内田百閧フ同名の短編小説を元に大竹野が脚本化。作者が随筆演劇と称する通り具体的な物語は無く、 様々なエピソードを繋いで構成されている。上演時間は1時間45分。
男が一人、ちゃぶ台の前に座っている。突然屋根の上に小石が落ち、転がってゆく様な音がする。 「あの小石は何処から来て何処へ消えていくんだろう」 男 ―― ウチダが呟く。
1人なのに4人いるらしい元教え子である生徒がいつの間にかちゃぶ台を一緒に囲んでいる。先生のご機嫌伺いにやってきたらしい。
歓談の最中、闇の中から女が訪れる。生徒は居なくなっている。女は亡くなった親友、ナカサゴの後妻のフサコである 。生前に夫が貸したはずの本やレコードを返して欲しいという。ウチダが探しておくと答えると女はまた闇に去ってゆく。
ちゃぶ台の前に、生徒の一人と、初老の男とウチダが居る。 ウチダは、ナカサゴの後妻のフサコが毎夜訪れることで愚痴をこぼしている。そしてスペイン風邪で亡くなったナカサゴの先妻のフミコが、 すき焼きに入れるコンニャクを千切るのが上手であった事、最後の言葉が「ウチダさんがいらしたら冷蔵庫にちぎりコンニャクがはいっていますから」であった事を話す。 お茶を運んできたウチダの妻キナコが、それは妹コナコの遺言だと反対する。初老の男が唐突に、「命短し・・・」と歌いながら去るが、実は誰の知りあいでもなかった事に気付く。
ナカサゴが旅行鞄を持って現れる。林檎をかじっている。手に持ったもうひとつの林檎をウチダに投げて寄越す。 ナカサゴは、サラサーテの珍しいレコードを手に入れたので聞かせてやるという。チゴイネルワイゼン。 途中でサラサーテの呟きが入ったそのレコードを、ウチダは強引に借りる。 二人はいつの間にか列車に乗っている。東北を旅行している。
列車が止まるとそこは病室である。キナコの妹コナコがカリエスで入院している。ウチダの来訪を喜ぶコナコ。 キナコが、切ってきた桃を載せた皿を持って現れる。妹と二人おいしそうに食べる。
突然うどんを啜る音がする。振り返ると生徒が冷やしうどんを啜っている。晩酌を楽しむ為間食を避けるウチダを尻目に、 うまそうに食べている。悔しがったウチダは、生徒に「うどんは長い虫に似ているね」と嫌味を言ったりしている。 1人なのに4人いるらしい生徒、昔ウチダに教わったというファウストの歌(ねずみの歌)を歌う。
フミコがコンニャクを千切っている。ナカサゴはもうすぐ帰るからといって、ウチダにビールをもてなす。娘キミコが人形で遊んでいる。 やがて、ナカサゴがさっき飲み屋で知り合ったといい、テリーさんとあだ名をつけた初老の男を伴って帰ってくる。それは、あの誰の知り合いでもない初老の男である。 ナカサゴは娘の遊び相手をしながら杯を重ねる。突然の雷鳴と停電。ローソクがつくとナカサゴと男は居ない。
借財について、列車の旅について、ウチダの元生徒たちがウチダとのエピソードを語る。 生徒たち、いつの間にか車掌と運転手になり、ウチダを列車に乗せ、列車は走り出す。
昔の知り合いである金貸しのコガが幼い息子を伴って列車へ乗り込んでくる。 コガは25年前に死んだ息子とともにルソン島の夕焼けを見に行くのだという。二人が乗り換えの為降りた後、 ウチダはコガへの借金がまだ残っていた事に気付く。呼び戻そうとするウチダを車掌が押し留める。
再び闇の中からフサコが訪れる。チゴイネルワイゼンのレコードを返して欲しいという。 先妻の子キミコを連れて来ているというが、その姿は見えない。
先ほど初老の男(テリーさん?)と訪れた生徒が、ウチダにかつての差し入れの礼を述べている。片道燃料で飛んだ飛行機の上で、 奥さんの手製のおはぎの味を思い出していたという。ウチダは、彼をキィ公と呼んでいたことを思い出す。 キィ公は、「だた、先生にまた会いに来たのです」と告げ、闇に去る。
キナコ、レコードを持って入ってくる。「チゴイネルワイゼン」が見つかったという。蓄音機にレコードを乗せると、流れてくるのは「ジェンカ」。 車椅子に乗ったコナコが現れる。楽しそうにリズムを取っている。元気になったら皆で踊ろうと約束する。 コナコは「お兄さん、私が死んだら冷蔵庫にちぎりコンニャクがはいっていますから」と微笑む。
ナカサゴが弱っていく妻フミコの肩を抱き寄せ、夢の話を聞かせている。やがて、ゆっくりナカサゴの手を解いて立ち上がったフミコは 「ウチダさんがいらしたら冷蔵庫にちぎりコンニャクがはいっていますから」とだけ言い、ナカサゴを残し闇に消える。
ナカサゴの家。ナカサゴはウチダにフサコとの不仲を打ち明けている。フミコが忘れられないという。 ウチダに貸す本を探しに奥の部屋へ行ったナカサゴを追おうとするウチダの後ろからフサコが呼び止めるように、 「今朝、ナカサゴが亡くなりました」と告げる。
4人居るらしい生徒、気の抜けたシャンパンを持ってきてウチダにつぐ。口々に乾杯を叫ぶ。キナコも加わり、ささやかな酒宴が始まる。 突然、顔の大きなテリーさんとキミコが現れる。玄関から台所へ抜けて行く。ウチダ以外、2人を追って台所へ。 すると大きな顔になったナカサゴ、フサコ、フミコ、コナコが次々に現れ、ウチダを取り囲む。助けを呼ぶと、 やはり大きな顔になったキナコ、生徒が更にウチダを囲み、くすぐり始める。
小石が落ちる音が響く。屋根を見上げるウチダ。唐突に全員手を止め、静かに立ち去る。
レコードを返しに来たウチダに、フサコがナカサゴの残したビールを出す。その場でレコードを蓄音機に載せるフサコ。 チゴイネルワイゼンが流れる。サラサーテの喋る言葉を聴いたとたん、針を上げてレコードを止め、「いいえ、違います」 と叫び、キミコの名を呼びながら去った。
暗闇に一筋の明かりがともり、何処からともなくたくさんの男女が現れる。手に手に湯飲みなど持ち、一升瓶から酒を酌み交わしている。 明かりは小さな焚き火のようである。低く、静かな声で談笑している。中の一人が、小さい頃の息子と自分の話をしている。 蜂を捕まえた話である。聞き覚えのある話にウチダは耳を傾ける。語っているのは例の初老の男である。 ウチダは自分より若くして亡くなった父を見つめる。 父はウチダに「おじいさん、長生きしんしゃいよ」と声を掛け、人々と共に闇に溶け込むように消えていく。
ウチダがキナコにプロポーズしている。はにかむキナコ。一転して、老夫婦の昔を懐かしむ会話になる。当時のラブレターは 全部とってあるというキナコに、ウチダは恥ずかしいから捨てろという。キナコ、今夜の食事の買い物に出かける。 肉は嫌だ、魚にしてくれとキナコを追って去るウチダ。
チゴイネルワイゼン、ジプシームーンのメロディが流れる暗闇の中で静かにダンスが始まる。人々が、それぞれペアになり、ゆっくりと舞っている。
―― 幕 ――