春は好きだ。 
だが、この季節に煩いほど存在を誇示する桜の花びらは、正直好きになれない。 
美しいものもやがては朽ちる。 
昨日までその美しさを愛で賞賛の言葉を口々にしていた人々の靴底で、地に触れた淡い桜色の欠片は踏み躙られる。 
そんな様は、一番近くて一番遠い、かつては美しかったあの人を思い起こさせる。 
 
眼前を覆い尽くす桜吹雪は、ただ鬱陶しいだけだった。 
 
 

『桜』 
 
 

「…ぃ…いわい……」 
 
「…しの…みや…?」 
 
「どうしたんだ?恐い顔をしていたぞ?」 
 
そう言いながら、いつもは硬い表情で覆われた顔が苦笑気味に若干ほころぶ。 
この男…篠宮は、席が俺の隣という事もあって、やたらと俺に話し掛けてくるし何かにつけて世話を焼こうとしてくる。
昨日なんて、昼飯を食べていないだけで『成長期の男がダイエットとは感心しない。これを分けてやるから食え』と、至極真面目な表情で、弁当箱の蓋に整然と盛り付けられたおかずを目の前に突きつけられた。 
 


―――誰の手も要らない、誰の手も借りない。やっとここまで逃げてきたんだ。これ以上俺を煩わせるな――― 
 


そんな俺の気を知ってか知らずか…いや、多分これっぽっちも判ってないだろう篠宮は、間の悪い言葉をなおも綴る。 
 
「桜は綺麗だな」 
 
「…そうか…?」 
 
「岩井は桜は好きではないのか?」 
 
「…別に…」 
 
素っ気無い返事に篠宮は、俺に桜の美しさを語るのを諦めたのか、それとも降り頻る桜の花びらに目を奪われたのか、それ以上何も告げなかった。 
ただ、ぼんやりと篠宮と肩を並べ桜吹雪を眺めていると、桜で霞んだ風景の向こうにどの木よりも大きな桜の木が在る事に今更ながら気が付いた。 
いつからこの地に根を下ろしているのか、いや、ここは学園島だからきっと何処かから持ち込まれたものなのだろう。
その大樹はきっと何十年も、ひょっとしたら何百年も、少しずつ形を変えながら枝を広げ、再生を繰り返しながら強く在り続けている。 
 
「だが…桜の幹は…綺麗だと…思う」 
 
「幹が…か?」 
 
ふと、口にする筈ではなかった言葉が滑り落ちた。 
 
「可笑しいか…?」 
 
自嘲気味につい唇が歪む。 
 
「いや…岩井は芸術家だから俺とは違った目で桜が見えてるんだろうな」 
 

そう言って篠宮は、屈託のない笑顔で俺に笑いかける。 

その笑顔は、ただ鬱陶しいだけだった同級生の、意外にも整った顔の造作を俺に意識させた。 





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学園モノ描き(書き)さんに100のお題の第一弾でUPしていた岩篠でした。

このお話しで篠宮さんが『卓人』と呼んでいないのは、まだ入学して日が浅いからという事で。
芸術に疎い篠宮さんだからこそ、岩井には良いのかなぁとか。
綺麗なものは綺麗とすんなり受け入れてしまうそういう所が、疎ましくもあり眩しくもあり。

あ、弁当は、学食あるのでちょっと違和感??(笑)
でもまぁ、購買で弁当も売ってる…かな?そう信じたい。
篠宮お手製ならなお良し。