『目を開けろ!! 許さないぞっ! 俺はこんなこと、許さない!!! 捕らえたのは、お前だろ!! ならば、最後まで責任を持て!!!』
遠くかすかな記憶のように…。たゆたうから。
聞こえてくる、そうこれは壊したいほどの…。
『こんなにした責任は、お前しか取れないんだぞ! 逝くな!! 置いて逝くな!!!』
傍にいた一番遠い声…。
あぁ、そうか。これは、終わる事のない狂想がうんだ、狂夢の残骸…。
きっと、記憶の中に残る、心の欠片たちが集った、儚い夢。
『愛しているんだ…、中嶋…。嫌だ、置いて逝くな…―――』
遥か罪に包まれて、そんな幻が聞こえた気がした。
儚く消えゆく泡沫に包まれて。
零れながら…。
ほんのりとした暖かさと、傍にある重たさをかすかに感じた気がして、ゆっくりと瞳を開いた。
「…??」
見慣れない真っ白な天井が広がった。
なんだ、此処は何処だ? 何がどうなってる?
混乱する思考を必死に巡らせていると、すぐ傍で誰かが泣いているのか、ひっくと何度も何度もしゃくりあげる声が聞こえた。
なんだろう? と思って、音のする方向へ顔を向けた途端、誰かがすごい勢いで抱きついてきた。
「???」
何が起こったのかわからなくて、呆然とその体を受け止めた。
ぎゅっと音がしそうなほどに、しがみ付いて来る体は、小刻みに震えていた。
誰…だ?
不思議なほどの暖かさにとまどいながら、そっとその肩に触れると、ビクリとしがみついてきた体が震えた。
ふと見ると、こちらの両胸を掴んだ震えている両手には、包帯が巻かれていた。わずかに血が滲んでいる。
この傷はなんだろう?
驚くほどに冷静な思考で、そんなことを思いながら、包帯の巻かれた手を取ると、しがみ付いてきたその人物がゆっくりと見下ろすようにして、顔を上げた。
見下ろしてくる強い光を宿した、アメジストの…瞳。そう、硝子のその翼を手折りたくて、閉じ込めた…。
純白の天使…。
「…篠宮…?」
どうしてここに…と聞き返す前に、痛みとともに渇いた音が左頬ではじけた。
「馬鹿者っ!!!」
「っ!!」
平手打ちされた頬を撫でながら、篠宮を見上げると、わずかに揺らめき始めた瞳が、怒りの色を込めて向けられた。
静かなのに、確かな重たいほどの…怒り。
それは、奥底から間違いなくあがってくる、今の篠宮の正直な気持ちを、その性格に比例するように真っ直ぐに伝えていた。
「お前はいつもそうだ! こっちの話は少しも聞こうとはしない。自分で勝手に決めて、強行に進めていく! どうして、行動を起こす前に、決めてしまう前に、誰かに話そうとは思わないんだ!! こんなことに…なる…前に……」
見つめてくる強い瞳から、ポタリ…と涙が一粒落ちていった。
叫ぶような本心が、届いた心にはあまりに重く痛すぎて、思わず顔をそむけた。
「言えばよかったとでも? 打ち明けていればよかったと? 冗談ではない…」
何度も言ったはずだ…。
「お前には理解できない。それに打ち明けていたとしても、ことが平和に進んだとは思えないな」
だから、閉じ込めた。そうしたいと…思った。
「それが、自分勝手だというんだ!」
「!!」
言うが早いか、胸倉を掴まれていた。
否応なしに目の前に飛び込んできた瞳が、強い色を向けてくる。
「どうして、理解できないと決め付ける? 俺が何も知らないとでも、思っていたのか? 首輪に繋がれて、監禁されているのにも関わらず、なぜ俺が大人しくしていたと思っている?」
「…」
抵抗するよりは、大人しくしていたほうが、勝算がある…そう思ったからじゃないのか?
そう思ったが、言葉にならなかった。
「わからないか? なら、しばらく、そこで大人しく傷が癒えるまで、考えているんだな」
そう言うと、篠宮はベッドの傍に置かれた椅子に座った。
その様子をじっと見ていて、視界に入ったソレに気付いた。
「篠宮、…どうして首輪を外さなかった?」
よくよく見れば、その首にはまだ首輪がつけられたままだった。ただ、その先にあった鎖だけが姿をなくしていた。
言い方がよくなかったかも知れないが、鍵があることを伝えたはずだ。
「鍵があるといわなかったか? どうしてそれで外さなかった?」
篠宮の性格からして、首輪をつけたままなんて、嫌だろうと思うのだが…。
「こ…れは…。あんな状況で、のんびり鍵なんて探せるか! ちょうど、首輪と鎖を繋いでいる部分が一番弱かったから、そこから鎖を引き千切った…」
悪いかっ! と呟きながら、どこか不機嫌そうな顔をされた。
ということは、両手の包帯は、そのときできた傷のため…。
「首輪を外す鍵なら、俺の机の一番上の引き出しの中だ。こんなところで、俺に付き添っていないで、外して来ればいい」
届きはしない翼を、目の前で見ていたくはない。
最後の枷を外して、鳥篭から飛びたっていけばいい。
顔をそむけて、淡々と呟いた。自分でも驚くほどに、何の感情もこもっていなかった。
「いや、お前が傷を治すほうが先だ。首輪は、お前がつけたんだ。お前が外せ」
「…?」
凛とした真っ直ぐな言葉が聞こえてきて、驚いて見つめると、言葉と同じく真っ直ぐな眼差しがこちらを見ていた。
「こんなこと、俺は認めない。二度とするな」
そこまで言うと篠宮は、ゆっくりと顔を伏せて、包帯の巻かれた両手を見つめた。
「あんな…思い……二度とごめんだ! 血は止まらないし、お前の体はどんどん冷えていくのに、鎖だけが外れなくて…。心ごと押しつぶされるかと、思ったんだ!!」
「篠…宮…」
血を吐くような叫びとともに、うつむいたその瞳から涙がこぼれていくのを、信じられない物を見るようにして、見ていた。
呼びかけに答えるように、涙の溢れる真っ直ぐな瞳が、射抜くようにこちらに向けられた。
ゾクリとした何かが、背筋を駆け上がっていく。
「責任の取れない行動は許さん。中途半端も認めない。追いかけてくるのなら、一生かかってでも追いかけて来い」
「…!」
凛としたその姿は、硝子の翼をその身に宿しているようにも見えた。
寒気にも似た熱が、どこか狂気をはらんで膨れ上がっていく。
手が届かないと思ったから、惹かれた。高みに昇っていくその強さを、自分だけのものにしたいと…思った。
そう、だから…。
愛しているのだと…。
鳥篭に閉じ込めたと思っていたのは自分だけで、本当は始めから、捕まえてなどいなかったのだ。
そのことを、たった今目の前で示された気がした。
手折ることのできない翼…。汚されることのない純白…。
この身に生まれた罪が、浄化される日は…きっと来ない。
それでも…。
「いいのか? そんなことを言って」
「俺が、何も言わなくても、そうするだろう? 俺を狂わせることができるのなら、やってみればいい」
決して届きはしない、硝子の翼が、目の前でゆっくりと羽ばたいたように見えた。
深い色を纏って、遥かな蒼穹を映すアメジストに、そっと手を伸ばした―――。
終
こちらの作品は『夢幻迷宮』の華燎様からいただきました、作品です。
中嶋誕生祭のリクエスト作品として、黒須のリクエストに応えて下さった作品なのです(感涙)
黒須のリクエストは『篠宮の事が好きすぎて壊れていく中嶋で狂気的に…』という、とんでもないモノでした(汗)
ですが、そんなリクエストに華燎様は、とっても素敵な作品を作って下さったのです(涙)
しかも私がオフ会で色々漏らした一言を掬い取って汲み上げてくださって…(鬼畜でも精神崩壊はダメとか、監禁ものが良いとか、色々注文を付けてしまいました)もう、読ませていただいて、速攻熱い長文感想メールをさせていただきましたvv感無量です!!
美しさと狂気と切なさと力強さと…!もうもう、あらゆる要素が詰め込まれた、本当に素晴らしい作品です〜(涙)
自分の闇を思い知っているというのに、なお光を求めて止まない、手に届かないモノを…手に入れてはいけないと思う物を求めて、その相反する感情に苦しむ中嶋の心情。
この現在の状況を断ち切る事ができない篠宮の、己を罪と想う心…。血の涙を流す篠宮の心情が本当に伝わってきます…。
篠宮を誰にも見せたくなくて誰にも触れさせたくなくて閉じ込め、自分だけのものにしたかった中嶋…。でも、捕らえたのに篠宮は折れることなく、まっすぐに中嶋の前にあり続けるこの絶望感…。それでも、愛しているので諦めきれない苦しみ…。このまま壊れるしかないと想った中嶋は、ある意味自然だったのかなと思います。
血が流れてるのに痛みを感じないのは、きっと篠宮を思う気持ちの方が、遥かに痛くて苦しくて、血が流れれば、篠宮を愛してしまった罪から逃れられる、赦しのようなものを感じていたからなのかな…と、自分なりに感じました。
そして、後半の篠宮が中嶋に対して発する言葉は、どれもこれもが、響いてきました!何処も好きだったのですが、特に好きだったのは、「責任の取れない行動は許さん。中途半端も認めない。追いかけてくるのなら一生かかってでも追いかけて来い」と言う台詞と、あとひとつ、「俺が、何も言わなくても、そうするだろう?俺を狂わせることができるのなら、やってみればいい」って、台詞です〜〜vvvもう、最高です!!ここが篠宮の強さで、また受けなんだよなぁ〜〜vと、改めて思ってしまった部分でもありました篠宮さんは最強の受けです〜vv
華燎様。この度は本当に素敵な作品をどうもありがとうございました!!
これからも、華燎様の書かれる世界を楽しみにしていますv