precious deal

 休み時間の度に一服するのは最早日課になっていた。
 誰も居ない屋上、打ちっ放しのコンクリートに直接腰を下ろして深く煙を吸い込む。やがて吐き出すのは紫煙だけじゃなくて。
「…はー…」
 否応無く思い出す今朝の光景、事有る毎に見慣れている筈なのに、何故か酷く、面白くなかった。獄寺も似た様な目には遭っていたが、凡て突慳貪に突き返した。その態度がどう受け止められ様と知った事ではない。大体何が嬉しいのか、奴の様にへらへらと笑う気には到底なれなかった。
「あー…くそ…っ」
 大して吸ってもいない煙草を乱暴に揉み消し、頭の後ろで手を組みフェンスに凭れ掛かる。見上げた空は憎々しい程に快晴で、余計に苛立ちが増した。
「………帰ろっかな…」
 此の儘早退しようかと思い始めたその時、
「あ、やっぱ此処に居たんだ」
 階下に続くドアからひょこりと山本が首を覗かせた。

「な、貰った?」
 にこ、と笑みを浮かべた山本が、細い指先で獄寺を突付く様にして云う。
「何を」
「だからチョコ」
「……はぁ?」
 躊躇も無くそんな事を訊き出そうとする山本の、或る意味酷い無神経さにちくりと胸が痛んだ。
「…っつーか何でてめぇに報告しなきゃなんねぇの」
「だって気になるじゃん、…友達としてはさ」
 ―――…友達、ね。
「俺が一体何時てめぇの友達になったんだよ」
 面白く無い気分の儘、山本を睨む。
「そんな睨むなって」
「…睨んでねぇよ」
「じゃ何よ」
「………」
 尚も問い詰め様とする山本に些かうんざりしながら思わず口を開き掛け、
「…やっぱ止めた」
 獄寺は不自然に視線を逸らした。
 ―――そういう山本は誰かからのチョコレートを受け取ったのか、なんて。
 馬鹿馬鹿しくて、訊ける訳が無かった。
「…なぁんだ。やっぱ貰えなかったんじゃん」
「勝手に決め付けんな」
「じゃあ貰えたのかよ」
「………」
「もー素直に認めろよ、獄寺」
「煩い」
 確かに誰からも受け取っては居ない。けれどそれは自ら拒否したからであって、風習だろうが何だろうが、好きでも何でもない相手から何かを受け取る気にはなれない。
 ―――大体何でてめぇはそう執拗な訳?
 獄寺が誰に何を貰おうと山本には関係無い、…山本が誰に何を貰おうと獄寺には関係無いのと同じ様に。
 苛立ちは限界に近かった。
 いっそその煩い口唇を塞いでやろうかと思いながら、
「貰ってねぇよ」
 吐き棄てる様にそう答えると。
 山本が、まるでほっとした様な微笑を浮かべて。
「………」
 今朝の、クラスの女子連中に取り囲まれていた時のへらへらした笑顔とはまるっきり違う、見た事も無いその表情に思わず視線を奪われる。
「…じゃあ俺がいいものあげる」
 そう云って獄寺の掌を強引に開くと、其処に握れる程の小さな何かを載せて。
 そしてそれが何かを判別するより先に、
「……っ」
 獄寺の頬に、口唇を押し当てた。
「…な…何、…今てめぇ何、」
 突然の事に動転し呂律の回らない獄寺に、
「何ってキスだけど」
「…接吻って…っ」
「口唇の方が良かった?」
 接吻けられた頬を抑えながら口をパクパクさせる獄寺を可笑しそうに見遣って、山本はもう一度笑った。
「…有り難く受け取れよ、獄寺」
 そう云い残して振り返りもせずに屋上を去っていく山本の背中、
「……何なんだよ…」
 まるで獄寺を掻き淫す嵐の様に。

 掌を開くと、チロルチョコが一粒。
 ―――こんなてめぇの食べ残しみたいなチョコレートでバレンタインとか云っちゃう訳?
「…ばーか…」
 小さく呟いて、
 けれど獄寺はたったそれだけの事が、ただ無性に、嬉しかった。

 ―――俺が一番欲しかったものを、山本は知ってたの?

 何よりも誰よりも。

2002/02/16
改稿:2006/02/05



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こちらの獄山小説は、真崎蓮太様の以前の作品の中から畏れ多くもいただきました小説です…!獄山バレンタインーー!!もうすぐバレンタインですしねv
獄寺がほしいものを山本はさらりと自然にあげる事が出来て、獄寺はそんな山本に悔しいな…と思いつつも、本心は凄く幸せで満たされてたり。
愛情表現が素直じゃないので欲しいものを欲しいと素直に言えなかったりするばかりか、逆に欲しいものを遠ざけてしまったりする所がある獄寺だけど、そういう部分を山本が自然にさらっと掬い上げてしまう…そんな二人の関係に、なんかもう、やっぱり獄山っていいなーと、感じました!!

隊長ー!本当に素敵な小説をありがとうございました!!