『きみはそうして嘘つきになる?』



「――僕が、君との約束を破ったことがあったか?」


 がちり、と機械が爆ぜる音。
 炎と、源罪の風に包まれて、全てが軋み、消えていこうとする中。

 その、兄弟子だけは妙に冷静で。

「必ずかえってくるよ」

 ばぢはぢっと音を立てる機器の間をすり抜け、メルギトスの元へ向かおうと、する。

 きみたちのあいする、このせかいをまもるために。

 そんなことを言って、大丈夫僕は嘘をつかないだろう、なんて。
 妙に物分りのいい顔で、うっすらと微笑みすらして。

 嘘だ。

 俺はそう叫びたくて、けれど叫べなくて、もうどうしたらいいのかわからなくて、黙った。

 嘘だ。

 そう、分かっている。
 …だけれど、本当に、嘘だとして。


 俺に、彼が止められるのか?


「ネス……!」

 もうどうしようもなくて、名前を呼んだ。

 黒い風。
 源罪の風が、吹く。

 大気すら焦がすようなそれが、俺の頬を掠めていく。

「……ネス……、ネス…!」

 なあ、どうしたらいい?

 ――俺よりもずっと頭がよくて、俺よりずっと冷静で。
 いつだって、俺の手を引いてくれた。
 君は馬鹿か、と言いながら、必ず待っていてくれた。
 俺は、家族を知らなかったけど、だけれど、きっとネスみたいなひとのことをそう言うんだと、そう思ってた。

 今でもそう思ってる。

 明日も、きっとそう思ってるんだ。

「……それまで、このきかん坊を頼むよ」

 俺の傍らで、俺なんかよりもずっとしっかりした様子で立っている少女。
 兄弟子は彼女に、そんな念押しをしてから。
 それから、最後に、もう一度俺を見た。

「……」
 
 ネスって。

 ……ネスって、名前を呼ぶこともできなくて。


 舌が、口の中に張り付いたみたいだ。
 はがしてくれよネス。どうしたらいいのか、教えて。
 きみはばかかと言って、いつものように。


 なあ、嘘だろ?
 嘘なんだろ?


 俺はどうしようもなくて、黙り込んだまま、呆然と彼を見送った。


 いってくるよマグナ。


 ……最後にそう言った気がする。
 でもわからない。
 もう、何もかもわからない。


 そうして、ひかりが、はじけたんだ。


 風は消えた。
 メルギトスは滅びた。

 そして、召喚兵器の代わりに、聖なる樹木が生えて。


 ネスは、それからそこでずっと眠ってる。


『僕が、君との約束を破ったことがあったか?』


 今でも覚えているのは、あの言葉。
 毎日思い出して、そのたび俺は「うそつき」と呟きかけて、やめる。
 …だって、嘘だ、と言ってしまうと、本当に嘘になってしまう気がしたんだ。


「…マグナ、外はいい天気よ」


 そうして、今日も俺はアメルがかける声に微笑んで、傍らの護衛獣に「大丈夫だよ」と言う。


「嘘、つかないって言ったもんな。ネス」


 それから俺は、一人聖なる大樹の前で呟くのだ。

 
 どうか、どうか嘘つきにならないでくださいと。



 どうか。どうか、嘘でありませんようにと。



 ――そして、今日も奇跡は起こらず、俺は黙って家に帰る。


 毎日毎日、一歩ずつ兄弟子は嘘つきになっていく。
 それから、俺は毎日毎日、嘘つきの兄弟子に心を削られてくような、気がして。
 


「ほら。嘘じゃなかったろう」



 だから、早くそう言って、俺の前に戻ってきてよネス。

 君は馬鹿かって言って、しかめつらをしてみせて。


 ……だけれど、今日もまた奇跡は起きなくて。


 兄弟子は、今日も嘘つき? のまま。














2004/09/29(Wed) 02:10 裏日記にて。
ネスED。兄弟子二年は待たせすぎだろうという話です。ところでネスEDでひとり目頭熱くしていた私は駄目な子でしょうか。なんかあの爆笑EDって皆さん…。