茜色の君
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淹れたばかりのお茶から爽やかな香りが広がる。僕が郁を呼びに行くと、郁は窓際に立って外を見ていた。
遅い夕日が、白い制服にかかる柔らかな髪を茜色に照らしている。
全身を夕日の色に染めた郁は、神々しさすら感じるほどに美しくて、ずっとこのまま見ていたかった。
僕が声をかけるのを躊躇っていると、郁の方が先に気づいてしまった。
「臣、そこで何をしている」
「お茶が入りました、郁」」
僕の言葉に、少しだけ唇を微笑みの形に変えると、郁はその場所から動こうとした。
「郁!…動かないで」
「…?!…どうしたんだ、臣」
僕が突然大きな声を出したりしたものだから、郁は少しびっくりしたように動きを止めた。
美しい人が夕日の中で僕を見ている。
「…どうした…?」
「郁、まだそのままで…」
僕は郁に足早に近づいて行く。そして茜色の夕日の中に僕も入り込む。
「郁…」
僕は郁を抱きしめる。
夕日の色ごと、僕の腕の中に。
郁は訳も判らず、驚いた様子で少し身じろぎ、僕に体を預けたまま、僕の顔を見上げた。
「…臣は、力が強い…」
「仕方ありません、僕の方が大きいですからね」
郁の双眸に、今まで見た事のない色が広がっていく。
「どうしたのですか?」
「…何でもない」
「そんな風には見えません」
「本当に何でもない!」
「……僕が……何かしましたか…?」
「そうじゃない、…ただ…」
「ただ…?」
「私は力では臣には敵わない。…だから」
言いにくそうにしている郁を目の前にして、突然僕の中に電光のようなものが走った。
……僕には知り得ないその感覚。郁にしかわからない、本能的な恐怖。
「すみません、郁。僕が荒々しく近づいて、いきなり抱きしめてしまったりしたから、なんですね」
「……すまない、臣」
今、郁が何を考えていたのか、聞かなくともわかる。
僕が力ずくで郁の尊厳を傷つけようとするなんて、有り得ない。けれど、僕の心の奥底に無理矢理眠らせている衝動が、決して爆発しないなんて言いきれない。
「…臣が、…そんな事、する訳ないのに…」
「いえ、わかりません。僕の自制心も完全ではありませんから」
郁の前では、僕のこのちっぽけな理性なんて、いとも簡単に崩れ去ってしまいそうだ。
そうなのだ…。こんな風に危ういバランスの上に成り立っている僕達の関係の脆さを、郁は怖れているのだ。
郁の細い手首は、僕が掴んでシーツに縫いとめるのにちょうどいい。
華奢な体は、僕に力で押え付けられ、組み伏せられれば、抵抗すらできない。
そんな顔をしないで、そんな目で僕を見ないで…。
「ね、郁、僕を抱きしめてください」
腕を下ろした僕の背中に、郁の細い腕が回る。そしてギュッと抱きしめられる。
「そうです…、郁、僕にキスして…」
郁が爪先立ちをして顔を上げる。
「臣、もう少し屈め」
「…はい」
僕が少しだけ背を屈めると、郁の小さく形のよい唇が、ふわりと触れた。
柔らかい感触が、僕の熱い思いをなだめるように広がってゆく。
僕の激し過ぎる思いは、今はまだ郁を傷つける事しか出来ない、…たぶん。
だから、いつか僕が郁を愛だけで包める時が来るまで。
「僕を好きなようにしてください、郁」