成瀬は幼い頃より図抜けていたと言う、折り紙付きのテニスの才能を買われ、この学園へと来た。そのチカラはココで更に磨かれ見事に開花し、今では世界に最も近いとまで言わしめる程のモノとなっている。こういうコトに疎い自分には良く判らないが、先程本人が言った様に恐らく、学園を卒業した後は海外へと生活を移し、各地を転戦しつつ頂点を目指し切磋琢磨を繰り返す日々を送るコトになるのだろう。そんな成瀬が、俺を欲しいと言った。自分の翼を信じて飛び立つ姿を、俺に見守って欲しいと言った。人間、己を求められて嬉しくナイ者などいない。しかもソレが、周囲が羨む程の才ある人間からの申し出であったのならば、尚更。だから成瀬の言葉は正直、特別な感情や意味は含まずに素直に『人』として嬉しかった。でもその反面、俺の意識をさっと駆け抜けたのは言い知れない不安。俺と共ならば栄光を掴めるだなんて、ソレは成瀬の眼鏡違いではナイのか。この通り、俺は極々普通の人間。ソレに対してお前はと言えば、その人好きのする柔和な顔(かんばせ)の裏で常に、世界を狙いその身の下に組み敷く為の鋭い爪と牙とを黙って延々と磨き続けている若いケモノの様な、有り余る才能を持っていながらも決してソレには溺れず、日々の努力を惜しまない類い稀なるアスリート。そんなお前の傍らに立つ人物が、俺で本当に良いのか。
自分を卑下する訳ではナイし、己のコトを価値のナイ人間だと思っている訳でもナイ。しかし成瀬と俺とでは見ている場所、求めるモノが違い過ぎる。成瀬が求めているのは、光り輝く唯一無二の勝者の王冠。俺が欲するのは、ドコにでもある小さく平凡な未来。こんな俺達が共にいて、果たしてバランスは取れるのだろうか。成瀬の気持ちと言葉が迷惑だとかと言う訳では、決してナイ。俺とてこの、いつだってまるで大きな犬の様に自分の傍に纏わり付いていたおシャベリで陽気で小洒落た、でも試合の折などに不意に見せる表情や仕草には恐い程の艶と鋭さとを滲ませる下級生のコトを内心では愛しく、そして大切に思っていた。でもソレはあくまで『自分を慕う年下』に対する保護欲みたいなモノ、そうだと受け止めていたし成瀬もまた俺のコトを『信頼する年上』と位置づけ、接していたんだと理解していた。でも今の成瀬のこの顔はナンだろう、何だかヒドく凛々しく、そして特別にも見える。と、言うか何故に俺なんだろう。成瀬ならば他に幾らでも相手なんかいる筈、なのにどうして、俺なんかにこんなコトを。その時、

「そうだ、篠宮さん確か医学の道に進みたいって言ってましたよね」

弟さんの為に医者になりたい、新薬の開発がしたいって。余りに突然のハナシに、ぼおっとしてしまっていた俺のコトを慮ってくれたのだろうか。するりと素早く、でもさり気なくすり替えられた会話の中身。きゅうっと握られた、脇に落としていた手の指先。そのヒトコトに仕草に、ああと返答。ああ、出来れば医者に、無理ならば新薬開発の技術者になれればと。言いながら、相変わらず所在無さげに彷徨わせる視線。すると。

「だったら俺、その道を全力でサポートします」

アナタが俺を支えてくれるならば、俺もアナタを支えます。言葉と共に、更に更に強く握られた指先。次いでまるで、己の夢を語るかの様に穏やかな色合いで話す顔。日本で医者になって活躍するのも良いし、海外で改めて医学を学んだり最先端医療を修めるも良い。そうですね、研究室とかも良いかも知れない。その為ならば、俺に出来る協力はナンでもします。そう言って、また改めて握って来る指先、零す笑顔。その余りに楽しそうな表情に様子に、どうして良いか判らず思わずこちらもくすりと破顔。でもその表情は、成瀬が次に口にした言葉によってぴしりと引き締まる。

「・・・何度も、言いますけど」

何度も言いますけど、俺はアナタに無理強いだけはしたくナイし、させたくもナイ。俺と歩く道を選んだが故に夢を目標を捨てた、諦めただなんてコトには決してさせない。そんな囁きみたいな声と共に、取られていた指先に落とされたのは吐息と唇。そのナンとも柔らかく、且つ温かい感触に思わず後ろに引こうとした手。でもソレは赦さないと言わんばかりにまた強く握られる指。そして再び寄せられる、成瀬のカタチの良い薄い唇と低い声での私語(さざめ)き。だって、俺はアナタを囲いたいんじゃナイ。俺はあくまで同じ場所と視線とで各々の道を見つめつつ、アナタと心と背を寄せ合って生きて行きたいんです。だからじっくり、ゆっくり考えて下さい。成瀬。

誘いを突っぱねるのは、きっと簡単だ。そんなコトは無理だし、いやソレ以前に幾ら乞われても、俺にはお前に対してそんなコトをしなければならない義理や理由もなければ、特別な感情も興味も抱いていない。故に無理だ、承諾出来ない。そう言えば恐らく、成瀬は黙って引き下がる。ずっと想いを寄せていた伊藤に別の想い人がいると判った時、アレだけ大っぴらにアプローチを繰り返していたにも関わらず何も言わず行動も起こさず、静かにその身を引き下げた成瀬だ。だからきっと、俺に対しても同じ行動を取る筈。だが断っておくが、成瀬は確かに大人しく引き下がりはした。でも決して伊藤への気持ちが軽かった、良い加減だったと言う訳ではナイ。ソレどころか寧ろ、成瀬は本当に真剣に伊藤のコトを想っていた。だからこそ引き下がった、自分の未練で大切な伊藤を困らせたくなかったから。伊藤のコトを心底大事に想っていたから、己はどんな苦い思いを味わおうと伊藤が幸せになれば良い。そう思って身を引いた、そして伊藤を支える立場に自ら進んで付いた。そんな立派な決断が出来るオトコなのだ、この『成瀬由紀彦』と言うオトコは。だからこそ、俺は拒まなければならない。成瀬の誘いは本当に嬉しい、でもソレに浮かれてこの場の気持ちだけで『YES』を匂わせる様なコトを言うコトだけは、絶対にしてはならない。そう、そんな良い加減な返答をするくらいならば、いっそ厳しく突っぱねた方が良い。この手を視線を振り払い、俺はお前とは行けないと、声を大にしてキッパリと言わなければ。そんなコトを脳裏で零しつつ、じっと見据える自分を見上げる端正な顔。俺がこの場で『NO』を口にすれば、そうすれば成瀬はきっと、何事もなかったかの様な顔で後ろに下がる。あの端正な顔をふっと一瞬だけ寂しそうに歪めた後、瞳を伏せて肩を竦めて『そうですか』と小さく呟き、背を向ける。あの性格や強引とも見える行動力、派手な身なりからは想像もつかない謙抑な姿勢で己を律し、俺の前から姿を消す。その様子は正直、普段が普段なだけに想像しただけでも胸が痛む。現に伊藤の本心がドコか別にあると判り、成瀬の想いが割れて壊れてしまった後に『弓を習いたい』と言って射場に来て、そしてソレから数日の間、ただ黙って延々と矢を放ち続けていた成瀬の顔には見ているこちらが苦しくなる程に切なく哀しく、しかし同時に何かしっかりした覚悟みたいなモノが滲んでいた。あんな顔をもう一度、しかも己のせいでさせなければならないのか。そう思うと、気が重い。でもだからと言って、なあなあな雰囲気で答えを濁し、成瀬に変な期待を持たせるだなんて言うコトは絶対にしてはならない。だから言わなければ、俺は言わなければならない。でも。

「・・・この為に正座を練習したいと言ったのか」

でも結局どういう訳か、俺の口から出たのは拒否や拒絶とは程遠い、ソレどころか小言とも言えない様な意味合いのヒトコトだけ。そして先程までまるで魔法にでも掛けられたかの様にがちがちに固まって動かなかった両脚をようやくの思いで曲げ、取られている手はそのままですっと膝を折って座る、成瀬の目の前。でもまだ、どうしても目は合わせられない。なので明後日の方向を向きつつ、吐き捨てる様に言う言葉。膝に悪い、脚のカタチが悪くなるとアレだけ嫌がっていたのに。なのにコレを言うが為だけにあんなにも練習したのか、正座も着付けも。そんな俺の言葉と行動とに、きょんと固まった成瀬の顔。しかし、次の瞬間に聞こえて来たのはキッパリとした、しかもドコか得意気でオマケに嬉しそうな音色での返答。はい、そうです。正座も着付けも、この為だけに練習しました。更に白状すれば、飛行機を取り忘れたって言うのも嘘。本当は取ってありました、でも篠宮さんが年明けに帰るって言ったから、あの後すぐにキャンセルを掛けたんです。篠宮さんと一緒にいたかったから、だから速効で。言いながら、まるでイタズラをした子供の様な表情を零す顔。その余りの潔さ、と言うか成瀬らしさとでも言うべきかの行動と言動に、思わず照れ隠しも手伝っていつもの様に、握られてた手を振り解きつつぴしりと一喝。馬鹿者っ、練習や着付けもそうだが、飛行機もキャンセルだと?本当に一体、ナニを考えてっ。そんな俺を、全て見透かしているかの様な笑みでくすりと笑う成瀬。バカってそんな、ヒドいなあ。コレでも俺なりに懸命に考えた、最高のシチュエーションのつもりだったのに。そして今度は、相変わらず目が合わせられない俺の両手をそっと取り、その指先に囁く言葉。でもやっぱり、キチンとしたかったから。俺の気持ちを、俺なりのカタチでキチンとアナタに伝えたかった。馬鹿と言われようと何と思われようと、俺はキチンとしたかったんです。オトコですからね、コレでも。そして。

「返事は、焦りません」

3月、篠宮さんがこの学園を卒業する時までに聞かせて貰えれば良いです。いえ、答えが出なかったならば、もっとずっと先でも良い。だから俺のコトは気にせず、篠宮さんに取って最良だと思う答えを導き出して下さい。そして掛けられた、こんな問いを与えられたは良いが本音では一体どう裁いたら良いかがまるで判らず、たっぷりの猶予を渡されながらも早くも途方に暮れつつあった俺の心中を読んだかの様な言葉に、思わずぎくりと揺らしてしまった肩。さっと横に滑らせてしまった、視線。そんな俺に向かい、更に掛けられる垰やかな笑みと囁き。良いですか、約束ですよ?俺の為とか、良いトコ取りの折衷案とかじゃナイ、本当の答えを聞かせて下さい。ソレが『YES』でも『NO』でも、俺はちゃんと受け止めますから。言いながら、握っていた手をするりと解き改めて取る、小指。次いでその小指に自分の小指を絡め、ゆらゆらと柔らかく振る仕草。繰り返す、約束と言う言葉。そう、誘いを撥ね除けるのはきっと簡単。この手を払い、無理だダメだと言えば良い。だがしかし、どうしてもどうしてもその言葉が言えなかった、いやソレどころか成瀬のこの甘く優しい誘(いざな)いに乗ってしまいたい、成瀬の傍で成瀬がその翼で羽ばたく姿を見てみたいと思ってしまった、俺がいて。コレは一体、どういう感情なんだろう。何だかヒドく温かく、そしてドコか柔らかくて心地良い重さを孕んだモノに思えて仕方ナイのだが。そんなコトを思いつつ、揺れる指先を見つめていた時、

「でも」

でも正直を言えば、早いに越したコトはありませんけどね、色んな意味で。と、不意に小さな声と共にぐらりと傾き、そのまま板の間へと崩れ落ちた成瀬の身体。その余りに突然な様子に、思わず上げた大声。抱き起こし揺さぶる、着物の半身。おい成瀬、成瀬どうしたっ。すると、返って来たのは掠れた声での小さなヒトコト。だ、大丈夫です、ナンでもありませんっ。ただあの、つまり。つまり?つまりナンだ、どうしたと言うんだ。

「脚が、痺れて・・・っ」

せっかくだからと、ちょっと欲張ってアレコレ言い過ぎました。言いながら、恐らく脚全体に走っているのだろう痛い様なむず痒い様な感覚に苦し気に歪めた表情で、袴の裾から出た長い脚をよろよろと掌で擦る仕草。そして苦笑まじりの息と声とでぶちぶちと呟く、ぼやき。参ったな、アレだけ練習してこんなに頑張ったってのに最後がコレじゃあ、全然締まらない。百年の恋も醒めるってヤツですよ、ホント。と、さっきまでの凛々しさはドコへやらと言ったカンジの情けない姿と表情にとうとう、堪えていた笑いを口から零してしまった俺。そんな俺の様子に『もう、笑い事じゃあありませんよっ』と、苦笑いを浮かべる成瀬。そして。

「お誕生日、おめでとうございます」

そして聞こえた、0時と新しい年とを告げる花火の音にまだびりびりとした痛みを放っているだろう脚をソレでも何とか折り畳み、改めて正座をしてアタマを下げて来る姿。ソレから、新年あけましておめでとうございます。今年も公私ともに、どうぞ宜しく。その様子に、こちらも返す言葉。ああ、こちらこそ今年も宜しく頼むな、成瀬。

「・・・さっきのハナシ、少し考えさせて貰っても良いだろうか」

お前の言った通り、俺なりに少しゆっくりじっくり考えて描いてみようと思う。この先の俺の人生の傍らに、お前がいたらどうなるのだろうと言う未来図を。言葉に、ぱあっと明るくなった表情と、嬉しそうに上がる声。勿論、幾らでも考えて下さい。篠宮さんの気が済むまで、何度でも何回でも好きなだけ。その顔に向かい、ふっと囁くヒトコト。判った、ではしっかりと思案させて貰った後、お前の脚が痺れて立てなくなるくらい長い時間を掛けて、答えさせて貰うコトにするか。えっ、ソレはちょっと、あのっ(苦笑)


”でもきっと・・・”



その未来図がどんな構図でどんな色合いになるかは、もう既に目に見えている気がするが、な。



『MY SWEET SWEET SHOW TIME』


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『あいいろ。』の冬は『成篠』の冬、と言うコトでお誕生日とは全然全く関係のナイお話、しかももう今は何日だよ!って程に遅れまくってしまいましたが(笑)、とにかくおめでとう篠宮。相方を通じてアナタに巡り会って何年だろう、以前程の熱さは引きましたが代わりに深くしっとりと愛でさせて頂いています。
ネタ元は相変わらずの深夜のメセと、私の友人の息子が正座が出来ないと言うハナシから。や、ホントに正座が出来ないんですよその子(笑) 膝を付いての中腰あたりまではナンとか出来るんですけど、そっから先が全く。ソコから『ナンか、なるっちとかも正座が出来なさそうだよね〜』『あーっ、そうかも知んないっ』と、いつもの調子で始まり、ココに至ったという訳で。あ、ちなみに最初の方は敢えてちょこっと『篠成』みたいな含みがある様な書き方をさせて頂きました。どきっとされた方がいらっしゃいましたら、スミマセン。でも我が家の看板は『篠受け』一筋ですので、どうぞご安心をv
さてさて、今後なるっちは正座が上手くなるでしょうか?そして篠宮の返事は。ま、後者の方はもう見えているカンジがしますけどね(笑)
ソレでは最後に、本当におめでとう篠宮。今年もお祝いが出来て嬉しい限りです、そして来年もまたお祝いが出来ます様にv