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第9日 たった20時間でベトナムを去る

9.1. ハノイB駅到着

 メーターゲージでベトナムでというとさぞかし揺れると思われたが、時折停車した際に目覚めるだけで、疲れていたこともあって割合ゆっくり眠ることができた。朝4時すぎ、車内がざわざわしはじめたので本格的に目覚める。時刻表通りならぼつぼつ到着する時間だが、しばらく走っては停まり、を繰り返していてまだ着きそうにない。とはいえ同室のおばさんたちはもうシーツを返して降りる支度をしているので、こちらも準備をする。シーツを返しに行ってチケットを返してもらうのだが、言葉が通じないので一苦労した。
 そうこうしているうちに周りが多少町らしくなってくると、やがて到着したようで人々が降り始める。おおよそ5時なので、一時間くらい遅れている。まだ真っ暗だが夜明けの気配がする。正直言って朝4時に時間通り着いて真っ暗な町でえんえんと夜明けを待つよりは気楽だ。

 低いホームに降りると、むっとした空気に包まれた。ラオカイより空気が重い気がする。人の流れについて出口へと向かう。乗客はそうとう多く、西洋人の姿もあるが大半はベトナムの人だ。途上国の列車の多くがそうであるように、大荷物を抱えた人ばかりだ。すりに注意しながら人混みの中を列車にそって後方へ歩いていく。
 列車の端まで来ると、そこから構内のレールをわたって向かって左側の出口に向かう。都心は向かって右側で、そちらへ向かう人も少しいるが、勝手がわからないので大勢に従って左へ向かう。案内板はおろか通路があるわけでもなく大ざっぱだ。アメリカ式のディーゼル機関車に牽引された列車が何本も停まっていて、鉄道が生きていることを実感する。これからラオカイに向けて発車する列車もあるのだろう。
 工場の出入り口のような門が出口で、そこで乗車券を回収している。出口を出るといきなりもう駅裏の雑踏に投げ出されてしまう。ごったがえす人と、客引きのタクシーやバイクタクシー、物売りといった喧噪がもう朝の5時から盛大に始まっている。まだ少々寝ぼけたまま淡々と出口までやってきた頭をいきなり揺さぶられて、ちょっと態勢を立て直さないとまずい。みまわすと、右手のほうに駅舎の入り口があるようだ。とりあえず公共エリアに避難することにして、雑踏をかきわけて駅に入る。

 ここはハノイ「B」駅である。駅舎の看板にもそう出ている。ハノイ駅は構内の反対側、つまり都心側に駅舎がありホーチミン行きの列車などを扱うのだが、ここ「B」駅はいわば裏口でラオカイ方面の列車を扱っている。地図で見る限り構内はつながっており、出改札など旅客取り扱いについて方面別または列車別に駅舎を分けているようだ。
 裏口とはいえ朝の5時から駅も人でいっぱいである。ただ、表の喧噪に比べるととても静かで、天井の扇風機もまわっていて多少は落ち着いた空気である。出札窓口もいくつかあいているが、ラオカイのような殺気だった感じではない。100人ほどは入るであろう待合室で、黄色い袈裟を着た若いお坊さんの隣りにかろうじて空席を見つけて一息着く。
 駅舎ははラオカイを一回り大きくした程度で、首都の駅にしては小さい。ささやかな売店がトイレ番を兼ねているのはラオカイと同じ。トイレの個室に扉があるのが中国と違う。古びてはいたが不潔ではなかった。

9.2. ハノイ市内を歩く

 もっとあれこれ探索したかったが、なれない土地で不安なのと疲れているのとでその元気がなく、30分ほどして明るくなってきたところで空港バスの乗り場へむかうことにする。昨日午後ベトナムに入国して、今日のお昼の飛行機で昆明へ戻るのだから一体何をしに来たのか、という感じが強いが、かなり疲れもあるので、言葉の通じないまちなかをうろうろする元気がなく、やむを得ない。
 ハノイB駅を出て、しばらくは屋台が並ぶ界隈を歩く。ここは人とバイクでごった返していて、バイタクの客引きにつきまとわれるのでゆっくり見て歩くことができない。大通りに出て踏切をわたりおえたところに、ちょうど列車が通った。おそらくラオカイから来る後続列車だろう。

 踏切と踏切番

 踏切を越えてシェラトンホテルのあたりまでくると、逆にすっかり人通りが少なくなったが、朝早くなので不安感はない。そのころにはようやく夜がすっかり明けて、曇り空から柔らかい光が射してきた。首都とはいえそう高いビルもなく、緑の木々のあいだを小鳥がさえずりながら飛び交っている。空気はあいかわらず重い湿気につつまれているが、雰囲気はさわやかである。それでも時折走っていく市内バスは満員で、町が動き始めているのも感じる。

9.3. 空港バスに乗る

 小さな電気店が並ぶ一角をすぎて左に曲がると、いささか不安だった「歩き方」のおおざっぱな地図どおりに、空港シャトルバスの看板があり、数台の小型バス(12人乗り程度)が駐車している一角にたどりついた。ちょうど一台がもう発車するところだったので、運転手に料金を払い乗せてもらう。

 中国に比べると格段にクルマの少ない道をバスはすいすいと走る。町中は緑が多く、おちついた雰囲気である。とある施設の駐車場に大阪市バスが停まっているのを発見した。ベトナムや中国などには日本の中古バスがたくさん輸出されており、ドアと運転席を入れ替えるという大改造をするくせに塗装はそのままで走っていることもある。以前行った天津・南開大学の駐車場で岡山の両備バスがいるのを見ていたので驚きはしないが、やはりおもしろい風景である。

 10分ほど走ると市街地をぬけて、空港へむかう整備された高速道路にはいる。ところどころに集落はあるが平野は見渡す限り水田が広がっている。一回だけ線路をまたいだのがどの路線かはわからないが、軌道は比較的整備されており、これくらい整備されていれば昨夜の乗り心地が悪くなかったのも当然といえよう。
 途中、農村部で墓地をみかけたが、沖縄のものとほとんど同じに見えるのに驚いた。

 前の席にいた恰幅のよいおっさんが、かたことの英語で話しかけてきた。医者で携帯電話ビジネスもしているらい。これから国内線でどこかへむかうというのだが、日本の俳句が好きだといい、英訳の俳句をいくつかそらんじてみせた。初対面の人間にいきなりなれなれしく話しかけてくるし、その話題が俳句というのいかにもなので少々警戒したのだが、空港で降りたらさっさとどこかへ行ってしまったので、別に悪い人ではなかったようだ。

9.4. なにもないハノイ空港

 1時間ほどかけてハノイ・ノイバイ国際空港に着くが、まだ8時である。空港施設はできたばかりで立派だが、閑散としている。首都の空港の割には発着便が少ないせいもあるが、サービス施設がほとんどないので、そもそも人がうろうろするところがないのだ。
 案内所やベトナム航空のカウンターではさすがに英語が通じて、先にチェックインはすませてしまう。そして昨日夕方のサンドイッチ以来何も食べていないので、まずは食堂に行く。最上階がショップとレストランのフロアのはずだが、エレベーターで上がってもまったく何もない。一つ下のフロアにおりるとカフェテリアがある、うどんくらいはあったのでようやくそこで朝食とする。英語メニューもありコーヒーや紅茶もでるが、お客さんはこの時間のせいか空港や航空会社のスタッフがほとんどである。接客態度などは中国より質が低い。

 空港利用料チケット

 出発は正午過ぎなのでまだまだ時間がある。まずは1階に降りてせめてベトナム入国の記念にはがきくらいだそうとするが、郵便局があるはずのところには立派なカウンターがあるが、中は空っぽで誰もいない。まだできていないのか、それともやめてしまったのかといぶかっていると、女性が一人やってきてカバンから切手をとりだしたりしている。唖然としながらも聞いてみるとちゃんと切手を売ってくれた。ちょうど9時なので、かばん一つ分の郵便局が店開きするようだ。首都の空港と言うよりは地方都市の駅という感じである。
 郵便局(?)の隣には医務室と薬局があった。昨日からの体調を崩しがちなので医務室で診てもらうことにする。待機していた女医さんは英語もあまり通じなかったが、とりあえず薬は出してくれた。

 昨日入国で今日出国なので、パスポートコントロールを通るとき何か言われるかと思ったが、あっさり通過。さすがに中に免税店はあったが、お土産が少々あるだけで、これまたささやかである。しかも、販売員が強引で押し売りしようとするし、ドンで支払おうとすると露骨にいやな顔をして、ドルで払えとうるさい(ドルはもっていないのだ!)。商品には魅力的なものもあるのだが、あまり長居したくない感じである。
 しかし、明るくて開放的な出発ロビーは冷房もよく利いて気持ちがよい。ロビーのうえのフロアも展望ラウンジになっていて、ほんとうは免税店など作るつもりなのだろうが、いまはカフェがあるだけで閑散としている。まだ時間があるのでカフェで一服する。カフェのメニューもドル標記しかなく、さきほどの免税店と言い外貨稼ぎたいという欲求が前面に出ている。無理をいってドンで支払い、またお茶を飲む。お客さんは他におらず、店員もそのうちどこかにいってしまった。静かで、のんびりしている。飛行機はぽつりぽつりと離発着しているが、大半がベトナム航空機のようだ。

9.5. ハノイ−昆明−広州

 なんにもない空港で4時間も時間をつぶし、ようやく12時発ベトナム航空VN908便昆明行きの乗客となる。ちなみに単券のため運賃は日本で買って32,400円。週3便飛んでいるエアバスの小さい旅客機はほぼ満席である。出発前に、昆明ーハノイ間の国際列車が航空便に乗客をうばわれているというネット記事をみたが、たしかに盛況のようだ。客室乗務員の愛想がよいとはいえず、いわゆる社会主義国らしいサービスである。もはや中国ですら都市部ではみられないようなものが、良くも悪くもまだベトナムにはたくさんあるという感じがする。
 ベトナム航空搭乗券

 厚く垂れこめる雲をつっきって上空へ出る。2時間弱のフライトだが、いちおうは国際線とあって期待していた機内食は幸い出た。ロールパンとサラダ程度だが、おなかが空いているのでうれしい。食べ終わる頃には降下がはじまる。結局地上はほとんど見えないままだった。

 再び雲をかきわけて、今回3度目となる昆明空港に着陸。もう見慣れた長い廊下を歩いて中国へ再入国となる。乗り換えは2時間程度なので空港から出ない。とりあえず改めて医務室へ行く。中国語が通じる環境はありがたく、話がすぐ通って今度は抗生物質をもらった。設備やスタッフの対応もハノイ空港より格段によい。料金も不要である。こういう機会があると、世界中あちこちでとられる空港施設利用料というのはある種の保険であると納得する。

 ここからは来た道を戻ることになる。ぼつぼつお土産にも気を配りながら中国南方航空CZ3410便で広州へ。今度はところどころ晴れていて、地上を望むことができる。どのへんなのかはわからないが、荒涼とした台地を深くえぐっていくつもの川が流れている。ところどころに町があり、エアストリップ(滑走路一本で管制塔や空港施設などのない小規模な飛行場)もいくつかある。広州に近づくにつれて都会らしい風景が目にはいるようになる。やがて降下して、広州市街上空を旋回して着陸する。つい数日前まで洪水状態だったという市街地のまんなかを流れる大きな川に、あふれるように泥水が流れている。行きに泊まったホテルでも水が泥臭いと感じたが、おそらく水源がこの川なのだろう。

9.6. 広州民航大酒店

 滑走路のすぐ真横までアパートが建ち並ぶ夕方の広州白雲空港に着陸。空港はあいかわらず駅のような雑踏である。明日の関空便が朝早いので、今日も空港近くに泊まることにする。国内線到着ロビーにある宿泊案内所は空港会社が運営しているようであったので、ターミナルビル入り口に並んでいるホテルや旅行会社のブースよりは信頼できるかと思って相談すると、係りはこちらの要望を聞いてその場で電話し、近くのホテルを120元くらいで手配してくれた。係りの女性はターミナルビルの前まで我々をエスコートしてホテルの送迎ワゴンに乗るところまで面倒をみてくれた。このへんのサービスの良さは広州という土地ゆえであろうか。
 ワゴンでほんの2,3分、高速道路沿いに走ったところにホテルはあった。公称料金はツイン528元なので、窓口を通したことでずいぶん安くなっている。しかし部屋は広く清潔で、不安な感じもないので、528元レベルの質はあるのだろう。広州民航大酒店といい、どうも民間航空局の関連企業らしい。
 食堂に行ってみる。ほとんどの品名を4文字から5文字の熟語にした楽しいメニューがあり、おもに麺類と点心である。ただ注文の仕方がよくわからず、食堂の半分以上を使って結婚パーティーをやっていたこともあって係りがつかまらず、なかなか注文がやっかいだった。味は悪くない。
 中国最後の夜だが、もう外へでる元気はなく、久しぶりに安心して泊まれるホテルでゆっくりと眠った。明日はCZ389便でお昼には関空だ。


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