そういえば、まだオレがあの女の元で過ごしていた頃、あの女が珍しくオレに向かって「出かけましょう、見せたい場所があるの」と聞き慣れぬ言葉を投げかけてきた。

 あの女が見せたいとオレを引き連れて来た場所は、これまたあの女にしては珍しい、陽の沈み行く凪いだ海を臨む丘だった。

 鏡面を覗き込んだかのように大きな陽を映す海面をつまらなく眺めながら、どうせならもっと激しい荒れ狂う海が見たかったと女に告げたら「そうね、お前にはその方がお似合い」と、口の端だけ引きつらせた笑顔で答えた。

 凪いだ海が見たいと言ったその女の瞳には、確かに狂気の澱がどろりと舞上がっていた。




 武の、色素が薄いはずなのに深淵の知れないその瞳を覗き込むと、不思議とあの時に見た凪いだ海を思わせた。


 あの、世の中の全てを口汚く罵り敵であると髪を振り乱していた女が、心の奥底では穏やかで暖かな海を求めていたように、オレもまた心のどこかで己の姿を映し罪を罪として問い、それでも尚受け入れてくれる同じ海を求めていたのかもしれない。


「おい…タケシ…膝を貸せ」

「ん?ああ…いーけど、あんま気持ち良かねーと思うぜ?」

「そんな事はどうでもいい…少し眠らせろ」

「オッケ、ザンザス…疲れが取れるまでゆっくりな」


 そう言ってふわりと広がった腕は、まるで全てを包み込んで大きな陽さえも飲み込んでいくあの凪いだ海そのものなのかもしれない。


 オレは、何度お前の腕とぬくもりの中で死に、新しい生を受け取るのだろうか。確かに変わり行く己の中で、ただひとつお前を想う気持ちだけがさらさらと静かに歳を重ね、肉体が果てるまで共に在るのだ。


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武の存在がザンザスの憎しみや怒りを少しずつ昇華させて、その代わりに愛しさやあたたかさや、そんなものを置いてくお話…にしたかった模様。
武に会うたびに生まれ変わるザンザスです!
ザンザスの性格が、気弱すぎてすみません。

……またもや拍手お礼とは言いがたい小話でした。

恥ずかしい文章ですが、読んで下さってありがとうございました