跳ねていって、人々を置いていってしまおうとする無邪気なうさぎ。

 ――――ならば俺はその足跡をたどって、どこまでもついていこう。
 お前が跳ねていくのなら、それでも寂しいというのなら、小さな小さな足跡をたどって、どこまでもたどっていこう。

 勝真は勢いよく馬を走らせながら、左肩に残る熱と、瞼の裏に残る白い雪の残像に笑った。

 自由な兎。
 どこまででも跳ねていけ。
 お前が望むのなら、俺は何一つ止めやしない。
 ただ、俺は二度とお前を見失ったりはしない。
 けして、決してお前の足跡をなくしたりはしない。

 たとえ白い雪に覆われた、儚き小さな足跡だとて。
 必ず、俺は見つけてみせるから。
――END


大変にお待たせしまくって申し訳ありません川村菜桜様。(笑顔)
本当にすみません。(笑顔)
ていうか心底から詫びるのでユルシテクダサイ。(笑顔)

……っていうかー!!!!!(絶叫)
私が……私が悪かったんだよ、こんちくしょう!!!(逆切れ)
何だよ、この話!!! もーわけわかんないよ!!!!(だからそーいう話を他人様にあげるのは(略))
……すごくすごく納得がいかないので色々手直ししたかったんですが……。

駄目だ……(脱力)
どこなおしていいのかわかんない……。(絶望)

スランプ脱出を図って書いてみた一作でしたが、駄目駄目に終わりました……。

本当にごめんよう……川村様(半泣き)


モドル