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頬を撫でる温い風は、春と共に………
『春』
「ぇっ…くしょん!!」
大きなくしゃみが、生徒会室内に響き渡る。
穏やかな春の陽射しが差し込むそんな昼下がり。
春の足音を聞きながらのんびり昼寝をしているであろう丹羽の姿を想像して、腹立たしさを覚えては、堪え切れないくしゃみがまたひとつ、中嶋の口から飛び出す。
だが今は、丹羽を生徒会室に連れ帰る気も起きない。いや寧ろ、こんな無様な姿を誰かの目に晒さずに一人やり過ごせる今のこの状況の方が好ましい。
授業中は、気力と薬とでどうにかやり過ごしていたが、放課後ぐらいは思い切り、身体の本能に任せていたいというのが本音だった。
そう。中嶋英明は花粉症なのだ…。
昨年までは花粉症の兆候は欠片も見当たらなかったのだが、今年になって急に目のむず痒さを覚え、くしゃみが止まらない事に気が付いた。
そして、なんといっても厄介なのは、少し気を抜くと流れそうになる鼻水で…(*:ヒデファンの方、すみません!!でも、私これでもヒデスキーです!!)
また、堪らずにくしゃみがひとつ飛び出して、傍らにあるティッシュに手を伸ばす。くしゃみと共に目に滲んだ涙を拭こうとメガネを外したその瞬間…
「な…中嶋…?」
「…篠宮…」
恐らく篠宮が生徒会室の扉をノックした音は、中嶋のくしゃみにかき消されていたのであろう。
ドアノブを握ったまま入り口で足を縫い止められてしまったかのように微動だに出来ない篠宮を見て、中嶋は今の自分の状況を冷静に判断してみる。
外された眼鏡。赤く潤んだ目元。頬を伝い落ちる涙。ティッシュの箱に伸ばされた手。
「…す…すまない…!」
そう言うと、篠宮は慌ててドアを閉め弾かれるように生徒会室を後にした。
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ビ…ビックリした…。中嶋が泣いているなんて…
生徒会室の扉に背中を預け、篠宮は先程見たあまりにも現実離れした光景をもう一度頭の中に思い起こしてみる。
鮮やかに甦ってくるのは、赤い目元に頬を伝い流れ落ちる透明な液体。
かなり泣き腫らしている様子だったな…。あの中嶋を泣かせるなんて…一体どんな事があったというのだ…。
あまりの驚きで思わず生徒会室を飛び出した篠宮だったが、冷静に考えると、中嶋程の男が泣く事態に陥っているというのに、
いくら非日常的な現実を目の当りにしたからといっても、中嶋の苦しみを直視できずに逃げてしまった自分の行動が、なんとも男らしくないような気がしてきた。
篠宮は一旦そう思い出すと、元来の世話好き気質が災いして、どうにも弱っている者をそのまま見過ごせなくなってしまう。
暫しの逡巡の後、背にしていた生徒会室の扉に向き直り、一つ小さな息を吐く。
脇に下ろしていた両の拳を軽く握る。
そして、大きく息を吸い込むと篠宮は、先程閉めた扉をもう一度、固めた拳でノックした。
「中嶋、篠宮だ…その…入っても…良いか?」
暫くの間の後、中嶋のいつもと違う若干鼻に掛かった声が、篠宮を生徒会室に招きいれた。
その、何時に無く頼りないような男の声音に篠宮は、事の重大さを感じずには居られなかった。
酷い胸騒ぎだけが、重く閉ざされる扉の音と共に篠宮の背後から鳴り響いていた。
「中嶋…」
重苦しい雰囲気を背負った篠宮が、真っ直ぐ中嶋の方へと歩みを進める。
そんな篠宮の姿を中嶋は、いつもと変わらない冴えたレンズ越しに眺めている。
只一つ、いつもと違うのは、レンズ越しの鋭い眼光が影を潜め明らかに紅く潤んでいるという事だけ。
中嶋の正面まで身体を進めた篠宮は、その瞳を間近で見る格好となり、改めて鼓動が速くなるのを感じた。
「中嶋…少し…話をしても良いか?」
篠宮は、そう言いながら腰を落とし床に片膝を付く格好で、椅子に腰掛けている中嶋の顔を覗き込む。
中嶋は、その流れるような所作を目で追いながらそっと眼鏡を外し、机の上へ置いた。
「俺が…何で泣いていたのか、知りたいのだろう?」
篠宮がなかなか言い出せずにいた言葉を中嶋は他人事のようにさらりと言ってのける。
その言葉に篠宮の黒い目が若干見開かれるが、すぐに冷静さを取り戻し、レンズの取り去られた中嶋の目を見詰め返す。
「中嶋…単刀直入に訊くが…一体何があったというのだ?お前の…こんな姿、二年近く共に学園生活を送ってきたが見たことが無い」
ああ、そうだろうな。俺だってまさか花粉症なんかにやられるとは思ってもみなかったさ。
そんな事を思いながらも、これからどうやって篠宮をからかってやろうかと、中嶋の脳内ではよからぬ企みが擡げられてくる。
真っ直ぐな黒い瞳や何か言いた気に薄く開かれた唇を眺めていると、別の箇所も準備万端擡げられそうな…そんな気もしたが…。
まぁ、焦って好機を逃すよりは、篠宮の弱い部分に訴えかけて揺さぶってその後で美味しくいただいた方が得策だと、
咳払いをひとつして中嶋はひときわ瞳に力を込めて篠宮を見詰め返す。
その視線の強さに中嶋のただならぬ決意を感じ取り、篠宮は中嶋の目から視線を逸らす事無く、覚悟を決めごくりと生唾を飲み込んだ。
「夢を…見ていたんだ…」
「夢…?」
中嶋は、連日の丹羽のサボりで疲労がかなり蓄積しており、普段なら決してしない居眠りをしてしまったのだと、
居眠りをしてしまった理由をさり気なく丹羽の立場が悪くなるような言い回しで、篠宮に告げる。
「その夢と…お前が…その、泣いていた事とは何か関係があるのか…?」
篠宮は、一つ一つ言葉を捜しながら慎重に中嶋に尋ね返す。
「ああ…。小学生の頃の自分が、夢に出てきた。あの頃の自分は両親が共働きの所為で、随分と寂しい思いをしていてな…」
などと、少年だった頃の自分が欠片も思ってなかった事が、篠宮の保護欲を刺激させる為だけにつらつらと中嶋の口から滑り出す。
延々と少年時代の中嶋の捏造不幸話を聞かされた篠宮の瞳には、次第に涙と思しき物が滲んできていた。
「どうした?篠宮…。今度はお前が、泣きそうな顔をしているぞ?」
そう言いながら中嶋は、篠宮の細い顎を取り顔を近づけていく。
「べ…別に泣いてなど…」
そう言って顔を横に背けた途端、一筋の涙が篠宮の頬を伝った。
そうだ…コイツはこういう男だ…。
自分の事ならならどんな苦しみにだって耐えるというのに、他人の為にならいくらだって惜しみなく本気で泣くことが出来る…。
こんな篠宮だから惹かれているのだろうと、柄にも無く中嶋は思う。
そして、そんな篠宮の涙に若干良心の呵責も覚えるのだが、取りあえず当初の目的を果たす為にと篠宮の顔を自分の方へと向けさせる。
篠宮の濡れた瞳と中嶋の視線がぶつかった瞬間…
「ぇ…っくしょん…っっ!!」
「な…中嶋??」
今まで我慢していた所為でひときわ大きさを増した中嶋のくしゃみが、生徒会室中に響き渡った。
その後も、一旦堰を切ってしまうと、くしゃみは中嶋の意に反して、止まる事を許してはくれない。
静かな生徒会室に中嶋のくしゃみの音だけが延々と響き渡る。
そうこうしている内にくしゃみだけではなく、涙までもがぽろぽろと流れ出してくる。
目を真っ赤にして涙を流しながらくしゃみをし続ける中嶋に篠宮は、段々、とあるアレルギーの症状とそのアレルギー名が脳裏に思い起こされてきた。
花粉症…アレルギー疾患のひとつで、アレルゲンである花粉を撃退する為に体が過剰に反応する。
その主な症状としては、くしゃみ鼻水目のかゆみ、目の充血…勿論症状が重ければ涙も…。
「中嶋…お前、ひょっとして花粉症なのか…」
篠宮の声が、春のうららかな陽気に反して、やけに冷たく、低く響いた気がした。
END(?)
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春、春は花粉症の季節です。
中嶋にも人間らしく都会っ子らしく、花粉症にかかっていただきました。
篠宮は絶対に花粉がよけて通ると思います。
それはもう、篠宮の○の穴を戴くのが至難の業なのと同じで、鉄壁の布陣です(何に対してだ…)
でも、BL学園の皆様には頑張って篠宮を落として欲しいと思いますv
落とし甲斐ありますよねぇvv
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