| 午後の授業とHRが終わった頃、昨夜から降り続いた雨がようやく上がった。赤也の元にも、今日の部活は中止だと、早いうちから連絡が回ってきていた。設備も然ることながら、整備されたコートや水はけの良さが関東でも有数の立海とはいえ、その対応力には限度というものがある。ここ一週間は晴天続きで、その反動か、夜中は溜まりに溜まっていた雨が一気に降り注いだかのような豪雨だった。だから、例え朝から晴れていたとしても、コートは使えるような状態ではなかっただろう。 もう癖になってしまった仕草で向かいの校舎を見上げると、廊下からはあの人の教室が見える。ひとつだけ開いた窓。あの人のクラスも既にHRを終えているようだった。名前もしらない男子生徒が中庭にいる生徒となにやら大声で喋っている。赤也は肩を落とした。今、あの人は中央の方に席があるから、どの窓が開いていても姿を垣間見る事は出来ない。だが、偶然を求めて姿を探している。もしかしたら、こちらにいる赤也に気付いてくれるかもしれないと期待してしまうのだ。 誰にも聞こえないような小さな吐息をひとつ。カバンを抱えなおして階段を降り、下校する生徒で賑わう廊下をすり抜け、上履きから革靴へと履き替えた。今は必要の無い傘も忘れずに傘立てから引き抜くと、ポトポトと朝の名残りの雨だれが床に落ちた。 赤也は幼い頃から名門のテニスクラブに籍を置き、進学する時もテニスで名を挙げている立海を選んだ。生活の全てはテニスを中心としていた。今もそれは変わらない。だが、その中で変わってしまった事もある。いつかは倒し、乗り越えていくはずだった人が、テニスと同じくらい心の奥深い場所に居座ってしまった事。 彼の内面を表すかのように硬く真っ直ぐな髪。きつい眼差し。もともと真面目過ぎるきらいがあったが、幸村部長があんな事になってから実直さに拍車がかかった。前はもう少し笑顔を見せていた気がする。あの人の大きな変化も小さな変化も、赤也に喜びや悲しみを呼び起こすのだ。 「いつからだっけ・・・」 自分に問い掛けても答えなんて見えない。気付かぬうちに季節が移り変わるように、あの人という存在も赤也の中で、ごく自然に成長していったのだ。好きになっているのか、好きになり始めているのか。頭の中はごちゃごちゃだ。 「わかんねーよ。」 声が大きかったのだろう。すれ違う生徒が驚いて振り返る。赤也は足早にその場を去ると、湿気のせいで普段よりクセが強く出ている髪をガシガシと掻いた。 「切原、部活は休みだと伝達した筈だが。」 ふいに背後から低い声が響き、身長が1、2センチ伸びる勢いで、弛んでいた赤也の背筋に力が入った。 「真田副部長!お疲れ様ッス。」 「切原には届かなかったのか?」 「いえ、聞きました。けど、なんとなく足がこっちに来ちゃったみたいッス。真田副部長はどうしたんスか?」 「柳がまとめてくれた資料で、まだ完全に目を通せていない所があったのでな。」 真田がブレザーのポケットから部室の鍵を取り出す。その骨ばった指と、手の甲に浮いた血管に目が奪われた。鍛錬され指先まで無駄が無い。この人の手は、勝利を掴むためにあるのだ。それは赤也の望みでもある。例えこの人が赤也では無い、別の人を見ていたとしても変わることの無い望み。 「付き合っていいっスか?」 「別に構わんが、無駄に時間を過ごすなら宿題でもやっておけ。解らなければ教えてやる。」 「わー。いいんスか?ありがとうございます。」 ガランとした部室に明かりをつけると真田はカバンをロッカーにしまい、パイプ椅子を取り出した。 「赤点を取って補講を受けるはめになっては、部活に支障が出るからな。」 「オレ、やばいっスからねぇ。」 無邪気な赤也の言葉に真田が苦笑する。普段は鋭さが目立つ瞳も、この時ばかりは柔らかさを滲ませた。 「あ、オレが机を出しますよ!」 柳ばかりが使っていて、ミーティングでもあまり活用されない折りたたみの会議用の机。いつもは部室の隅っこに片付けてあるのだが、赤也はコロコロと引き出して来て真田のパイプ椅子の前に置いた。そして自分の分のパイプ椅子を運んでくると、真田の横に並ぶべきか向かいに座るべきか、かなり悩んだ末、向かい側へと腰を降ろした。横顔も捨てがたいが、顔を盗み見るなら正面の方がバレ難いだろう。真田は既にファイリングされた資料に没頭している。時折ペンでチェックを入れ、頷く度に額にかかる髪がハラリと揺れた。 一方の赤也はノートを開いても、自分の鼓動が気になり集中できない。ドキドキというこの音が漏れてしまっているのではないかと不安になるくらいだ。同時に、少しも赤也を意識している様子がない真田をみて溜息を隠せない。この人にとって、自分という存在はその程度なのかと切なくもなる。もう少し意識してくれても良いではないか。手の焼ける後輩という立場を覆すことが出来るなら、星にだって願いをかけるだろう。 「なんだ、ちっとも進んでないじゃないか。」 真田の声が近づき、赤也の髪を軽く叩いた。 「だってオレ、真田副部長の傍に出来るだけ長くいたいんスよ。」 お調子者を演じつつも、ひっそりと本心を潜ませて、いつもの無邪気な笑顔を作る。 「冗談じゃない、俺がついているんだ、さっさと終わらせるぞ。」 どこまでもニブイ人が真面目な顔で忠告するから、赤也はハイと素直に返事をした。笑顔の裏の想いをこの人は知らないから、まだその手を取ることは出来ない。けれどいずれは隣に並び、この人の笑顔を占領してみせる。それまでは後輩として、いつまでも傍にいるつもりだ。 「ホントのコト言うと、どれも全然わかんないんス。」 赤也はもう一度笑った。 |
*************************************
こちらのお話しは、ななりさんからいただきました赤真です〜vv
もうもう、赤也の笑顔の下の真田への想いが切ないです。
赤真は、赤也が一生懸命真田に追いつこうとしてる姿が、本当にいじらしくて。
もう、大好きな赤真をななりさんのSSで見る事が叶い感無量です。
赤也の色んな思いをはらんだ笑顔が想像できる様な、そんな素敵なSSをどうもありがとうございました!
忍足は、もう少し待ってねv(笑)