『手を伸ばせば』




 きっときみは知っているのだろう。


 おれが教えるまでもないことだ。
 だって世界は、いつだってきみのために開かれる。

 きみに開かない扉はない。
 きみが触れない鍵はない。
 
 めぐる世界の中心にいるのは、いつだってきみだ。
 おれはそれをとても誇らしく思う。だけれど、ときどき、さびしくも思う。

 きみを中心に据えて、回る世界。
 そんなきみのそばに、おれはいつまでいられるのだろうか?
 きみが世界の中心なら、おれは世界の片隅で。
 世界がきみを核として回るのなら、おれはその回転に振り飛ばされないよう、しがみつくことしかできないちっぽけな存在なんだ。

 だけれど、今は、まだ、おれはきみのそばにいていい。
 だって、相棒だから。
 仕事上のパートナー。一応、必要不可欠の存在だから。
 だから、まだいい。
 まだそばにいていい。

 でも、これからさきは?

 明日はいいかもしれない。
 あさっても大丈夫かも。
 けれど、その次は? そのまた次はどうだろう。

 わからない。
 わからないけれど。

 けれど、いつかおれがきみのそばにいられなくなるだろうこと。
 いつかおれは、遠くに歩いていくきみの背中を見送るだろうこと。
 そのふたつは、確実な話で。

 ああ、それがとてもさびしいのかもしれないな。

 まだ、ほんの少しさきの未来。

 おれはきっと、ひとりだ。
 きみがいないから、ひとりだよ。
 …きみがいないなら、ひとりなんだ。

 それが、とても、さびしいのかもしれないな。

 前はひとりでも平気だったんだよ。
 ほんとうだよ。

 今だって、きっと平気だ。
 少しさきの未来でだって、きっと平気に違いない。
 ただ、さびしいってだけなんだよ。

 今はまだ、手の届く場所にいるきみ。

 手を伸ばしたら、肩にさわれるし。
 ベッドは二段ベッドだし。
 任務はほとんど一緒だし。

 相棒、だし。

 だからさびしくなんてないけど。
 だけど、ときどきさきのことを考えて、ひとりでさびしくなったりする。
 まだ手を伸ばせば、そこにきみがいるっていうのに。

 …きっときみは知っているはずだ。

 この世界はすべて、きみのためにめぐる。
 おれがきみのために、あるいはおれのために、こうして手を伸ばすように。

 世界も、きみのため、あるいは世界のために、ゆるゆるとめぐるのだ。 


 だけれどおれの世界はきっと、いつまでも閉じられたまま。
 おれはひとりで、手もとどかないきみを見て、あいまいに笑うんだろう。


 困ったな。


 絶対回避できないことだってわかってるのに、それがとてもさびしいよボッシュ。



 ……手を伸ばせば、きみはまだそこにいるね。

 今日は、ただそれに安堵して。
 そして、明日もそうだろうと信じて。
 それからあさっての心配を少しして。


 そうしてから、おれはそっと目を閉じた。













2004/09/12(Sun) 表日記にて。
少しだけ加筆修正しました。リュウはいつもこう思っていたと思うのです。なぜなら、彼の世界の中心にいたのはボッシュだから。