こちらの小話は武誕企画リクのスーツ白山から派生したサラリーマン設定になります。ご注意ください。






 僅かな振動を伴いスーツのポケットに忍ばせておいた携帯が着信を告げる。ディスプレイを確認すると、表示されたのは『野球バカ』の文字。ひとつため息をつき大きく息を吸い込んで、獄寺は通話ボタンを押した。

「ちっ…てめーかよ、何の用だ」

 中学生の頃から社会人となった今もずっと変わらない、迷惑そうな口調と声音で山本に応対する獄寺ではあるが、その表情は相反して喜色が滲み出すのを止められずに居る。
きっと今獄寺の隣に、獄寺の敬愛する綱吉が居ればそこに何らかの突っ込みが入った事は間違いないであろう。

「ご〜く〜で〜らぁああああ……」

「のわっ!?んだてめー!!何情けねー声出してんだ!?」

 のーてんきな笑顔で何時だってひょうひょうとした態度を崩さない、ある意味獄寺にとっては憎らしいまでの平静さを持った山本が、何故か携帯の向こうで今にも自分に泣き付いてきそうな声を上げている。そんな山本が自分に助けを求めてくるという状況に、滅多に浸れる事のない優越感で悦に入った獄寺は、自然とこみ上がってくる勝ち誇ったかのような笑いを懸命に抑えつつ、山本が自分に泣きつく状況に陥った原因を探るべく会話を続けようとした。

「獄寺ぁあ…今日…飲もーぜ…もーーー酒でも飲まねーと耐えらんねぇ!!後で獄寺んちに酒とツマミ持って行くから!!じゃな!!」

「あっ!おい!!このバカ!!こっちにも喋らせろ!!つかオレに拒否権はねーのかよ!?おいっっ!!」

 主導権を取ったと優位に立ったのもつかの間、山本の一方的な要求で会話は終息した。最初から主導権など己の手中に無かったのだとがっくり肩を落としながらも、獄寺は帰る道すがらに酒屋とスーパーのビニール袋を両手に携えているのだった。



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 小さなテーブルの上、ツマミにと買った惣菜の空きトレーと、大半は山本が飲み干したビールやチューハイの空き缶が散らかっている。それらをバラバラと床に落としながら、山本はくたりとテーブルの上に突っ伏した。
 山本はどちらかといえば酒に強い方なのだが、腰に手を当て風呂上りの牛乳よろしくビールを次々と呷る姿を目にすれば、今日の酔いつぶれた山本の惨状も理解は出来るだろう。だがしかし、あの山本をここまで酒に溺れさせる状況に陥らせた原因は未だ全く理解できない。

「ごくでらぁ〜……きーてくれよぉ…」

「おーおー…なんだなんだ、とっとと吐いて楽になれ」

 床に撒かれた空き缶を集めながら、獄寺はうんざりとした口調で山本の悩みとやらの先を促す。

「う…そーいえば……吐きそう……」

 言うが早いか山本は腰を浮かせ口を手で押さえながら僅かに肩を揺らし始めた。

「てめー!吐けっつーのはそっちの意味じゃねぇ!!つか…おい待て!!ここで吐くなせめてビニールの中に吐いてくれ!!」



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 獄寺の素早い判断で、山本の胃の内容物を床面やテーブルにぶちまける羽目には陥らなかったが、山本の一方的な通話から始まった諸々の小さな鬱憤はここに来て頂点に達していた。

「てめーいー加減にしろよ…これでちっせぇ悩みだったらただじゃすませねーぞ…」

「う……ごめん獄寺…もしかしたら…ちっせぇ悩みかも……」

 凄む獄寺に流石の山本も迷惑をかけてしまったと、背中を丸めながら申し訳無さそうに小さな声を絞り出す。小さい悩みだったらただじゃ済まさないという一言が山本の口を重くした事に気が付いた獄寺は、今日何度吐き出したかわからない大きなため息をつきながら、山本の背中に手を置き先を促した。

「おい…てめーがオレに迷惑かけるのなんざ今更なんだよ…それより今日はオレにその悩みとやらを聞いて欲しかったから此処に来たんだろ?だったら早いところ話してくれねぇか?このままじゃ対処の仕様がねぇからよ」

 弱っている山本に流石に悪態を付ききれない獄寺は、常に無い柔らかい口調で語りかけながら、俯いたままの山本の顔を横から覗き込む。そんな獄寺の様子に覚悟が出来たのか、膝の上の拳を一旦ぎゅっと握り締めた後ようやく山本は口を開いた。

「セクハラ……されるんだ……」

「……は?」

「しかもさ…今年入ってきたばかりの新入社員に……」

 目の前の山本武という男は、獄寺の視点からすれば認めたくないにせよ『可愛い』と思っていることも事実ではある。だが、世間一般から見た山本武という人物は、長身でしなやかな筋肉を纏った何処からどう見ても『男』であって、セクハラの対象になりうる存在では無い筈である。

「獄寺…信じてねぇな…いや、オレだって最初はスキンシップが過剰なだけだと思ってたんだ…でもさ…挨拶のたびに尻触られて…その上尻の間っつーの?そこ撫でられたり…背後から抱きついてきてスーツの中に手ぇ突っ込んで乳首つねられたりするんだぜ!?しかも…この間は……うっ……」

 数々のセクハラとやらの記憶を思い出したのか、山本の顔はみるみるうちに真っ赤になってしまい、若干潤んだ瞳のままがしっと獄寺の両腕を掴み獄寺を見上げた。

 獄寺が山本の事を好きだと自覚したのは高校2年の夏休み…あれから既に数年経っているが、その間何度、潤んだ目と紅潮した顔で自分を見上げながら「オレ…獄寺の事が好き…」と告白される事を夢見ていただろうか…。

 こんな告白をされる事を夢見ていた訳では断じてない、無い筈だ!!

 獄寺の心の叫びもむなしく、延々と空が白むまで新入社員白蘭のセクハラ武勇伝を聞きつつ、獄寺の手元から床に散らばる空き缶のみが増え続けるのであった。


とりあえずEND


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報われない獄寺ですみません!!尻切れENDですみません!!
こちらも拍手お礼に置いてましたSSでした。かなり長い間…もしかしたら一番長く拍手にて置いてたかもです。(拍手お礼の新しいのが思い浮かばなくて)
後日談とか書いてみたいなーと思いつつ、リーマンのお仕事ってイマイチどういうことやってるのか知らないので…笑。