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「いらっしゃいませ、篠宮さん」
七条が穏やかな笑顔で篠宮を会計室内へと招き入れる。
この笑顔が、ある特定の人物にだけ向けられる柔らかな温度を秘めた笑顔だという事には、当の本人はきっと気が付いていなだろう。
「今日は七条一人か?」
篠宮は、室内に招きいれられ一通り中を見渡し、常なら居る筈の会計室の主の姿が見えないことに気がついた。
「ええ、郁は探している本があるとのことで、つい先程図書室に行きましたよ」
「そうか、二人一緒でないのは珍しいと思ってな。今日は部の予算表を提出に来た。目を通してみてくれ」
そう言うと、篠宮は書類の入ったクリアファイルを七条に手渡す。
七条は几帳面に書類の収められたそれを受け取ると、素早く記入事項に目を通した。
整然と並ぶ、きっちりとした輪郭を浮かばせる文字。それは、その文字を書き記した人物そのものを表すかのようだ。
「抜けてる箇所はありませんよ、完璧です。お疲れ様でした」
書類を片手に七条はニッコリと微笑む。それにつられて篠宮の顔も自然と綻ぶ。
「そうか。では、よろしく頼む」
そう言って踵を返しドアノブに手をかけたその時、
「篠宮さん」
「何だ?七条」
篠宮は己を呼び止める声を受け、ドアノブから手を離し七条のほうへと向き直った。
「少し…お時間ありませんか?」
篠宮の答えを伺うように問いかけながら、手にしていた書類を机に置き、七条は椅子から立ち上がる。
「ああ、特に用事は無いが…」
言いながら、すっと薄いラインを描く顎に手をやり、今日の予定を逡巡した後、ふむと頷く。
そんな何気ない仕草にも篠宮の生真面目さが物語られている気がして、それを見る七条の顔は自然と綻ぶ。
「良かった、丁度休憩をしようと思っていたんです。一緒にお茶にお付き合いしていただけませんか?一人で飲むお茶は味気ないですし」
「そうだな…俺でよければ、喜んで」
「ふふ…ありがとうございます。そう言って貰えると嬉しいです。ですが、今日は緑茶を切らしてしまっていて…紅茶でもよろしいでしょうか?」
「ああ、勿論だ、ありがとう。七条の淹れる紅茶は美味いしな」
「嬉しい事を仰ってくださいますね、篠宮さんは。では、出来上がるまでこちらをどうぞ」
篠宮が何だと問う間も無く、七条が戸棚から取り出したものは、バスケットに所狭しと詰め込まれた、色とりどりの輸入菓子。
カラフルなパッケージは、ともすれば毒々しささえ感じる。
「ゼリービーンズにグミにマシュマロにマーブルチョコにクッキー。どれも僕のお気に入りばかりなんですよ。こういったお菓子はお嫌いですか?」
色々と生活習慣には口うるさい寮長の事。こんな化学物質の塊のような毒々しさを纏った菓子類を目にすると、一つや二つお小言が飛んでくるかもしれない…。
そう思っていた七条の期待のような思惑は、篠宮の案外と可愛らしい意外な言動にあっけなく砕かれた。
「いや…色の付いた菓子は、子供の頃あまり食べさせてもらえなくてな。…実は少し憧れていた」
篠宮は気恥ずかしそうに小さく肩をすくめ、目の前の菓子の袋を一つ手に取り裏や表に返し眺めはじめた。いつもの毅然とした印象の目元は、そのなりを潜め、柔和な弧を描き出している。
「では、色々と食べ比べてみるのも面白いですよ」
言いながら七条は、クマの形をしたグミに手を伸ばし手元の鋏で開封すると、白磁の皿にざっと中身を流す。ゼリービーンズやマーブルチョコも同様に、篠宮が到底食べきれない量が、皿の上品さに似合わぬ威圧感を持って盛り付けられた。
普段は大人びて見えるかの人の、意外と子供っぽい一面に遭遇し、浮かれていたのかもしれない。
「…これはいくらなんでも開けすぎだぞ…」
「篠宮さんが可愛い事を仰るから嬉しくなったんです」
七条の心底嬉しそうな何も繕わない笑顔に、篠宮も自然と気持ちが和らぐ。
「しかし…綺麗だな。これが食べ物だというんだから不思議だ」
「ええ。ただの砂糖と香料と着色料の塊なのに、綺麗な色と形というだけで、随分と好奇心をそそってくれます」
グリーンのゼリービーンズを手で転がしながら、七条は己の言葉に、かつてのクラスメイト達の己を見る奇異の眼差しを思い起こした。
幼さゆえの未熟さと純粋さは、時に人を愚かな行為へと走らせる。
そんな事今では判っているつもりなのに…
何故か苦い、甘いはずのゼリービーンズを奥歯でギリッと噛み砕く。
「だが、その色や形や甘さ…どれかが欠けたら、きっとここまで惹かれないだろう?」
窓から射す光を背にした篠宮の指先に、一つ摘み上げられたスカイブルーのゼリービーンズは、まるで七条の想いを掬い上げたかのように篠宮の身体に甘く溶かされた。
舌に残るゼリービーンズの残骸は、ようやく七条の感覚を甘く刺激した。
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色とりどりのお菓子を目の前にはしゃぐ篠宮を書いてみたかったのです。
そして、そんな姿が七条さんを無意識に癒しちゃったりしたら嬉しいなぁとか、
妄想しつつ。
七篠は、甘いのも、キリキリ切ないのとか危なっかしいのとかも良いですよね。
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