元々甘いモノは好きではナイ。
ハッキリ言えば、TVCMで流れたり雑誌などに載っていたりするケーキや何やらの類いですら、俺は嫌で堪らない。
大体、あんな砂糖の入った脂肪の固まりをごてごてと飾り付けた物体の一体ドコが旨いと言うのか。
全く持って判らない、理解出来ない。目に写っただけでも、喉の奥が甘さで痒くなりそうだ。

「・・・・・・」

既に今日何度目か判らないため息と共に、生徒会室の前に置かれた小さな包みを見遣る。
確かさっき、部屋を出る時にも緑色の紙袋を片付けた筈だ。そして階下のロビーの掲示板の掲示物を取り替えて戻って来る迄の、ほんの数分間。その間にまた、小さな青い箱が引き戸の前にぽつんと置かれていた。
最早、拾い上げるのすら億劫な気分だが、いつまでもココに放置しておく訳にもイカナイ。一応食べ物なのだからやがては傷むだろうし、万が一踏んだりして靴を汚すのも嫌だし。
長い足をくっと折り畳んで、すらっとした指先でそおっと包みをつまみ上げる。
別に汚いモノではないのだけれども、甘いモノが大嫌いな彼にしてみれば触っただけでもその匂いやら味やらが、脳に身体に侵食して来そうな気分になるのだろう。だから悪気はナイのだが、まるでゴミを拾うみたいな仕草になってしまう。

「全く・・・、どいつもこいつもコムスメみたいなことを!」

コレもまた何回目かだなんて判らない程に零してる文句をぶつぶつと唱えながら、部屋の隅に置かれた段ボールに包みを落す。が、既に中身が山積みになってたせいで、青い包みはするっと山を滑り落ち、机の下へと消えてしまった。

「・・・・・・」

だんだんと箱を蹴り捨てたい気分になって来た。ソレもこれもミンナ、この赤やら青やら緑に金の、きらきらした包装紙や小箱に入った茶色い欠片のせいだ。
ココは男子校だぞ、なのに何でこんなイベントがこうも大々的に行われてるんだっ。

『愛を告白するのにうってつけのイベントなんだ、だからオトコもオンナもナイよハニー?』

コレはあの軽薄なテニス部部長のせいか、ソレとも、

『ありがとう、こう見えても僕は甘いモノが好きなんです』

日々そう公言して歩いているあの悪魔のせいだろうか。
とにかく、この2月14日と言う日は、中嶋にとっては正に拷問の様な日だった。






手の中に収まってしまいそうに小さな小箱を所在なさ気にいらいながら、廊下の隅であれこれ思案。
たまたま外出先で逢った啓太に半ば煽られる様にして買ってしまったモノだけど、普段のあの極度の甘いモノ嫌いを思うと、今更ながらどうにも渡す気にはなれない。

『コレはそんなに甘くない、洋酒の入ったシガーバーですよ』

本物の煙草みたいに一本一本も細いし、ソレに篠宮さんが渡すモノなら中嶋さん、絶対に受け取ってくれますって。
啓太はそう言っていたが、でもやはりチョコレートはチョコレートだ。アイツの嫌いな”甘いモノ”には代わりナイ。

”それにしても・・・”

目の前を小走りに走って行く、人影。そしてとある部屋の扉の前に、思い詰めた顔で小さな袋を置く。
掲げられたプレートには『生徒会室』の文字。
ふたりしか居ない生徒会だが、オープンでフランクな性格の会長は渡されるプレゼントを大らかな笑い声と共にあちこちで受け取っている。だからアレは恐らく、会長とは全く正反対の、伶俐でドライな副会長宛のモノ。
しかしコレでもう何人目だろうか、15人目までは数えていたが、もう正確な数は判らない。
性格に少々(いや大分)問題はあるが、アイツは校内外共に人気がある。成績優秀、眉目秀麗、ドコ迄も卒のナイ、学園きっての切れ者。
そんなアイツを密かに慕う人間は多いとは思っていた、だがまさかココ迄とは。
少なくとも今、アイツの手元には確実に15個のチョコレートがある筈。ソレを一体、どんな顔で見ているんだろうか。
やはり嫌いなモノなのだから厳しく渋い表情だろうか、ソレともコレは自分への賞讃と崇拝がカタチになったモノだと冷静に受け止めて、あの意地の悪い、でも整った綺麗な笑みを浮かべているだろうか(そして笑っているのだとしたら、少しばかり面白くはナイけど)

”・・・やはり止そう”

アイツのコトだ、俺がこんなモノを後生大事に持って行ったりしたら、

『コレは新手の嫌がらせか?篠宮』
だが定番で在り来たりだな、しかしお固いお前にしては随分と気の利いたネタだと、一応は褒めてやろう。
そんな嫌味をさらっと言われるのが関の山だ。
そんな時、まるで意思表示の様に手の中の包みがかさっ、と音を立てた。
大丈夫、捨てたりはしないさ。啓太が言った通りに甘くナイならば、俺が食べても良いし。
ようやく気持ちに踏ん切りを付けて、廊下の隅から歩き出す。包みはベストの脇のポケットにぐっ、と押し込む。
カタチがカタチなので不格好にポケットは膨らむけれども、今日のこの雰囲気では誰も怪しみはしないだろう。
そう思っていた、だが。
がらっと開いた引き戸の中から、ぬっと段ボール箱が姿を現す。ソレに続いたのは、鬱陶しそうにその段ボールを蹴り出す長い脚。そして最後に憂鬱そうな表情を浮かべた、メガネの似合う細面が登場。

「・・・見せ物じゃナイぞ」

不機嫌極まりないと言った声に、思わずポケットに手を当ててしまった。その不自然な行動と膨らみに、レンズの奥の剃刀みたいな双瞳が引き付けられる。

「何だ、ナニをソコに隠してる」

「い、いや気にするな。コレは自分の為に買っておいたものだし・・・」

ナニを言ってるんだ、コレじゃ墓穴も甚だしい。しかし後悔と言うモノは大概、先には立たない。
ぽろっと零してしまったヒトコトも、もうフォローが出来ない。

「ソレはもしかして、チョコレートと言うシロモノか?」

綺麗な顔に、意地の悪い笑みが走る。
判ってる、アレは明らかに俺の失言をほくそ笑み、挙げ足を取ろうと構えてる顔だ。

「き、嫌いなんだろ、甘いモノは」

ああ大嫌いだ、俺は辛党だしな。足元の箱をゆさゆさといじりながら、冷え冷えとした声。

「だがお前がわざわざ、俺の為に買って来たと言うのなら、貰ってやっても良いぞ」

「・・・このチョコは美味しそうだったから、俺が食べようと思って買ったんだ!」

我ながら苦し過ぎる言い訳だと思った。
中嶋程ではナイが、自分も普段から余り菓子などと言うモノは口にしないコトを、知り合いならば誰もが知っている。なのにどうして、コイツの挑発に乗ってこんな見え見えな理屈を吐いてしまったんだろう。言えば言う程、自滅している様な気がしないでもナイが、だからと言って黙っているのも何だか屈してしまっているみたいで、気分が悪い。

「だから甘いものが苦手なお前が無理に食べなくても・・・」

ソコまで言って、はっとする。ああそうだ、七条が甘いものが好きだったな。

「では七条に差し入れしてやるか」

”・・・この天然め!”

出て来た名前に、ひくっと眉が上がる。
俺の目の前でヤツの名を出すなど、一体どういう思考と発想なんだ。しかも俺の為にわざわざ買って来ただろうチョコレートを、
甘党のあんな鉛舌にくれてやろうだなどと。
だが当の本人は、名案に御満悦な表情。
だから思わず、

「よこせっ」

箱を脇に蹴り飛ばし、さっと手を篠宮のベストのポケットに伸ばす。そして引っ張り出した小さな箱の包みを手荒に破り捨て、中身のシガーバーをがりっとかじる。

「お・・おい!!チョコも甘いものが好きな奴に食われたほうが本望だぞ!!」



ナニもそんな当てつけみたいに食わなくてもっ。
あっと言う間に1本目をかじり終え、2本目を口に運ぼうとした手に手を伸ばす。
うるさい、文句があるのか。ソレをさっと交わし、逃げるみたいにバーをかじりながら室内に足を運ぶ。
辺りに漂い出す、柔らかい洋酒と香辛料みたいな匂いと、カカオの香り。
やがて2本目もあっさりと消化、そして3本目をくわえたトコロで、中嶋に勢いと我慢の限界が訪れた。

「・・・甘い」

「まて!!おい!!だから無理をするな!!」

しかし結局、5本全てを食べ終える。
確かにこれは啓太が店員に聞いて、わざわざ選び出してくれた『甘さ控えめ』なシガーバー。でもそれを甘いと思うということは、明らかに中嶋の舌には甘いものは向かないというコトだ。なのにそんな勢いで5本全部を一気にかじったりしたら、

「篠宮、気分が悪い・・・」

待っていたのは、案の定な結果。細い眉根をくっと寄せて、口元を押さえてその場に崩れ落ちる。

「お・・おい!大丈夫か??」

「お前のせいだ、介抱しろ」

「・・って、なんだと??俺の所為??大体お前が無理して甘いモノを・・・」

言いかけて、ふと思い出す。


”篠宮さんが渡すモノなら中嶋さん、絶対に受け取ってくれますって”


くすっと、笑いが漏れてしまった。
何だ、ナニがおかしい。いや、何でもナイ。
しゃがみ込んだ身体を抱き起こして、来客用のソファに乗せる。

「そうか、俺のせいか・・・」

寄り掛かって来た頭を、さり気なく肩で支えてやる。
こんなになる程に嫌いなチョコレートなのに、自分が持って来たからと言ってあの勢いでかじったお前。
いつもは煙草の匂いと愛用してるフレグランスの匂いがする身体、でも今はその容姿や内面には酷くそぐわない、甘いチョコレートの匂いが纏わり付いている。ソレがなんだかおかしくて、くすぐったくて。だから凭れ掛かっている頭の、意外にも細くて柔らかい髪を何度も梳いてやる。
全く、だから俺はバレンタインなんてモノは大嫌いなんだ。わかった判った。あんな菓子会社の陰謀に踊らされるなど、実に下らない。そうだな。
来年には校内にチョコレートの持ち込みを禁止する校則を、絶対に作ってやる、寮も同じだ。そんなコトをしたら『副会長の職権乱用、越権行為だ』と、七条あたりがごねるぞ?知るか、そんなコトっ。

「とにかく横になって休め、珈琲でも煎れてやるから」

お前の好きな、濃くて苦いブラックを。そう言って離れかけた身体と、ソレを引き止める手。

「良い、このままで」

動くと気持ち悪いし、ナニも飲み食いしたくナイ。だからこのままで良い、動くな。
言うだけ言って、さっさと目を閉じてしまう横顔。その顔の、薄くてカタチの良い唇の端に付いていた茶色の欠片。ソレをそっと指で拭い、

「・・・判った」

その指をちりっと舐め、そして同じ様に目を閉じる。口の中に薄く広がる、ほろ苦いビター。
でも何だかソレすら酷く甘く感じられると、そう思ったヒトトキ。



『MY FUNNY VALENTINE』





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