今年は暖冬のせいか、桜が咲くのはかなり早かった。
この調子ではきっと、週末の入学式までは持たないだろう。ココの桜はキレイなのにな、勿体無い。高い空の下の並木に掛かる、薄紅色の霞を見ながらの呟き。ああほら、早くも花弁が風に踊ってる。
その儚い様子を眺めながら、寮までの道を歩く。
3月も半ばの晴れた日。授業はもうとうに終わっていたが、帰省の間に寮の仕事を頼んでいた非常勤の講師からの申し送りを聞く為に校舎に行っていた篠宮。そして報告を聞き、相変わらず丹羽と成瀬、遠藤の門限破りは治まる気配が無いななどと思いながら歩いていた視線の先、強い風に乱れる髪を鬱陶しそうに押さえて歩く長身。

「・・・今から校舎に行くのか?」

ああ、入学式の下準備が山盛りなのでな。言いながら、抱えているファイルの束を持ち直す。だったら丹羽はどうした?入学式の準備ならば、アイツが絶対に必要だろうに。

「って、聞く迄もないか」

”丹羽”の名前を出した途端に現れた、苦虫を噛み潰したどころか丸飲みしたかの様な、苦悶の表情。ソレが無言で全てを語る。判った、ならば俺も付き合おう。サービスが良いな、どうした。ファイルを受け取ろうと伸ばして来た手を、ふっと笑う。ああ、どうやら俺が留守にしてたせいもあるらしいからな、丹羽の外出は。片手の寮日誌をひらひらさせて、苦笑。

「では、責任の一端を担って貰うとするか」



『0327』




「髪・・・」

「何だ」

桜が絡まってるぞ。そう言い、少し前を歩いていた頭に手を伸ばす。動くな、取ってやるから。弓を引く指先がふわっと膨らんでる髪を掻き分け、薄い花弁を目指して進む。本人の持つ鋭く尖った固いイメージとは違い、実際の中嶋の髪は酷く柔らかい。オマケにどちらかと言ったら細目で、腰もナイ。だから別段どうと言う訳でもナイ髪型のセットにも相当手こずるらしく、部屋に泊まった翌日など、朝早くからドライヤーと格闘する姿を篠宮も何度か見ている。

”ソレにしても、相変わらず細くて柔らかいな・・・”

今日もきっと、丁寧に整えたんだろう。でもこの風ではその努力も空しかったな。そんなコトを思いながら、くすっと零すと、

「何だ、ナニを想像している」

察しの良い切り返しが来る。へらへらせずに、さっさと手を動かせ。

「失敬だな、動かしているぞ」

ただ思ってたよりも花弁がしっかりと絡み付いてるんだ、お前の髪は猫毛だから。言いながら、細い髪を切らない様に慎重な指運び。

「後ろは終わったぞ、次は前だ」

肩を軽く押すと、一瞬そのコドモっぽい扱いに不満そうな雰囲気を乗せながらも、こちらを向く身体。風は丁度、正面から吹き付けている。だから長めの中嶋の前髪には、後ろよりも遥かに多くの花弁が絡んで潜んでいた。コレはまたスゴイな。言いながら、持ってたファイルを中嶋の手に押し付け、両手で花弁に取りかかる篠宮。その様子に、思わずため息。ったく、この世話焼きめ。俺は早く校舎に行って入学式の準備に取り掛かりたいと言うのに、完全に花に夢中になっている。そんな中嶋の視線の先、篠宮の髪に落ちた薄紅のひとひら。でもソレは真っ黒な束の上をするっと滑って、また風に乗って流れて行く。

「・・・何故だ」

「ナニ?」

何故お前の髪には、花が付かない。ソレは恐らく、髪質が違うからだろ。俺の髪は固いからな、こんな薄い花弁では、入り込むコトは出来ないのだろう。

「って、中嶋・・・?」

すうっと伸びて来た手が、篠宮の髪に触れる。ナル程その手触りは、本人が言う通りつん、としたモノ。でもソレはごわごわと言う訳ではナク、ぴんと張りのある若草みたいな感触。

「固いだろ?だからお前の方が断然に、手触りが良い」

ソレにしてもおかしな絵だな、こうやって桜の下で互いの髪を触りあうってのは。そう、自分達の今の姿を端から見た図を想像して笑う。でも目の前の顔は、渋いまま。
そして漏れる、

「・・・俺は嫌いだ、こんなオンナみたいな髪」

彼にしてはヒドクらしくナイ、幼い呟き。まあ良いじゃナイか。良くナイ!!そんな押し問答をしていたふたりの間を吹き抜ける、薫風。そして再び、

「「あっ」」

柔らかい髪に絡む、淡雪のヒトヒラ。





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タイトルの『0327』は、我が家のトイレにあるカレンダーに書かれてた『桜の日』とやらの日付けです。
何故この日が『桜の日』なのかは知りませんが(笑)
この元ネタは、ねこちゃんとのタダレメッセからです。篠宮の髪は固そうで、中嶋は柔らかそうだよねー、などと勝手な妄想を繰り広げまして。そして髪を触り合うって構図は良いねえと言うコトになり、こういうカタチになりました。
・・・しかし、ホント最近は甘々ラブラブですね。反省してます、はい。(葉月ましゃ)