++特別な日++





ジリリリッと軽快な音を立てて目覚ましが鳴る。
瞬間的に右手を伸ばし、その音を打ち消すと、そのまままた深い眠りへと…と、睡眠体制に何時もの赤也なら入るのだが。
ハッと思い出したようにガバッと勢い良く身体を起す。瞬時に時計に眼をやれば、丁度五時。
我ながら通常なら少なくとも後一時間は眠れる範囲。だけど、今日は。と、意識を確り保つ。

まだ覚醒しきってない頭をくしゃくしゃと掻きながら、洗面所へと向かうべく赤也はベッドから徐に立ち上がった。

――ニ、三日前、部員内で何気なく交わされた会話。
それは去年には知りえなかった事。正確に言えば、自分には興味の無い話題だった。

「ああ、そういや真田もうすぐじゃなぁ」

不意に、部活終了後、部室へと足を踏み入れた途端、思い出したように仁王が呟いた。
仁王の口から洩れた言葉に、着替えを早めていた赤也の手が止まる。

「あー、もう誕生日か」
「真田君、五月でしたっけ」

丸井と柳生が仁王の言葉に反応し、そういえば、と。去年の話題を話し始める。
それを片隅に聞き取りながらも、漠然と赤也は去年の自分を思い浮かべた。

まだ、何も勝手を知らなく、気ままに過ごしていた日々。他人自体にあまり関心が持てなかった自分。
去年なら確実に軽く受け流せた話題で。ましてや、誰かの誕生日なんか興味も持った事は無い訳なのに。

他人に関心を持ち始めたのは、テニスをやり始めて、間もなく。
闘争心が強い自分に、面と向かって、基本的な事柄を根本的に叩きなおされた。
我流でも満足していたのに、敗北感を味わい、怠慢に接する自分に厳しくも必ず見放さずに接してくれる人がいた。
誰よりも大事で、誰よりも勝ちたいと願った。そして、踏み込んでみたくなった。その内側へ。

赤也は知らずに苛立ち、舌打ちをする。
真田の事を自分はまだまだ知らなすぎる現実を簡単に突きつけられる。
只でさえ自分は、まだ手探りしながら、触れる事さえ、ままならないのに。

「…副部長の?」

真田不在の部活後は早々と着替えを済ませて帰る予定の赤也だが、今日はそうもいかない。
隣に並んだ柳に、しばらくして少し疑問気味に問いかければ、笑みを作った表情を崩す事無く、頷かれる。

「五月二十一日は弦一郎の誕生日だよ」
「…へぇーもうすぐですね」

自分でも判る。明らかに低音の声。しょうがないと理解しつつも、自分が知らない事を当たり前のように知ってるのが気に食わない。
それが、どうにも理不尽な思いだとしても。
その様子に、柳はふむ、と赤也を伺い、覗き込む。その視線に赤也も気づく。

「拗ねた?」
「何がっすか?」
「本人から聞けなくて」
「…真田副部長が自分で云うタイプに見えます?」

明らかに反応を楽しんでる柳のその手探り的な会話に、赤也は少し眉間に皴を寄せて、頬を膨らませる。
ポンポンと諭す様に頭を数回撫でられ、少しの苛立ちも和らぐ対応をしてくる辺りが流石だな、と、赤也は内心思う。
真田との絶対の位置を柳は自分が出会う前から持っている。その居場所は自分は望んでいないが、羨ましく感じるのは事実だ。

「赤也の専売特許はその行動力だろう?お前にしか出来ない事で祝ってあげたら?」
「へ?……柳先輩?」

微かな声で耳元に囁くように柳はそう云うと、何事も無かったように着替えを始める。
それから、再度開きかけた口を噤み、赤也も着替えを済ませる。

部室を早々に出ると、其処で深い溜め息をひとつ。思い足取りを引き摺るように歩き出す。
帰り道、耳にヘッドホンをあて、大音量でMDの音を聴きながら、それでも赤也は考えた。
何時もは軽く口ずさむ唄も耳から素通りで。

俺にしか出来ない事で。
俺だから出来ること。



一晩じっくり考えて、行き着いたのが単純な答えだった。

洗面所で顔を洗い、身支度を整えると、ビシッと鏡の中の己自身に向かい、敬礼する。

「切原赤也、行って来ます!」

ニッと笑みを浮かべ、飛び出すように玄関から外に出ると、そのまま走っていく。
何時もより早い時間の起床と慌ただしい行動の息子に母はただ、呆然と見送るのみだった。
何処かしら素行の多かった昔と比べ、最近は見違える成長だ。これも部活のお蔭なのかと、頭の片隅にふと思う。
そして、無意識に笑みを零し、家へと戻る。今日も忙しいくなりそうだわ、と一人ごちながら。



何時もは寝惚けて、周囲を見渡す余裕も無いんだな、と思わせるほど妙に晴れやかな気分で赤也は路地を駆け抜けていく。
同じ道筋も、今日は気分が違う。視界が鮮明に映る。低血圧の自分にしては、なかなかの向上心だ。
これからする事を思うと柄にも無く、心臓が高鳴り、額に汗が伝う。ほんの些細な衝動なのに、胸が躍る。

それはとても心地良いリズムを奏でる音にも似ている。

始発のバスに乗り、勢い良く降り立ち、また走り出す。
タッと曲がり角を曲がれば、門から大柄な姿が見えた。
視線に捉えたと思ったと同時に声が出る。それと同時に顔の筋肉が自然と綻ぶのが自分でも判った。

「副部長!!」
「赤也?」

乱れた呼吸を深呼吸一つで落ち着かせると、目線を上げる。
真田がさほど驚く様子も無く此方を見ているのが確認できる。
門をゆっくり閉めるのを視線に捉え、傍まで近寄ると、満面の笑みを向ける。

「誕生日、おめでとうございまっす!!」

近所迷惑になりかねない大きな声で叫で赤也は叫んだ。
その様子に真田は一瞬眼を開くと、すぐに眼を細め、苦笑する。
その言葉だけで、目の前にいる理由が推測できる。
額の汗を拭いながら、赤也は真田をじっと見つめる。

「今から朝練行くんっすよね?」
「ああ」
「一緒に行ってもいいっすか!」
「ああ」

優しく眼を伏せ、微笑む。それにはにかむような笑みで受け止め、
ドンッと勢い良く飛び込めば、優しい手がそっと髪を撫でる。

「赤也」

ゆっくりと真田の声が降りてくる。朝方は少し声が掠れてる事に赤也は気づく。
その余韻に浸りたくて、赤也はそのまま抱きしめた腕に一層強く力を込める。

何でこんなにこの人が好きなんだろう。
何でこんなに気持ちが溢れそうなんだろう。
大好きで大好きで大好きで。嫌になるくらい好き過ぎて。

こんな気持ちは初めてで、俺の思考は上手く纏まらない。
ゲームみたいにリセットもなければ、試合みたいに上手く事も運ばない。
数式みたいに答えも出せなくて、ただ、この人を求めてる。

手に入れられない歯痒さと失う怖さ。
真っ直ぐなこの人に自分の気持ちは伝えたら重荷になるのだと、そう判っているのだけど。

「…考えたんス、何がいいだろうって。プレゼントとかもいいけど、やっぱり言葉で伝えたくて」
「そうか」
「昨日の夜に云うのも有りかな、とか。でもそしたら少ししか会えないなとか。でもドラマっちっくだな、とか」
「深夜徘徊は賛成出来ないな」
「うん、副部長ならそう云うだろうと思ったのもあるし、徘徊はしないすよ、だって目的地は決まってるんス、後…俺に出来るって方法が此れだと何だか気に食わなくて…」
「ほう?」
「…………」

頭上から燻るような声が振ってきて、赤也は顔を上げる。
じっと見据える瞳には覚悟の意志。それが真田には読み取れる。
真田は静かに言葉を待つ。途切れた言葉を言い直すように赤也は再び口を開く。

「正直、俺って面倒事は嫌いで、興味無い事に無頓着な訳っすよ、それが思考が一杯になってから、考える考える。で、俺の良い所はこの行動力なんで、早朝鍛錬する副部長に会いに行く一心で………此処まで来ました」
「…赤也?」
「判らない、って顔ですよね、俺が毎日絡むのは意味が無いと思ってました?毎日名を呼ぶ事に理由は無いって?」
「赤也」
「崇拝にも似た想いを恋と勘違いしてる、そう思った事もあった。だけど、咽が焼けるように痛くて、胸が千切れそうに熱いこの想いは?本当に勘違い?仕草一つ一つに翻弄されて、それでもこの想いを認めちゃ駄目?諦めようにも足掻けば足掻くほど逆効果なのに?」

声音が知らずに低くなる。
我侭な子供じゃあるまいし、何を求めてるんだろう。
そう言い聞かせても、箍が外れたように言葉は出てきて。

ああ、それでも。

「好きでいいですか」

ポツリと、不意に。
それだけを。

その想いだけを。

「…ああ、構わない。その気持ちと共鳴するものが俺にはまだ無いが、それでも」
「まだ、って事は可能性はあるんスよね?」
「………う、うむ・・・まぁ」

言い寄られた大きな瞳に真田は言葉を濁す。

―――少なくとも互いの視線が噛み合う様な意識をしているのだから。

「冗談とかじゃないっすからね?」
「ああ」

ふっと笑みを零せば、真田も笑みを返す。

まだ警戒範囲。
だけど許容範囲。

だけど、当初の目的は。

赤也はぎゅっと真田の手を引っ張り歩き出す。

他愛も無い会話で何時もと少し違う道を歩く。
その僅かな時間を自分だけのものにしたくて。
幼稚な独占欲だと、苦笑するけど。

「行きましょうか?」

何時もと変わらず、けれど確かに一歩踏み出して。

こんなにも誰かを想うなんて初めてだから。
誰かに執着するのも初めてだから。まだまだ準備態勢なのは赤也自身も。

「ああ」

繋がれた手を振り払う事無く受け入れて、真田は笑みを向ける。
確かに心地良いと感じたのが、何だか妙な気分にさせたのかも知れない。

赤也が自分に対して好意を持っていることは薄々気づいていた。彼の行動はあまりにも極端で。
周囲が見ても判るほど真っ直ぐだから。だがここまで思いつめてるとは思わなかった。
何時も屈託な笑みで、自分を追いかけてる、その無邪気さしか知らなかった。
彼事態、そのテニスプレイから、決して其れだけではないと云うのは明白だが、それでも自分に対してはその姿勢が崩れる事は無かったから。
だから、赤也の本音がするりと心に入り込んだ。拒絶も違和感も無く、そのままに。

意識して無いかと言われればそれは否定になる。
だけど赤也と同じ衝動はまだ無い。少なくともあんなに激しい想いは知らない。
瞳の奥に垣間見える揺るぎない凛とした想いは、まだ真田には無い。

「赤也」
「何すか?」


「…有り難う」

その好意を受け入れたのは、意味が無いのかも知れない。
でも確実に一歩。
前に歩き出す事で何かが変わる。

「…………ッ」
「赤也?」
「…え?あ、いや、うわー、何だろ、マジ何つうか」

真田の言葉に赤也の中の全身神経が一気に加速する。
面と向かって、微笑んだその表情が何時もより数段優しくて、自分勝手な行動に巻き込んでるのに、こんな風に礼を言える真田が。
どうしようもなく、ただ可愛くて。外見と裏腹にあまりにもこの人は。
こういう生真面目さが本当に赤也の思考を刺激する。

「赤…」

自制した理性も難無く軽く一蹴される。

ぐいっと引き寄せ、触れた唇が柔らかくて赤也は眼を細める。
真田の微かな息遣いを片隅に感じて、静かに瞼を閉じた。

それもほんの一瞬。

頭上から容赦なく落された拳に我に返る。
思わず身を縮めて、真田を見やれば、息を乱し、真っ赤に頬を染める姿が映る。
ああ、この人も接吻くらいは理解してるのか、と冷静に思考を巡らせて、この場を和らげる選択肢を数個浮かべて、真田に抱きつく。

「な、何をするっ」
「たっはー、部長が悪いんスよ、あんなの反則ですよ」
「何が」
「内緒」
「は?」

クスクスと笑い出す赤也に、訳が判らないと真田は身体を引き離す。

「好きだなぁって思ったんス」

本当に。
何もかもが愛しいくらいに。

「…っ」
「さぁ、早くしないと、朝練どころじゃないっすよ?」
「…う、うむ」

自然に手を繋ぎ、歩き出す。

一歩前進。
一歩進歩。

赤也の特別な日は今始まったばかり。

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こちらも、赤真同盟のミカド様からいただきましたv
この二人は、なんでこんなに可愛いんでしょうか!?もう、可愛い可愛い言いすぎですが可愛いから仕方が無い…!
二人の愛らしさ、初々しさは、見てる人も巻き込んでしまえると思う…!本当に幸せvv
このまま、可愛くじゃれ合っていていただきたいですv

ミカド様!この度は、素敵な作品を2作品も、本当にどうもありがとうございました!
あかさな…幸せはあかさなに在ると思います…!