--- Scene 3


『良かっ、た?』

まあ聞くまでもナイけどね、こんなに出たし。でも気持ち良かったんなら良かった、俺も嬉しい。そんな言葉と共に、僕が放った澱にてらりと濡れた掌をぺろりと舐めつつ、導かれた一度目の絶頂の余韻に完全に脱力し荒い息を零す僕の頬に唇にとキスを繰り返す、顔。その優しいタッチに、うっとりと閉じる両の瞼。覆い被さる背に回す腕、絡める脚。こんな自分の姿は、本音を言えばイヤだった。でも元々興味が薄いのか、ソレとも生来の潔癖性が災いしてか、この歳になるまで僕はロクに異性と関係、つまりはセックスをしたコトがなかった。振り返ってみるとソレは、片手でも足りそうな程に少ない『彼女』の数よりも、更に少なかったりして。そして奇しくも、そんな僕の身体に乗り上げて来たのは昔からその手の噂が絶えたコトはナイと評判だった、彼。僕に勝ち目は、ハナからなかった。しかも彼の巧みな愛撫や甘い囁き、慣れた指先は表面的な快感だけでなく、更に僕の心の奥の方から『良いじゃナイか、細かいコトなんかどうでも良い。相手が誰だろうと、気持ち良いならソレで良いじゃナイか』などと言う、不埒な気持ちまでもを引き摺り出して来て。そうやって、ズルズルと繰り返されたセックス漬けの日々。気付いた時にはもう、身体が懐いていた。心や頭で『好き』とか『嫌い』とかって思う前に、身体が彼を深く愛し絶え間無く求め続けるようになっていた。そう、彼からの柔らかいキスと丁寧な施しを受けながら、快楽に溶けきっている意識の片隅で、ぼおっと思う僕。そんな僕に、彼は『んじゃあ今日は、ちょっと面白いコトをしようか』と、まるで何かのイタズラでも仕掛けようとしている子供の様な声で囁きながら、僕の腰の辺りを抱き上げ顔を近付けて来て。その動きから、ああ次は口と舌とで愛されるんだと虚ろな意識ながらも察した僕。案の定、何れ訪れるだろう圧倒的な質量を持つモノが送り込んで来る甘い刺激を待ちわびて小さな収縮を繰り返す、もうすっかりと味を占めてしまっている箇所に先ずはと差し込まれた束ねた数本の指。次いで感じたのは、その指の動きをフォローする舌先の、濡れた質感。ソレらが大分慣れたとは言え最初はまだまだ狭くて固いと彼が言う僕の入り口の襞を、ゆっくり柔らかく解して行く。その甘い疼きみたいな刺激と、皮膚をくすぐる吐息と彼の前髪の感触。聞こえるぺしゃぺしゃと言う淫らな水音とに、上ずった声を引っ切り無しに上げ女性の様に喘ぐ僕。すると、そんな僕の反応に気を良くしたのだろうか。更に濃厚に大袈裟に動く、彼の指と舌。関節が目立つしっかりした指でナカのあちこちを擦っては広げると言う動きを繰り返し、出来た隙間に尖らせた舌先を押し込む。その一連の動きによって送り込まれるみっちりとした密度の濃い刺激に、益々乱れ大きくなる僕の嬌声。ソレに煽られ、更にボルテージを上げて行く彼。そうして、ドレくらいの時間が経っただろうか。何時にない、しつこいくらいに濃厚な指と舌とでの前戯に最早、息を吐いても痛い程に喉を枯らせてしまった上に、待ち構えていた彼の口の中にあっさりと二度目の放出までしてしまった僕。そんな僕の口の中に、彼がぽいと落として来たのはオレンジ色の小さなゼリービーンズ。そして快感と羞恥に朦朧としている僕の瞳を覗き込みながら『大丈夫?コレでも舐めて、少し落ち着いて』と囁き、そして。

『・・・動かないでね』

まあ食べ物だから特に害とかはナイとは思うけど、でもコレってば結構固いから。そう言って、僕が再び零した雫と彼の唾液とにぐっしょり濡れた手にざらりと開ける、色とりどりのゼリービーンズ。次いでソレ全てをまだ白い澱が糸を引く口の中へとざっと放り込み、ざりざりと音を立てて舐め始める顔。その様子に思わず、かしりと口の中のゼリービーンズを咬みながら眉を顰めた僕。そんな僕に向かい、ふっと不敵な笑いを零した後、するりと再びその鮮やかなオレンジ色の髪が乗った頭を僕の腰の辺りへと静めて来た彼。その動きを、今の行為の再会だと受け止めた僕。だからこくりと、既に噛み砕いていたゼリービーンズを欠片を飲み込みながら目を閉じた。しかし次の瞬間、

『あっ、なっ・・・にっ!?』

彼の指先と舌によって溶かされた箇所に感じた、細くて固いモノの感触に思わず、ばっと開いた両の瞳。次いで反射的に起こし、状況を確認しようとした半身。そんな僕の目に入ったのはコトもあろうに、口で転がされ半ば溶け掛かって来ていたゼリービーンズ達を舌先で次々と、僕のナカへと押し込もうとしている彼の姿。その、余りに想像を絶していた状況と途端に強くリアルに感じた、固くて小さな複数のゴロゴロとしたモノによる異物感とに、思わず引き攣った悲鳴を上げて覆い被さる彼を剥がそうとした僕。でも身長こそは未だに僕の方が上だが、地力では完全に僕に勝る上に察しが良くてアタマも切れる彼には僕の抵抗も反応も、何もかもが全てが既にお見通しだったらしい。故にさっと払われた抗いの手、次いで強い力でどんと突き飛ばされシーツに倒される上半身。素早く抱えられ、二つ折りにする様なカタチに身体を持ち上げられ、両脚を肩へと担がれ固定された、下半身。そして再び再会される、甘い異物を挿入する動き。
ナニが起こっているのか、理解なんか出来なかった。いや、正直を言えば『異物を挿れられるコト』自体には、幾度か経験があった。でもソレは所謂『玩具』と言うヤツで、一応はそういう目的で作られているモノ。しかしコレは違う、明らかにこんなトコロに入れる、いや挿れてい良いモノではナイ。でも当の本人はと言えば、そんな僕の混乱や戸惑い、羞恥の気持ちなんか全く気にも掛けないと言った雰囲気で淡々と、先ずは口に含んでいた分を、ソレが終れば脇に投げてあったパッケージから新しい分を取り僕のナカへと、しかも舐めて湿らせるコトもせずにそのまま、ざりざりと押し込んで来る始末。しかもドコか、楽しそうな表情で。勿論、僕だってされるがままになっていた訳ではナイ。再び振り上げた腕で僕を押え込む彼の腕を何度も叩いて攻撃したし、抱えられた脚だってがむしゃらに振り回しナンとか解こうとした。執拗な愛撫で緩められた箇所にも精一杯のチカラを込め、押し込まれる砂糖菓子を拒もうとした。しかし、そうやって振り上げられた手はあっさりと捕らえられた挙げ句、傍らにあったタオルで縛り上げられてしまった。脚も同じ様に、途中まで下げ下ろされていた部屋着のパンツを絡められ、動きを封じられた。そして最後の抵抗と言わんばかりに締めた下腹はと言えば、

『う・・・っ、くっ・・・』

皮肉なコトに、そうやって力んだコトにより僕の内部はより一層、挿れられた粒のカタチとぎちぎちと押し込まれる動きを、リアルに生々しく感じ取ってしまって。そして結局、身体の内側を伝わったナンとも言えない粒達の感触に耐え切れず、緩めてしまったチカラと抵抗。そして当然、そんな僕のジレンマを見逃しはしない彼はきっちり上手にその瞬間を見計らい、手にした粒を押し込んで来る。そうして、ドレくらいの時間が経っただろうか。

『い、やだ・・・、お願いだからもうっ、キヨ・・・っ』
『へえ・・・、案外イッパイ入るんだね』

もうすぐ空くよ、一袋。狭い狭いって思ってたけど、でも俺のアレがすっぽり根元まで挿いるんだもんね、ココ。だから当然って言えば当然か、コレくらい。
そんな囁きと共に、笑顔でぐしゃりと握り潰して丸める、青いロゴのパッケージ。次いでソレをぽいと放り投げた後、横たわる僕の視界にわざわざ入る様な位置に身体を出して手にしていた恐らく最後の一粒と思われる鮮やかなネオングリーンのゼリービーンズに、ちりっと言う音も高らかに送るキス。そしてソレを前歯で挟み、詰め込まれた粒のせいでじわじわと込み上げて来るナンとも言えない圧迫感に最早、ナンの抗いの動きも出来ずにただただ細かい震えと冷や汗とを零しているだけの僕のナカへとゆっくりと押し込んで来る、彼。瞬間、確かに聞こえた固い砂糖の固まり同士が擦れ合って動くじゃりじゃりと言う音。その余りの音色と感触の悪さに、全身をぞくりと走った正にトドメの様な凄まじいまでの悪寒。喉元を駆け上がって来た嘔吐感、拳で殴られたみたいな顳?(こめかみ)の鈍痛。そして信じたくも認めたくもナイけれども、でもソレらの最悪な感覚達の中に確かにあった、微かな快感。そんな、正に相反する衝動に引き裂かれそうになる、心と身体。しかしやっぱり、そんな僕とは対照的に彼の表情に行動に、然したる変化は見られない。いやソレどころか、押し込んで見たもののサスガにもう無理だったのか、完全には僕のナカに入り切れずに少し端を覗かせている最後の一粒にそおっと鼻先を近付け、まるで犬の様にくんくんと短い息を付きつつ舌を使い、

『はは、良い匂い・・・』

ナカの熱で溶けて来たのかな?すっごい甘い匂いがする。味もナンか、普通のよりも全然甘い様な気がするなどと、うっとりとした声で満足そうに囁く始末。
でもこちらはもう、精神的にも肉体的にも完全に限界を越えていた。だから悲鳴みたいな声で拒絶を叫び、覆い被さる彼の顔を踵で蹴り飛ばしてそして、僕は彼の元から飛び出した。だってそうだろう、あそこまでのコトをされたんだ。どう考えたって、正しいのは僕の方。僕の行動と反応に、間違いはドコにもナイ。でもそのクセ、部屋を出てから今の今まで結局、考えていたのは思い出していたのは彼のコト。そのジレンマに俯いて顰める眉、吐き出す重たい吐息。そして、そんな僕の胸の奥で響く、低い囁き。どうした、しっかりしろ。今度こそ、今度こそってずっと思ってたんじゃナイか。しかもどう言う訳か、今まで少
しでも離れようとする素振りを見せれば僕の脚を折らんばかりのコトを言っていた彼なのに、今日に限って追って来ようともしなかった。だったらコレは、彼から離れる恰好の好機。そして今を逃せばきっと一生、僕は彼から逃れられなくなる。ならば僕が取るべき行動は、たったヒトツ。そう胸で呟きつつ、音がしそうな程に震える右手で握り締めるのは例のゼリービーンズ。その時、

”っつ・・・?”

僕の背筋を、ぞくりと不意に駆け上がった重たい震え。同時に腰の辺りを襲ったのは、鈍い疼き。そのじりっとした感覚に思わず、握り締めていたゼリービーンズをかつんと足元に落としつつ、さっと手を添える下腹の脚の付け根の辺り。はっと吐き出す、短い息。ナンだコレ、腹痛?いや違う、ココは胃や腸じゃナイ。だったら、ドコが。そう、痛みに痺れる思考を必死で巡らせていた僕の脳裏を、さっと走ったある想像。ソレを裏付ける様に、伏せた視界に入った鮮やかなオレンジ色の一粒。そんな、まさかそんなコトはあり得ない。部屋を飛び出した直後に駆け込んだ近くの駅ビルのトイレで、掻き出された粒が陶器の便器に落ちて立てる硬質な音に身の毛をよだてながらも、後始末はしたんだ。情けなくて恥ずかしくて堪らなかったけれどもでも、ソレでもちゃんと自分で指を挿れ、刺激に震える内壁の奥の奥まで確認したんだ。なのにどうして、まだ残っていたとでも言うのか。そう思った瞬間、更にじくりと痛みが深くなった気がする下腹。同時に込み上げて来る、喉を焼く様な酷い吐き気。ソレらを必死で押え込みつつ、

”・・・帰ろう”

とにかく帰ろう、こんなトコロでまさかのコト、そうまだ中にあるかも知れないアレが、余計なコトを起こす前に早く。そう、益々ヒドくなって来た様な気がする下腹の痛みを、唇を咬むコトで堪えつつ震えを纏った手で棚に戻して行くカゴの中身。でも。


??? 帰るって、ドコに?


脳裏に走った現実に、ぎくりと揺れて固まる手。がん、と殴られたかの様な痛みが走った、全身。そうだ、部屋を飛び出し友人の元へと転がり込んだは良いけれど、でも今の僕はその友人の前で着替えヒトツも出来ない身体。こんな姿、とてもじゃナイけれども見せられない。身体中に散らばる、余りにも繰り返し付けられたせいで既に痣と化している無数のキスマーク。腕や脚に醜く残る、新旧取り混ぜられた束縛の跡。そして未だ、身体の中に埋め込まれているかも知れない幾つかのあの砂糖菓子。そのコトを、友人に知られたらどうなるか。友人が知ったら、どう思うか。

”いや、そんなコト考える迄もナイ・・・っ”

そう、背筋をじりじりと上って来る悪寒と益々ヒドくなる下腹の痛みとに眉を顰め、胸に吐き出すヒトコト。そんなコト、改めて考える迄もナイ。恐らくきっと、大騒ぎになるに決まっている。コレは一体どういうコトだ、誰にやられた、どういう経緯で付いたとアレコレ聞かれるに決まっている。だってこんな姿、どう考えたって尋常じゃナイ。でも、だからと言っても僕はナニも言えない。いや、言える訳がナイ。確かにコレは、誰がどう見たって『暴力』の跡、ソレもかなり激しく根深いモノ。しかし全てが全て、そうだとは言い切れない。何故ならば、この跡の中には決して自ら進んで望んだり求めたりした訳ではナイけれども、でも確かに僕が『同意』をした上で彼が付けたモノもあるのだから。そう脳裏で零しつつ、借りたコートの袖の上から擦る手首。ソコにあるのは、今しがた彼にタオルで無理矢理に戒められたせいで付いた真新しい赤い痕。でもその下にある薄茶色に残る細い痕は過日、どうしてもと強請る彼に渋々折れるカタチで僕が付けるコトを赦した、オモチャの手錠が刻んだ痕。この違いを、どう説明すれば良い。こっちは合意で、こっちは強制だなんて線引きが、友人や世間にすんなり理解して貰えるとでも。そんな時、不意に震えたポケットの携帯。取り出して見ると、背面の液晶に光っていたのは『新着メールあり』の文字。でもさっきの友人にはまだ、僕のアドレスは教えていない。いやソレ以前に元々、常に彼の手によって頻繁に変えられている僕のアドレスを知っている人間は、殆ど居ない。だとしたら、送信相手はたったヒトリ。そんなコトを考えつつ、ぱちりと開く携帯。案の定、ソコにあったのは彼の名前。そして『ごめん』と言う、カタカナへの変換すらされていないたった3文字の、本文をタイトルにした短いメール。その3文字に、ぎゅうっと竦んだ胸の内。しかしその一方で、頭の中に再び響き渡った低い声。引っ掛かるな、こんなの彼のいつもの手口、常套手段だ。そうやって何回騙された、何回ヒドい目に合わされた。どうせまた口先だけ、帰ったその場は泣いて謝るだろうけど、でも日にちが経ったら絶対に全てをキレイさっぱり忘れて、理不尽な執心と暴力とを振るうに決まっている。今までだってそうだったじゃないか、忘れたのか?と、繰り返し僕の背中を心を、厳しく激しく叱咤する。その言い分は、尤もだと思った。でも、同時に僕の記憶の片隅に浮かんだのは初めて僕を抱いた時に見せた、彼の切なく苦し気な顔。あの時も『ゴメン』と、彼は言った。ゴメン、でも好きなんだ。だから判って、お願いだから俺を赦してと、激しい痛みと心の動揺で涙すら流せずに固まっていた僕の頬に、ぽたぽたと大粒の涙を零しつつ、喉から絞り出す様な声で言った。そして僕は、あの時の彼の顔を未だにどうしても忘れられない。あの時、彼が零した『ゴメン』のヒトコトを音色を、僕はどうしても消し去るコトが出来ない。だから僕は、僕は。

--- Scene 4



「・・・どうしたの、出てったんじゃあなかったの?」

聞こえて来たカサカサと言うポリ袋の音と、聞き覚えのある足音に抱えた膝に落としていた頭を上げると、ソコにいたのは洗いざらしの髪にトレーナーとジーンズ、爪先にはサンダルを履いた見慣れた姿。でも、ナンて言葉を掛けたら良いか判らない僕は、ただただ黙って再び視線を落とすだけ。そんな僕に返る、鮮やかな紫色に腫れ上がった頤を擦りつつでの、低い声でのヒトコト二言。ねえ、なんでこんなトコロにいるの。つか、まさか戻って来たの?アレだけのコト言ったクセに。俺のコト、散々にこき下ろしたのに。僕の心にグサグサと突き刺さる、彼からの冷ややかな言葉。しかしやっぱり、何も言えない僕はただ、じいっと冷たい外廊下の床を見つめるだけ。彼もナニも言わず、立ったままで指に挟んでいた煙草を吹かすばかり。そんな僕らの間に漂う、重たい沈黙。そうやって、ドレくらいの時間が経っただろう。

「・・・ゴメン、さっきは少しやり過ぎた」

がちゃん、と言う大きな音に引かれて視線を走らせると、ソコにあったのは固いコンクリートの床に落ちて中身をまき散らす、僕の為に買って来たのだろうか、僕は好きだけれども彼は甘すぎると言って決して飲まない幾本もの瓶入りのアルコール飲料と、ソレが作った鮮やかな色の水たまりに落ちて、じゅっと鈍い音を立てた紙巻き。次いで座る僕の身体にふわりと覆い被さって来る、熱い身体。耳元で囁かれる、掠れて震えた声でのあの言葉。ゴメン、本当にゴメン。あんなコト、もう絶対にしないから。ホントにホント、絶対しないから。そして。

「帰って来てくれてありがとう、本当にありがとう・・・」

さっきはカッコ付けてあんな科白を言ったけど、でも内心じゃあメチャクチャ、ソレこそ気が狂う程に後悔した。ナンてコトをしたんだろう、バカをやるにも程があるって自分を詰りまくった。言いながら、痛いくらいのチカラで僕を抱き締める変わらない煙の匂いがする強い腕。零される、彼らしい飾りも何もナイ正直な謝罪。だから謝ろうと思って、何度も何度も携帯を持ったんだけど。でも俺、君にナンて言ったら良いかちっとも判らなくて。だったらメールって思ったんだけど、だけどもソレこそ全然、良い言葉とか文とか浮かばなくてっ。でも謝らなきゃ、早く謝らなきゃって思ってあのメールをした。君が読んでくれるかは判らないけど、でもとにかくってメールしたんだ。そしてまた、僕をキツく抱き締める彼。その時、僕の頬にぽつりと落ちた冷たい雫。その感触に視線を上げると、ソコにあったのはまるで叱られた幼い子供の様な表情で涙を落としている、彼の顔。その様子に、

”・・・もう一度”

彼のこの涙と言葉を、もう一度だけ信じてみよう。確かに、彼はとても器用な人だけれども。でも偽りの心でこんな号泣が出来る程、心が歪んでいるヒトじゃない。だから信じてみよう、もう一度だけと胸で呟き身を委ねる、しっかりした胸板。そっと手を添える、滴る涙に濡れる頬。そんな僕に三たび掛けられる、あの言葉。ソレを鼓膜の奥で受け止めながら、流した涙で少し塩辛い味をした唇でのキスを交わしつつ、ゆっくりと閉じる瞳。

「ゴメン・・・」


--- After that.

ぐっすりと眠る君の傍ら、脱ぎ捨てた服の中から聞こえて来た小さな着信音。その音に目を覚まし、騒ぐ携帯を手に取ると背面の小さな液晶にあったのは俺の知らない番号。なので無言で携帯を開いた後、

『・・・もしもし?何だよ、お前いまドコにいんだよっ』

聞こえて来たオトコの声はさらりと無視でばきりと捻る様にして折り曲げ壊す、君の携帯。次いでもう何の役にも立たないゴミとなったソレををぽいと部屋の隅へと放り投げ、さっきまでの濃厚なセックスの余韻に完全に脱力し切っている、俺が刻んだ赤い痕だらけの背をじいっと見つめ、嫉妬の音色を隠そうともせずに零す言葉。

「何だよ、あんな少しの間だってのにもう別のオトコを引っ掛けて来た訳・・・?」

そんな呟きと共に手に取る、帰って来た君が羽織っていたベージュのコート。その、俺のモノでも君のモノでも無いコートを手に、のろのろとした足取りで向かうベランダ。ソレから、眠る君を起こさない様に身体の幅だけ窓を開けて外へと出て、吹き付ける夜の北風を全身に浴びつつベランダの手すりにばさりと掛けたコートの前に翳すのは、ジーンズのポケットから取り出し開いた、薄い刃を持つバタフライナイフ。そしてコートの端を片手でしっかりと握り締めた後、その切っ先を何度も何度も勢い良くコートに突き立てつつ吐き捨てる科白。何だよ、ナンだよナンだよっ。一体今まで、ドコに行ってたんだよっ。こんなコート、一体誰に借りたんだよっ。こんなコトをするから、だから俺は信用出来ないんだ、君のコトが。だから俺は確かめたくなるんだ、君の心をっ。なのに君は俺を責める、自分のこんな行動は棚上げで、俺ばっかりを責め立てる。俺の気持ちなんか全く理解しようとしないで、四角張ったおキレイな建前ばかりを振り回す。だから俺は、こんなになるんだ。そう、幾らでも胸に吹き上がって来る暗くて重たい熱を持った想いの侭に、幾度も幾度も振り下ろすナイフ。そのてらりと鋭く輝く刃先に、音も高らかに穴だらけにされて行く淡い茶色の布地。でもまだまだ、俺の気持ちは収まらない。だから改めてナイフをしっかりと握り直し、今度は立てた刃を上から下へと一気に引き下ろして裂いて行く、コート。そうやって、一頻りナイフを振り回すコト暫し。傍の道を通り掛ったクルマが鳴らしたクラクションに、はっと我に返った乱れた心。そんな俺の視線の先にあったのは、最早見る影もなく完全に切り裂かれ、タダのボロ布と化していたベージュのコート。その様子に、ははっと零す乾いた笑み。かつんと手から落とす、余りに勢い良く振り回してた為にドコかにぶつけたか何かしたのだろうか、刃先の尖りが欠けて無くなっていた、バタフライ。ソレらを冷えた視線で見つめつつ、吐き出す重たい呟き。

「・・・赦せない」

戻って来てくれたコトには、心の底から感謝するけど赦せない。俺が悪いってのも、充分すぎるくらいに判ってはいるけれど、でも。言いながら、ベランダの手すりと床との隙間から下へと蹴り出す、コートの残骸とナイフ。そして強い風に流され、枯葉の様に舞いながら散らばる布切れ達ときらりと鈍い残光を放って落ちて行くナイフの姿を横目で見送りつつ、ばん、とコンクリートの外壁にチカラ任せに拳を叩き付け零す私語(さざめ)き。だけどもやっぱり赦せない、ヒトリで逃げるんじゃなく、他のオトコの元へと走った君を、俺はどうしても赦せない。逃げるなら、ドレだけ寒くてもヒトリで逃げて欲しかった。誰かのコートなんか、着ないで欲しかった。そうすれば俺も、いなくなった君のコトをすんなりと諦められた。そして戻って来てくれた君には今度こそ、真綿で包む様な優しさだけを与えて尽くすと誓えたのに。やがて、ナイフが地面に落ちたのだろう、聞こえた『かしゃん』と言う高い音。ソレを耳に収めた後、ボロボロに裂けた右手から流れる血を拭いもせずに取って戻る、室内。そして変わらない穏やかに眠る君の傍らに膝を付き、瞼に頬にと湿った色合いを浮かべ口元には俺の名残を貼付けている寝顔にそおっと、その血塗れの手を添え上向かせ、そのせいで薄く開いたカタチの良い唇の中に押し込むのはさっき散々に君を上から下から貪って落ち着いていた筈なのに、今の電話のせいで再びじくりとした憤りと熱とチカラとを滲ませ始めた俺自身。その感触と口の中を目一杯塞がれたせいで起きた息苦しさ、血の匂いとにくっ、と小さく咽せた後ですうっと薄い瞼を開きそして自分の顔の上に腰を乗り上げていると言う俺の体勢から、自分にされている行為を素早く察し、でもだからと言ってもどうしたら良いかが判らない故に、差し込まれた俺を銜え込んだまま怯えた目で表情でこちらを見つめる、君。その濡れた瞳に向かい吐き付ける、鈍い艶を持った囁き。どうしたの、別に驚くコトじゃあナイでしょ?いつもやってるんだし。言葉に、さっと横に滑った視線。再び小さく詰まった息、ひくりと震えて奥へと逃げようとした、膨らみをそっと銜え込んでいる唇と同じ様に薄くて少し幅の狭い、君の舌。そんな感触に想像通りの反応に、ぞくりと震える下肢。じゅんと滲む、苦い雫。その味を感じ取ったのだろうか、くんと顰められたカタチの良い両の眉根。潤んだ瞳に浮かんだ切ない色、ツンとした鼻から洩れた苦しそうな吐息。ソレらをじいっと、伏せた視線で見つめつつ音色はドコまでも穏やかに、でも温度だけは冷ややかに囁く科白。

「・・・ねえ、聞きたいコトがあるんだけど」



---- そしてまた、相変わらずな日々を繰り返す俺達、僕達。



『R-18 -DV-』





はい、結局やってしまいました。ダメなコCP(笑) 嫉妬深くて独占欲が強くて性癖が悪い兎に角ダメな千石と、そんな千石に良い様に貪られてると見せかけて、でも実際は自ら進んでヤツの足元に縋ってしまっていると言う、更にダメな梶本。典型的なDV夫と、バタードワイフってーヤツですね。
ちなみにタイトルの『DV』は『Domestic Violence(家庭内暴力)』ではなく『Drastic Vicious(徹底的堕落)』と言う意味です。色んな意味で徹底的に堕落して退廃している、そんなカンジで。
ソレでは最後に、久し振りに真面目に取り組んだ千梶がこんな内容で良いんだろうか?と書きながらちょっと悩んでしまったコトと、ただでさえ余り好きではないゼリービーンズがコレで更に嫌いになったコトを付け加えて、このネタはエンドとさせて頂きます(笑)