『アンタと俺と、それからアキアカネ』
「……ねえボッシュ」
リュウは困ったように微笑んで、つながれたままの手を振った。
なに、とボッシュは答える。
言外に、手をほどいて、と言っているのを無視して。
「……ころんじゃうよ。こんな風に、歩いてたら」
「ころばないし。俺、あんたみたいに不器用じゃないから。器用だから」
すたすたすた、てくてくてく、と、ボッシュは、自分よりも頭ひとつ目線の高いリュウを睨みつけた。
「……なに。それとも、そんなにこの体勢が不満なわけ」
「…え、い、いや、あの」
不満っていうか…。
ボッシュよりも、きっかり五歳は年上のリュウは、情けないような困惑したような、曖昧な笑顔を見せた。
「ちょっと、恥ずかしくない? …と、思って」
「俺は、恥ずかしくない」
「………そっかあ」
じゃあしょうがないかなあ、なんて、リュウはまた曖昧に笑った。
はっきりしない、まぜこぜの笑み。
いろいろな感情を、パレットの上で混ぜ合わせたみたいな。
どんな結果も見えない、どうでもいいような笑顔。
それでも、ボッシュはこの手を離すことができない。
頼りない、おにいさん。
遠縁の、どうでもいいようなお目付け役として、ずっと幼いボッシュにくっついていた彼。
そこそこいいとこのお坊ちゃんだったボッシュの、世話係。
いいアルバイトだったんだよ、なんて、リュウは簡単に言う。
その、いいアルバイトが、今ボッシュの心にうっとうしいほどの影響を与えているとも知らずに。
「あ。……ボッシュ、見てごらん。アキアカネ」
ひょい、とリュウが立ち止まって、指先を宙に向けた。
そこにふわり、旋回するのは、確かに彼が言ったとおりのアキアカネ。
「……もう秋だね」
「…そうだな」
なんてことない、どうでもいい会話。
どうでもよさそうに飛ぶ、アキアカネ。
そんな幾つかの事柄が、どうしようもなく歯がゆい。
きっと、この男にとっては。
今、ボッシュのことは、アキアカネよりもどうでもいいに違いない。
いいアルバイトだったとしか言わないリュウ。
けれど、厳格な父親と、未だにろくな会話もできないようなボッシュにとって、その「いいアルバイト」はどれだけ救いだったと思っているのだろう。
ボッシュは、つないだままのリュウの手に力をこめた。
「…? ボッシュ、いたいよ」
「……あっそ」
「…いや、だから…いたいって」
困ったな、なんて笑うなよ。
嫌なら振り払って、お前なんか知らないと言ってくれればいいのに。
あんたはそういうことすらしないで、中途半端に、俺に手を握られていて。
「……あ、じゃあ。おれ、こっちから帰るから」
「……」
「…ばいばい、ね。ほら、手をはなして。ボッシュ?」
そうして、ボッシュは今日もリュウの手のひらを優しく奪われて。
「……」
ばいばいと言って、簡単に手を振る17歳のリュウを、12歳のちっぽけな目線で見送るしかないのだ。
2004/10/5 (Tue.) 01:31:21 交換日記にて。
年齢差話が大好きなんです。いつかこういうシリーズも書いてみたいなあとは思うのですが…。いやしかし。