スクアーロお誕生日おめでとう的小話です。


************

 ゆらゆらと揺れる感覚に目を開いてみれば、周りは深い蒼。

 目に入る色の情報は冷え冷えとしているのに、肌に感じる温度は酷く生ぬるい。
ふと上を見ると、きらきらと輝く金色のひかり。
 まばゆいくらいのひかりを放っているのに、何故かそのひかりから目を逸らそうという考えは起こらない。寧ろ、届きそうで届かないそのひかりの正体がもどかしく、思わず手を伸ばす。

 しかし、ひかりを掴もうとした掌はは虚しく宙を掴み、項垂れた手首は、強くあたたかな力で捕らえられた。

「…う゛お゛ぉ…い……?」

「ったく…もー。こっちのが驚いたぜスクアーロ!寝てたかと思えばいきなり人の顔に向かって手ぇ伸ばして来てよ」

 視界に入る山本武は、何故か逆さに目に映り、その端には、己の黒い手袋をはめた義手とその手首を掴む手も見える。
 身体に纏わりつく酷く生ぬるい温度の原因は、己の身体を預けている場所が、どうやら山本武の太腿の上で俗に言う『膝枕』という体制であるかららしい。

「…なんか、悪ぃ夢でも見たのか?」

「…いや……なんつーか居心地が悪ぃのに居心地がいいような…変な感覚のする夢…だったなぁ」

「?良くわかんねー夢だった…っつー事?」

「まぁ…しいて言えば…今のこの状況が的確に夢に現れたっつー事だろうなぁ」

 温かで柔らかな春の日差しを受けるのは、店舗と住居を同じにした山本武の住む家の縁側に寝そべる己と、その身体を預けた山本武。長く伸ばされた己の身体を包むのは、いつもの黒い隊服ではなく、丈の足らない濃い蒼色をした白いラインがサイドに飾られたジャージ。傍らには、盆に置かれた、かつては温かな湯気を吐き出していたであろう、湯飲みに入った濃い目の緑茶。

 穏やかな、非日常。

 いつだって、己の日常は黒い服に身を包み、生ぬるい赤い返り血を浴びるそんな世界だった。

「なぁスクアーロ。今日の晩メシは握りがいい?それともちらし?」

「あ゛ぁ?」

「どっちにしても、今日は特別にごーかなネタ奮発すっからって、オヤジも言ってたからさ」

「なんだぁ?いきなり…」

「いきなりなんかじゃねーよ。今日はスクアーロの誕生日なんだろ?誕生日はご馳走食って、みんなで生まれてきた事を感謝する大事な日だからさ」

「……」

 生まれてきた事を疎まれる事はあれど、感謝なぞされる事は今までもこれから先もありえないと思っていた。
 己が身を置く日常では、お前さえ居なければ俺はまだ生きながらえる事が出来たのだと恨み言を映した眼差しでしか、己を見据えられる事などなかった。

 なのに、この非日常を連れてきた人物の持つ温度は、確かに返り血と同じ温度を持つのに、冷えていく事はなく温かさを増す。

 日本人にしては色素の薄めな、琥珀色をした眼差しを向けられれば、身体の奥にぽつりと灯がともる。己よりも随分と温かい手で髪を梳かれ弄われれば、またひとつ。

 幼さの残る頬に手を伸ばし滑らかな感触を楽しめば、形の良い唇を親指で割り綺麗に並んだ歯列をなぞり、その隙間から覗く舌の感触を確かめれば、山本武の存在を感じれば感じるほどに、温かい灯がともってゆく。
 それはまるで、己が今まで生きてきた年月の灯せなかった蝋燭を今改めて灯していくような、そんな感覚を覚えた。

************


 どちらからともなく、引かれ、互いの唇に触れる。

 その先のぬくもりをもっと感じたくて舌を伸ばせば、呼応した己より若干体温の高い舌がゆっくりと絡みつく。
 もっともっとと貪れば、次第に唇を合わせるだけじゃ収まらない熱が互いの身体に宿る。

 その熱を注ぐ場所も受け止める存在も、目の前のこの幼い雨の守護者しか居ない。

 真昼間から盛るのもナンだが、やりたくなってしまったものはしょうがない。
 しかも今日は、己の誕生日を祝う気満々な山本武の事だ。きっと拒む事はないだろうとタカを括り、白いTシャツの裾から綺麗に薄くついた腹筋をたどり、胸の突起に触れようとする。

 しかしそれは、視界に入った己の持つ銀の髪のきらめきとは違う、鋭利な光を放つ刃物を持ったもう一人の時雨蒼燕流継承者により阻止された。

「今日は鮫の握りでいいかぁ?スクアーロさんよぉ…」

 いつも相手にしている敵の方が、よっぽどやり易いぜ…と、どんな敵相手にも感じた事のない空恐ろしさを目の前で刺身包丁を振り上げる、年頃の子を持つ父親に感じるのであった。


**********

スクアーロお誕生日月間に拍手として置いていた小話です。
何気に剛が好評?だったです、笑。

相変わらずの尻切れですみません。武の存在は、スクアーロを今まで感じた事の無い新たな世界へ連れて行ってくれると思います!!