基本的に酒は好きでは無いのだと内外に公言してはいたが、ソレでも口を付けなければならない席や、若しくはそう言う気分の時、彼は必ずマティーニを飲んでいた。別にソレがいけないと言う訳では無い、しかし他にも色々な酒があるのだし、何より酒が余り好きでは無いと言うのならば何もマティーニだなんて強いカクテル、ソレもドライを飲まなくても良いのでは無いか。他にもっと飲みやすい物が、そう例えばマティーニにしたってスイートやミディアムなんてのもあるのだからそちらにすればと、今夜のこの席でもやはり何の飾り彫りも無いシンプルな、しかし口当たりと中の飲み物の色合いを邪魔しない様、何処までも透明且つ春先の水溜りに張った淡い薄氷ほどの厚さしか無いのだろうくらいに薄く作り上げられているカクテルグラスに満たされた、透明な液体をゆったりと喉に運んでいる顔に向かい、問い掛けた。すると。

「マティーニは、失恋の味がするんだ」

舌が痺れる程に苦くてキツくて、でもそれと同じくらいに甘くて切ない味がする。かたん、とグラスをテーブルに置いた後、中に浮かんだオリーブの実を指先で弄りつつ相手が返して来たのは、そんな呟き。しかしこちらとして見ればソレは正に、意外としか言い様の無いヒトコト。なので思わず、大袈裟なくらいの勢いで再びの問い。おいおい、誰が失恋だって?冗談が過ぎる。アンタ、今をときめくボンゴレの10代目だろう。そんなアンタに靡かない相手なんているのかよ、ってかいるなら誰だか教えて欲しい。アンタを袖にするような、そんな度胸のあるヤツを。すると暫しの沈黙の後『しまった、酒の席とは言え流石に言い過ぎたか』と肝を冷やしていたこちらに返されたのは、オリーブを弄る指先は止めないままでくすくすと言う東洋人らしい柔らかい笑みに乗せられた静かな囁き。アナタが俺の何をどう買い被ってるのかは判らないけど、でも10代目だろうが何だろうが叶わないモノは叶わないし、手に入らないモノは入らない。俺は神様じゃないんだ、だから全てがそんなに上手くは行かないし、大体世の中ってそう言うモンでしょ。そしてまた、グラスを手に取り中身を喉へと通す仕草。その、何処か自虐みたいな言葉と横顔に内心でぼそり。そりゃあまあ、その通りなんだろうけど。でもやはりどうしても腑に落ちない、しかしそれ以上の追求は、すっと席を立った彼の背後に音も無く滑り込んだ影の様に黒いスーツを着た見るからに屈強そうな男達数人から送られた冷えた視線に遮られて続かない。だからつい、小柄な姿が座っていた席に残されたグラスの中に同じく残されていた、端を少しだけ齧られたオリーブの実を横目で見つつ小さく洩らした息。そんな彼と、ほぼ時を同じくして同じ様な息を吐きつつ、首筋の辺りを這い上がってきた重苦しい思い出にきゅっと眉を顰め奥歯を噛み締めた、オリーブの汁に濡れた唇を持った顔。




基本的に酒は好きでは無いのだと内外に公言してはいたけど、ソレでも口を付けなければならない席や、若しくはそう言う気分の時、彼は必ずマティーニを飲んでいた。別にソレがいけないと言う訳では無い、しかし他にも色々な酒があるのだし、何より酒が余り好きでは無いと言うのならば何もマティーニだなんて強いカクテル、ソレもドライを飲まなくても良いのでは無いか。他にもっと飲みやすい物が、そう例えばマティーニにしたってスイートやミディアムなんてのもあるのだからそちらにすればと、自分の隣で関節の目立たないすらりとした指先をグラスの脚に添えて傾け、微かにレモンが漂う中身をゆったりと喉に運んでいる顔に向かい、問い掛けた。すると、返って来たのは苦笑混じりのこんな囁き。はは、ソレはまあ、確かにその通りなんだけどさ。

『でもアイツが好きなんだ、コレ・・・』

だから何時も飲んでて、ソレに吊られて俺も、って訳で。そんな、無意識の甘い告白にその場は『そうなんだ』と笑って答えた。でも胸の中では、同じ言葉を暗い音色で呟いていた自分。そう、そうなんだ。彼が好きだから君も飲むんだ、この酒を。味が好きだとかそう言う事じゃあなくて、彼が飲むから君も飲むんだ。そう思った瞬間、喉に胸にと途端に込み上げてきた重たい苦味。ずきりと痛んだ、こめかみの辺り。だけどもソレは上手に隠し、作り上げた薄い笑みと横目で見つめた隣の顔。脳裏で零した静かな、でも自分でも判るくらいに嫉妬であちこちがささくれ立った、澱んだ囁き。彼が好きだと言う酒を、彼が好きな君が飲む。薄い唇を、彼からのキスを受け止めているみたいに僅かに開き、普段は触れたら切れそうに尖った横顔の頬を彼が与える刺激に溺れている時の様に淡く柔らかく染め上げ、浮かんだオリーブを舌先で不器用に転がしては、時折きちりと歯を立てて甘噛みを繰り返す。その仕草に、彼が君を愛して、また君も彼を愛してあげている時を自分を乱す男の肌に優しく甘く歯を立てる姿を、そしてそんなふたりの見えない繋がりと、その隙間に自分は絶対に入り込めないのだと言う現実を思い知らされ、密かにテーブルの下で握った拳に爪が食い込む程の力を込めた俺。だから、だから。




だから俺にとってマティーニは、失恋の味。舌が痺れる程に苦くてキツくて、でもそれと同じくらいに甘くて切ない、君の味。




『Martini』


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黒キヨを書いていたら、一緒に黒ツナ様がご降臨なされました模様(笑
なのでちょこっと、筆休め。

ツナ様ご本人やツナ山派の皆様からしてみれば、やはり二人は丸く
上手く収まるってのが理想かとは思います。しかし私は、こう言う
ラインが好みです。何もかもを持っている上に望めば何だって手にも
入り、更に誰よりも高い場所にいるにも関わらず、本当に欲しいモノだけが
どうしても手に入らない。
何が何でもと言うなら『ボス』の立場を使って『奪う』と言う選択肢もありますが、
そうじゃ無い。あくまで『対等』の立ち位置でいたい。そんなもどかしい胸のうち、
関係が好きです。

彼が欲しいと言う願い、それはそんなにも高望みなんですか?みたいな。


って、相変わらず原作を途中までしか読んでいないお前が何を偉そうにと
言う感じなんですけど(苦笑


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こちらの小説は、相方さんのましゃさんからいただきましたー!
愛しいからこそ奪いたいけど、愛しいからこそ奪えない。
何だって手に入れることの出来る立場にあるツナが一番欲しいものだからこそ、
ありのままの沢田綱吉として手に入れられなきゃ意味が無い…。でも、本当にそうなのか、
命令でもなんででも、奪ってしまえればもしかしたら楽になれるのではないかとか、
そんな葛藤に悩んだ日もあったりしたんだろうかとか、色々もぞもぞ妄想しちゃいました!
あ、こういう方向なツナ山…勿論大好きですよ、えへ!らるーちぇとかも、こういう方向でこれからも…へへ。

本当に素敵な小説をありがとうございました!ましゃさんの文章から滲み出るエロスとか、切なさとか、
もうもう大好きだー!!
(くろす)