生真面目な彼

 弓が無くても、弓を引く練習は出来るのだと篠宮さんが言った。正しい足踏みと胴造りの型につく。そして弓構え。勝手(右手)で矢をもち、弦があるかのごとくつがえ、ゆっくりと弓を引く。想像するのは近的、遠的、どちらでもいい。狙いを定めて矢を離す。勝手から離れた矢が地面に落ちたとき、身体と平行にあることが好ましい。ひどく歪んでいれば型は正しくなかったという事になる。
「伊藤。左肘が下を向いている。」
 夕食後、俺の部屋に来ていた篠宮さんが、読んでいた本から顔を上げて注意してきた。弓も矢もない、まったくの空で型の練習をしていた俺を、そっと見ていてくれたのだろう。俺の肘は関節が柔らかく、くるくるとよく動く。手のひらを地面と垂直にしたまま、肘の内側だけを天に向ける事なんて、なんてことないのだ。だがそれは弓がぶれる原因になる。どんなに狙っても、弓がぶれてはまっすぐ飛ぶはずも無い。俺が的を外す原因の多くはそこにあった。
「気をつけてるんですけど、つい。」
「習慣になってしまえば大丈夫だよ。」
「俺、頑張って上手くなりますから!」
 MVP戦で優勝し、俺は無事ベルリバティーに残れるようになったんだけど、相変わらず無芸無能なままで、弓道部に在籍していても未だ的まで矢が飛んだためしがない。というより寧ろ、一人では矢がまっすぐにすら飛ばないのだ。
「そんなにすぐに上達されても、困ってしまうのだが。」
 篠宮さんも子どもの頃は離れのタイミングを誤ったり、バランスを崩したりして弦で打ち、何度もみみずばれを作ったそうだ。右耳の後ろを切った事もあるという。耳たぶの裏に縦に長く走る傷はその名残だと苦笑していた。打ち身ひとつ作った事のない俺は、まだまだで、篠宮さんの足元にすら及んでいない。
 俺は、ベッドを背もたれにしている篠宮さんの隣に膝をついた。部屋にはソファなんて置いてないから、俺の部屋に来ると篠宮さんはいつも床に座っている。ベッドに腰を降ろして良いよっていうんだけど、ひとの布団に腰をかけるのは失礼だからと譲らない所がとても彼らしい。 
「篠宮さん。」
 ぎゅっと抱きしめると、鍛えたれた腕や胸が俺の身体に伝わってくる。二の腕なんて弓を引くための筋肉が盛り上がっていて、初めて触れたときはひどく驚いた。けれど、今は篠宮さんを構築する全てのものが愛しくて堪らない。見た目よりも柔らかな黒い髪が俺の頬にかかるから、もっと傍に居たくて俺は自分から頬ずりした。篠宮さんの手がなだめる様に俺の背中をぽんぽんと叩く。
「伊藤、どうした?」
「篠宮さんがここに居る事が、信じられなくなりそうで。」
 自分にも他人にもとても厳しくて、ちょっと融通が利かなくって。男同士だからとか、そういう事を誰よりも気にするタイプだと思っていた。だから時々見せる笑顔が俺だけに向けられていると思うと、本当に嬉しくてたまらないのだ。
「俺は伊藤を好きだと言ったはずだ。」
「・・・そうですよね。」
 そんな篠宮さんが、ちゃんと前を向いて「好きだ」と言ってくれる事実に、俺は自惚れても良いんだろう。俺だって負けないくらい篠宮さんが好きだから。抱きついて、羽交い絞めにして、やめろと言われるまでベタベタしていたい。同時に、先に青年の域に足をかけてしまった人を足止めさせる、その術を強く欲していた。
「俺も、篠宮さんが好きです。」
 篠宮さんの薄く開いた唇を指でなぞり、その頬に手を添え、俺は背中を丸めるようにして顔を近づけた。いつも見おろすことの無い、黒くて真っ直ぐな篠宮さんの瞳がゆっくりと閉じられる。
 と、突然、いい感じの雰囲気に水をさすように、ピピピッピピピッという電子音が鳴り始めた。
「おっ。そろそろ乾燥機が止まる頃だな。」
 腕時計のアラームを解除し、動きの止まった俺の腕からするりと抜け出すと、篠宮さんはいそいそと部屋を出て行った。
「え、え?え?篠宮さん?ちょっと?」
 やる気まんまんになったこの欲望はどうしたら良いんだ。几帳面に乾燥機の止まる時間をアラームセットする必要が、どこにあるというのだ。
 本当に、篠宮さんときたら毎日毎日、満面の笑顔で俺の身の回りの世話を焼いてくれるのだ。正直戸惑う。確かに、家事全般は得意な方だと言ってたけど、これじゃまるでプロのハウスキーパーだ。俺は日をおかずして、柾司君の手紙の本当の意味が解ったのだ。
 フローリングの上、ぴっちりと正座した篠宮さんが俺の洗濯物をたたむ。いくら綺麗になっているからって、下着まで膝の上に広げられては堪らない。
「篠宮さん、勘弁してくださいよー。」
 俺は篠宮さんの手から小さなプリント柄が並ぶ下着を引っ手繰ると、そのままギュウギュウと引き出しの中へと押し込んだ。頬っぺたどころか、耳まで熱くなっているのが自分でも分かる。
「俺、自分の事は自分で出来る男になりたいんです。だから、頼りないかもしれないけど、俺の身の回りのことは、俺に任せておいてください。」
 一瞬、篠宮さんはの瞳は大きく見開かれたが、すぐに柔らかな孤へと変化した。
「伊藤・・・・」
 わが子の成長を喜ぶような、子離れをちょっぴり寂しがるような、無償の愛が滲むその声に、俺のほうがホロリと来てしまうではないか。
「だ。だから、こんな事してもらうのは今日までですからね。」
「ああ。任せてくれ。」
 嬉々として再び洗濯物をたたみ始める姿に俺はため息をつく。こんな可愛い人に、俺の頭が上がる日が来る訳が無いと。




**************************************************************************

こちらは、いつも御世話になってるななりさんからいただきました、啓篠(何気に強調してみたよ)SSです〜vv
私が、ヘヴンをななりさんに布教して、まんまと(?)嵌って下さったのです…!
嵌ったのは篠宮受けではなく、西園寺受けなのですけどね(笑)啓太西園寺v
でも、篠宮も絶対受けと言ってくれたから良いんだー!それだけでも満足(笑)
そんなこんなで、ヘヴンに嵌めてくれたお礼との事で、この啓篠素敵SSを頂いたのでした!
もう、ななりさんの篠宮の描写がたまらなく好きです!
特に、啓太が事に及ぼうと盛り上がってるのに、篠宮は乾燥機の方が気になる所とか!!(笑)
篠宮の行動がどれも可愛くて、ホント、抱きつきたくなります!!
啓太、尻に敷かれる予感大ですね(笑)
ななりさん!この度は可愛い啓太篠宮を本当にどうも有り難うー!
もし気が向いたら、またヘヴン創作よろしくねv私も色々頑張りますゆえ…!(今しばらくお待ちを)