月光/Chiaro di luna
雲雀が此処に居ない事だけが何故か酷く不安だった。
今自分が居るこの十年後の世界が仮令どれ程の危険を孕んでいたとしても、それに関して山本は然して危機感を抱いている訳でもないし、屹度何処かで愉しんですらいるのだと思う。けれど、
何度か擦れ違ったあの人は、山本の知る雲雀とは矢張り違うのだという意識が何処かに在って。
…何も彼も見透かされてしまいそうで、あの人の顔を未だまともに見る事が出来ずに居る。
十年、という時間の距離がどれ程のものなのか山本には解らない。解らないけれど、屹度それは途方も無く遠くて―――確かに其処に居るのに、
幾ら手を伸ばしてもあの人には触れる事が出来無い様な気がして。
* * *
初めて雲雀と接吻した日の事を山本は今でもよく覚えている。
雲雀の気持ちも…自分の感情の正体すらはっきりとは掴めていなかった、春の終わりの頃だった。
暇さえあれば用も無く応接室に入り浸るのは最早日常になっていて、最初こそ取り付く島も無く突慳貪な態度を見せていた雲雀もその頃には、自惚れでなければ寧ろ山本を待っている様な節さえ見せていた。
一方的に喋る山本に雲雀が時折相槌を打ってくれる程度で一緒に居るからといって別に会話が弾む訳では無いし、意思の疎通なんて屹度無いに等しい様なモノだったけれど、友達だとか先輩だとか、山本の知るどの関係にも当て嵌まらない距離が酷く心地好いのは確かだった。
その距離を、縮めたいと願った事が無いと云えば嘘になる。
出来る事ならもっと近くに―――誰も知らない雲雀をもっと知りたかったし、誰にも見せない自分を知って欲しいとも思った。けれどそれは贅沢な望みだという事も解っていて、だから屹度、この曖昧な気持ちの儘自分達は続いていくのだと思っていた。
雲雀が自分を切り棄てない限りは、ずっと。
偶々昼休みに用事が有った所為で雲雀には逢えず、その日山本は、部活が終了した後着替えもせずに応接室へ向かった。雲雀がこの時間まで居るとは限らなかったが、それでも―――仮令僅かな時間でもいいから、彼に逢いたくて。
廻したノブは鍵が掛かっておらず、未だ此処に居るのだと思えば気が焦って、雲雀から小言を貰うのは承知でノックもせずに扉を開けた。けれど、
…雲雀は、居なかった。
「………、」
思わず漏れた溜息に気付かない振りをしながら、けれど鍵が開いていた以上帰宅はしていない筈だと云い聞かせ、雲雀が何時も座っている豪奢な椅子に触れてみる。其処には未だ雲雀の体温が残っている様な気がして、
「…………」
初めて、その椅子に腰掛けてみた。思いの他柔らかで心地好い感触に背を預けると、練習で疲れ切った躰から自然と全身の力が抜け落ちていく。
少しだけ、と軽く瞼を閉じて山本は其の儘、何時しか眠りに落ちていた。
どのくらいそうしていたのか、何処からか名前を呼ばれた気がして夢現で薄く目を開けると、息が触れ合う距離で雲雀に凝視められていた。
山本を覗き込む様な姿勢で屈む雲雀の腕は椅子の背凭れを掴んでいて、まるで雲雀に、拘束されているかの様で。
「ひばり、」
ああこれは屹度夢の続きなのだと思いながら山本は、深く考える事も無く腕を伸ばし、雲雀に触れた。頬に掛かる黒い髪を退ける様に指先を滑らし耳を露にするとそれだけで印象が変わり、何だか嬉しくなって無意識に笑う。
「………、」
その指を、
―――不意に雲雀の掌が包んだ。
「…な、に、」
指を絡める様に強く握り締められて、思いもしない反応に何故か躰が硬直する。
雲雀の表情は先程から少しも変わらないのに、けれどその眼差しは今迄見た事も無い程に真剣で―――、
「…ひばり…?」
指を掴む掌は其の儘に、伸ばされたもう一方の掌が山本の頬に触れて、ゆっくりと、撫でられて。
貫く視線は一度も揺るがず、瞬きすらせず、
あ、と思う間も無く接吻けられていた。
「……っん、ぅ…っ」
息が、漏れる。
触れるだけで直ぐに離れた口唇を追うと、雲雀は途惑う程の真摯さで以って尚も山本を凝視めていた。
「…ひば、」
云い掛けた口唇をもう一度塞がれる。
口唇を開き歯列を割って侵入してくる舌は酷く熱くて、…唾液を絡める様に貪られて。
「ふ、ぅん…ッン、…ん…っ」
顎を掴むその腕に、縋っていた。
突き放す事だって簡単に出来た筈なのに、山本は雲雀を、拒めなかった。寧ろもっと触れて欲しいとさえ、
「…ぁっ…は、…ぁんっ」
くちゅ、と音をたてて舌が離れるその間際、掠める様に口唇を舐められた。
初めての深い接吻に眩暈すら感じて、潤んだ視界で雲雀を捉え様としたが結局それは叶わず、ただきつく、抱き締められて。
「…っ雲雀…、」
やっとの事で発した声は酷く掠れていた。
真逆こんな風に抱き締められる日が来ようとは思っても居なかった。
何故雲雀がこんな事をしたのかなんて解らない、けれど言葉も無く接吻けられて、山本は初めて自分の感情の正体を理解した。
友達でも先輩でもなく、ただ雲雀の特別になりたかった。
雲雀と、接吻したかった。
雲雀をずっと、
「俺……雲雀が、好きだ」
喘ぐ様に、云った。
「…山本、」
雲雀の切れ長の瞳が僅かに見開かれ、確かめる様に山本はもう一度繰り返す。
「…雲雀が好き…」
やがてその瞳が柔らかく伏せられ、…笑っているのだと、そう認識すると同時に激しく接吻けられて。
* * *
…ずっと一緒だと思っていた。
此の儘続いていくのだと、疑いもせず。
叫び声を上げて山本は飛び起きた。
特訓の後、少しだけと思いながら結局其の儘寝入ってしまったらしい。身に纏っていた袴は随分と乱れ、その癖汗で肌に張り付いているのが気持ち悪い。
乾いた咽喉は恐らく実際には声など出していないのだろう―――そう感じた、だけだ。解っている。解ってはいたけれど、否定し切れずに口腔に溜まった唾液をこくりと飲み込む。
…厭な夢を見ていた。
呼んでも呼んでも届かなくて、それでも必死にその後姿に腕を伸ばし声を嗄らして。
「…雲雀…」
この世界に来てから毎晩の様に見るその夢が、ただ訳も無く怖かった。
夢だと解っている筈なのに、何故こんなに不安なのか解らない。
離れているから―――云い聞かせる様にそう思う。
此処が自分の居た世界より十年後の世界である事は、理解するとかしないとか以前に呆気無く受け入れた。考えた処で屹度理解など出来無いし、一旦受け入れてしまえば覚悟も出来たし馴染む事も簡単だった、けれど。
雲雀とはもう何度もセックスした。
数え切れないくらい接吻してセックスして、けれど何度激しく抱かれ様と山本の中に燻る得体の知れない不安は消え様とはしなかった。
この不安は屹度、元居た世界から引き摺ってきたモノなのだろうと山本は思う。
雲雀が、居ない―――たったそれだけの事で必死になって抑え込んで来た筈の感情が一気に溢れ出して、
夢にまで、見て。
抱かれる時、山本は時折雲雀の下の名前を呼んだ。恭弥、と。強制された訳ではなく山本自身が望んで、無意識を装って、まるで固執でもする様に。けれど雲雀は何時まで経っても山本を苗字でしか呼ばなかった。二人きりで応接室に居る時も、躰を繋ぐ、時も。
別にそれが不満だった訳では無いけれど、雲雀にとって自分と云う存在が然程の意味も持っていない様な気がしたのは確かだった。
「……恭弥…、」
呟いて、誤魔化す様にきつく瞳を閉じる。
躰が疼いて仕方が無かった。
雲雀に抱かれるのが好きだった。普段滅多に表情を崩さないあの人が、山本の中で昂って絶頂するその瞬間の、僅かに快楽に歪む表情を盗み見るのが好きだった。山本、掠れた声でそう呼ばれるのが好きだった。
此の儘孕んでしまえばいいのに、何度そう願ったか解らない。中に吐き出されたそれを意味無く殺すのではなくこの躰に、抱かれた痕跡をはっきりと植え付けてくれたら或いは、雲雀を縛り付ける事も出来たかもしれないのに。
衝動的に好きだと告げた山本に、雲雀は何も答えなかった。
ただ抱かれているという事実に縋るしかなくて―――信じたくて、けれど信じるだけの根拠も無くて、どうしようもない不安に押し潰されそうになる度山本は自慰に耽った。いっそ此の躰が女だったら良かったのに、そう思いながら雲雀に慣らされた後孔を弄った。
「あ…っあん…アんっ、ひあ…っ」
灯りを消した薄暗い部屋、雲雀の指を思い出しながら自分の躰に触れる。
それぞれ特訓を課せられ体力の限界ギリギリまで絞られている所為か、ツナも獄寺も砂の様に眠りに落ちているのだろう―――寝静まった其処に、咬み殺す事も出来ずに零れる山本の喘ぎだけが響いている。
「あん…あ、…あぁ…っ」
ぷくりと尖る胸の先、弄られて善がる山本を女の様だと微笑って執拗に愛撫された記憶。押し潰す様に爪を立てながら、雲雀は女を抱いた事が在るのだろうかとふと思う。今迄一度だって気にした事は無かったのに、今更まるで嫉妬する様にそう感じるのは屹度、
「っぁん…っきょ、…や…っ」
縋る様に、名前を呼んで。
其処に居ないあの人の体温を必死になって思い出そうとでもする様に自分の躰をきつく抱き締めながら、山本は疾うに昂って蜜を零している先端に爪の先を捻じ込んだ。其の儘、抉る様に尿道口を弄る。
「やあん…っあ、あふ…ぅあっ、あん…あぁん…っ」
自分で自分を慰める虚しい行為なのに、繰り返す度声は濡れ迸った。雲雀の声、指、吐息、濡れた舌、押し入る熱の圧迫感―――その凡てを思い出して。
「あ…っあぁ、…っん、あ、あぁっ…んやぁ…っ」
片脚の膝を折り、その奥に指を這わせ、いやらしく開閉する襞を撫でる。そして中指を襞の集束するその一点に押し当て、
「あぁ…っあ、あは…っん、ンぅ、…っあん、」
強引に、埋め込む。
ぐち、と湿った音が微かに響く。
濡れる筈も無い其処が、内壁からじわじわと緩んでくる。
「あんっ…あン…っふぅ…あ、ぅんっ」
夢中でペニスを掴み上下に擦り、雲雀の形を辿る様に抽挿する指を増やして。
掻き回す。
「んあぁ…っ、やん…っだめ、…駄目…っきょ、ぅやあ…っ」
此処に、雲雀が欲しかった。
その長い指先で滅茶苦茶に掻き回して、昂る熱で貫いて欲しかった―――不安など、忘れてしまうくらいに。
例えばあの時、雲雀を好きだなんて―――自覚なんてしなければ、或いはこんな苦しさを感じずに済んだのだろうか。
虚しいだけの自慰の後、山本は何時もそう思う。
繰り返し反芻される夢の中、雲雀は何時も、山本を拒む様に背を向けて立っていた。
幾ら腕を伸ばしても届かないその先で、雲雀が一体何を考えているのかは解らない。ただその後姿だけが山本を繋ぎ止めていた―――見失いさえしなければ何時かはあの人に辿り着く、そう必死に云い聞かせて。
あの背中に縋り付いてしまいたかった。
何処にも行かないでと、子供の様に泣き喚いてあの人を困らせてみたかった。
自分が居なくなった後の世界で、残った雲雀が一体どうしているのか、少しは心配してくれているのか、それとも自分の代わりに向こう側に居ると思われる十年後の自分と出逢ったりしているのだろうか、出逢っているのだとすればどんな会話をするのか―――十年後の自分と雲雀が一体どんな関係だったのかは知らないけれど、擦れ違っても表情すら変えない今の雲雀にとって自分は然して必要な存在ではなかったのかもしれない、
瞼を閉じるとそんな事を―――雲雀の事ばかりを考えている自分が酷く、惨めで。
自暴自棄になって屋上から飛び降り様としたあの日を境に自分は変わったのだと思っていた。どんな事が在っても凡てを受け入れ前だけを向いていようと決めた筈なのに、
今の自分は、屹度その頃よりも酷い。
…例えばもし、君なんて要らないのだと切り棄てられてしまったら、この先平常で居られる自信が山本には無かった。
だからこそ、
たった一言でいいから、何か云って欲しかった、のに。
* * *
其処が何処なのか山本には解らない。
ただ向こう側から僅かに差し込む月光だけが頼りで、
「雲雀、」
振り返らない事は解っているのに、山本はその背中に向かって何度も何度も呼び掛ける。
「雲雀…」
咽喉は嗄れ、
「雲雀……」
やがてもう少しで指先が触れる、そんな距離で。
雲雀が振り向く。
暗闇の中、逆光でその表情は見えない。どんな顔で自分を凝視めているのかなんて解る筈も無い。けれど、
「…雲雀…っ!」
何故か酷い焦燥を覚え、叫んだ。
応える様に長く細い指先が差し伸べられ、
「…武、」
初めて、名前を呼ばれた。
けれどその瞬間、覚束無い足許を浚う様な強い風が吹いて、
思わず目を伏せた僅か数秒、
「雲雀………!」
目の前に居た筈の雲雀の姿は跡形も無く消えて、
残像すら―――。
* * *
夢だと解っているのに溢れる涙は止まらなかった。
重い瞼を持ち上げる気にもなれずに、山本は両腕で顔を覆い隠した。こんな夢を繰り返し見るのは、…感情が不安定なのは自信が無いから、だ。自分が雲雀に想われている確証など何一つとして無くて、…自分が雲雀を想っていると―――その感情ですら曖昧になっていく様で。
逢えない、だけで。
此処にあの人が居ないだけで―――。
「…雲雀…、」
思わず呟いた、その時だった。
力無く横たわっているベッドが小さく軋んで。
「…武、」
夢の中で聞いた声と同じ、声で。
顔を覆う腕を怖々退かしたその先に、
雲雀が、居た。
「……ひ…ば、り…、」
声が掠れる。
夢ではなく実際に名前を呼ばれた事など今迄一度も無くて、だからこそはっきりとこの人が、殆ど会話も交わした事の無い、十年後の雲雀なのだと頭の中では理解している筈なのに。
自分を真っ直ぐに凝視めるこの人が、山本の良く知る雲雀と、重なって見えて。
「雲雀…なん、で…?」
此れも夢の続きなのかもしれないとふと思う。
触れたくて、…抱いて欲しくて、けれど結局この手に攫む事が出来無かったあの人の、
「…ほんとに…ひば、り…?」
有り得ない程に優しい手付きで髪を撫でる指先が、信じられなくて。
「夢じゃなくて…?」
震える腕を伸ばした。
頬に触れその口唇に触れて、確かめる。無言の儘その指先を捉われ接吻けられて、山本は耐え切れず雲雀を引き寄せ、縋る様に抱き締めていた。
―――躰が覚えている感触とは僅かに違う、…けれど確かに同じ匂いのする、男の、背中。
「…雲雀…っ」
小さく、叫ぶ様に。
力の入らない躰を横抱きにされて、其の儘此処と繋がっているらしい雲雀の本拠に連れて行かれた。
何度か擦違った時には記憶よりも随分高いその目線に途惑いもしたが、相変わらず華奢な様に見えて自分をこんな風に抱き上げた儘余裕でこの距離を歩く、意外な程の確りとした体格に驚くというよりは寧ろ何故か酷くどきりとして、間違い無く赤面しているだろう顔を隠す様に山本は、雲雀の首に廻した腕にきゅっと力を込め縋り付いた。
「…可愛い事するね」
ふ、と笑う様に囁かれた声は聞き慣れたそれよりも幾分か低くて、それだけで腰の奥がきゅんと疼く。
雲雀が脚を止めたのはどうやら彼の私室で、歴史の授業で習った桃山文化時代を思わせるその和室は然程広くは無いが、内装や調度品の一々が可成値の張るモノらしいという事は流石の山本にも解った。
「…凄ぇ、な…コレ、雲雀の趣味…?」
乱れていた袴は抱き上げられる時に雲雀が慣れた手付きで整えてくれた。その雲雀も和装の処を見ると、何事にも和風が彼の好みなのかもしれない。そんな事を思いながら訊くと、雲雀は少し笑って答えた。
「それもあるけど、君が和室の方がいいって云うから」
「………」
君、というのはつまり十年後の自分、で。
そんな事を云ってしまえる自分と、あっさり受け入れてしまう雲雀―――十年後の自分達が一体どういう関係なのかは解らないし確かめるのも怖かったが、少なくとも同僚だとか先輩だの後輩だのといった繋がりよりは深いのだと知らされた様な気がして、自惚れかも知れないけれどそんな些細な事が嬉しくて。
衝動的にその頬に押し付けた口唇、
「………君、」
僅かに驚いた様な視線で凝視めてくる雲雀、
「あ……ごめ、……っ、」
自分のした行為に今更狼狽し、慌てて謝ると些か乱暴に畳の上に降ろされて。
―――棄てられる、
「や…っ行か、ないで……っ」
咄嗟に躰を起こし着物の裾を掴むと、雲雀は目線を合わせる様に腰を屈め、微かに笑った。
「……行かないよ、何処にも」
「…ひば、り…」
囁く様な言葉に安堵したのも束の間、簡単に山本を振り解いて雲雀は立ち上がり背を向けると、庭に面している障子を、開いた。
「………っ!」
真っ先に視界に飛び込んできたのは夢で見た様ないやに大きな満月、
「僕を置いて行ったのは君でしょ」
背中を向けた儘突き付けられた、言葉。
「十年前も、今も―――僕を置いて消えたのは君の方じゃないか、…武」
静かなその声に、山本は初めて、雲雀が怒っている事を知った。
「…な、に…なんで、…雲雀…っ」
気が動転して、何を云えばいいのか解らない―――雲雀が何を云っているのか、理解出来無い。
「僕が、何も感じなかったとでも思ってるの?」
「………え、………あ…っ」
そして振り向き様、無意識に―――夢と同じ様に伸ばしていた腕を、強引に引き寄せられて。
「あんな風に泣くくらいなら、…最初から僕に縋れば良かったんだ」
染み付いている記憶とは明らかに広さも強さも違うのに、きつく抱き締められた腕の中、躰の芯に沁み込んで来る様なその感触は確かに雲雀のモノなのだと、今更思い知らされる。
繰り返し見た夢の中で一度も捉まえる事の出来無かった雲雀と隙間無く密着した儘、山本は言葉も無くただ、その背中に腕を廻した。
屹度自分は此れ以上も無く甘やかされているのだと思いながら、首筋に掛かる吐息に身を震わせる。
新技が完成するまではと、接触する事をリボーンに止められていたのだと雲雀は云った。
組み敷いた山本を覆い被さる様に抱き締めた儘、躰の至る処に接吻を落として。
山本は何も云えずただ、その体温を感じているだけで精一杯で―――雲雀はまるで独白の様に言葉を紡ぐ。
「君が不安を感じているのは知ってた、…擦れ違う度僕を泣きそうな瞳で見ていた事も」
「………、」
その掌は子供を宥める様にゆっくりと山本の髪を撫で、頬に触れて、紅く腫れた目許に触れて。
「…泣かせる心算は無かった―――君があんな風に泣く程思い詰めてるなんて、…知らなかったんだ」
声は低く穏やかで、けれどだからこそ雲雀の真意なのだと、解って。
「僕は昔から…君の事となると如何にも制御が出来無い。君が僕の前から消えた後もずっと…十年前も、今も―――毎晩君の夢ばかり、見てた」
「雲雀…、」
「…不安だったのは屹度僕も一緒なんだ」
雲雀がこんな風に真情を吐露するのは初めてで―――自分が欲しくて欲しくて堪らなかったモノが一体何だったのかを山本は漸く悟る。
それは雲雀の、弱さだった。
自分だけに見せて欲しかった。仮令僅かな距離でも離れたくないと、雲雀の口から云って欲しかったのだ、今迄ずっと。
「俺が居なくなって……心配、した?」
だから山本は訊いた。
「俺に、逢いたかった?」
僅かに、雲雀が頷く。
「俺の事―――思い出して、一人でしたり、した?」
「…したよ。君を滅茶苦茶に犯したかった―――本当は君が此処に来た時、直ぐにでも抱きたかった」
視線が絡んで、
「……っ俺、も…っ雲雀の事、思い出して…何度も、…一人で…っ」
抑えていた凡ての感情が溢れて、
一体幾日振りなのかなんて疾うに数える気もしない接吻を、交わした。
貪る様に、何度も何度も。
横たえた躰を背後から抱き締められて、中途半端に脱がされた儘背中を預ける。
山本を暴く雲雀の指先は酷く性急で、けれどそれがただ嬉しくて仕方が無かった。
「あぁ…っあん、…や、…っそこ、いや…っ」
肌蹴た胸を這う掌、尖った乳首を指先で捏ねられ強く引っ張られて、それだけで声が漏れる。
「胸だけでイけるでしょ、」
「え…あ…っやだ、」
揶揄う様に囁かれ、十年後の自分は屹度、雲雀の手でそんな躰に作り変えられてしまったのだろうと思えば、碌に触れても居ないペニスがビクビクと震えた。
未だ袴も下着も其の儘なのに、
もう片方の掌は布地の上から太腿や尻の肉を撫でているだけなのに、
「あ…っあ、あ、あ…っやだ、…っ出る、…出ちゃう、から…っや、…いやあっ」
首筋に強く吸い付かれただけで、山本は呆気無く放っていた。
「…ん…っ!…や、ん…っ」
袴の裾から忍び込んだ指先、下着の上から掴まれた先端を溢れた精液に擦り付ける様に動かされて、
「あ…っンぅ…、脱ぎ、た…ひば、り、…ねが、い…っ脱がせ、て…!」
途切れ途切れに懇願する。
顎を掴まれ否応無く開かされた咽喉、自然差し出した舌を咬む様に接吻けられて呼吸は更に乱れた。
その間に袴から左脚だけを抜かれ、後ろから差し込まれた掌に股間を執拗に撫でられる。その度ぐちゅりと響く卑猥な音が以前にも増して山本の聴覚を犯して、
「やだ、…雲雀、ちゃんと、…触って…直接、して…っ」
衝動に任せて自ら下着を押し下げると、射精したばかりのペニスは萎える事も無く勃起した儘、肌に触れる雲雀の熱を感じ取ってぷるぷると震えた。
「…君、暫くしない間に随分積極的になったんだね」
意地悪く囁く雲雀の声も濡れて、
「だって…っ俺、…雲雀が…っあぁ、んっ」
袴を脱がされた時と同じ要領で左脚だけ下着を脱がされ、股の間に雲雀の脚を差し込まれて。
「あ…っあ、ん……あ、」
右脚を抑え込む様に絡み付く雲雀の脚、自由になった左脚は其の儘持ち上げられて、陰嚢を太腿で擦る様に動かされる。
「んあっ…雲雀、…っそれ、や…っやだぁ…っ」
雲雀のペニスが、嬲る様に肉の狭間を行き来する。ふとした拍子に先端が孔の入り口に引っ掛かり、けれど瞬間期待する山本を焦らす様に逸らされて、
「あん…っん、あは…ぁんっ」
早く、奥に欲しかった。
躰を貫く痛みと熱さを、一秒でも早く確かめたかった。
「も…っ入れ、て…」
「全然慣らしてないけど…君の知ってる僕とは違うよ、いいの?」
「いい、…痛くてもいい、から…っ雲雀が、欲しい…!」
山本は後ろに手を伸ばし、ヒクつく其処を自ら開いた。強請る様に凝視めると、雲雀は口唇の端を持ち上げて笑っていた―――それは記憶にも在る雲雀が欲情した時の貌で、…十年後の雲雀も同じ様に自分に欲情するのだと思うと躰の奥がきゅんと疼いた。
「…お願い…俺の事、滅茶苦茶にして…っ」
半ば叫ぶ様に請うと、
「武…」
雲雀は満足気に笑うと山本の頬を一度撫でそして、押し当てた其れを、ゆっくりと挿入し始めた。
「あ…っあ、あ、あ…っ」
切っ先が容赦無く蕾を割り開いていく―――逢えない間幾ら自分で其処を弄って居たとはいえ何度繰り返そうと決して慣れる事の無いその感覚、狭い内壁を無理矢理押し広げる様に侵入してくる雲雀、何度も妄想し自分の指で追ったその感触とはまるで違う圧迫感、身を焦がす様な熱、抱き締められた腕のきつさ、そのどれもが簡単に山本を昂らせていく。
「あぁっ…あん、あっ、ひ…っひば、り…雲雀の、…大き、…ぃあアッ」
山本の右脚に跨る様な姿勢で雲雀は、左脚を高く持ち上げより一層深い結合を強要する。窮屈な姿勢に呼吸を妨げられて、大きく口を開け空気を飲み込み、山本は抱え上げられた左脚を雲雀の肩口に乗せて小さく腰を揺らした。
「動いて…っもう何も、解んないくらいに…」
淫乱だと思われても構わなかった、形振り構わずただ雲雀が欲しくて―――雲雀はそんな山本を僅かに瞳を細めて見遣ると、応える様に口唇に接吻を落としゆっくりと抽挿を開始した。
「あんっ…あぁ、あっ…やんっ、…あぁあっ」
慣らしていない其処はぎちぎちと軋みを上げ、きつく雲雀を食い締めて。
「んあっ…あんっあぁんっ…あ、ひあ…っ」
穿たれるその動きに合わせる様にして山本は、無意識に雲雀の腿にペニスを擦り付けていた。最早閉じる事も出来無い口唇からは引切り無しに声が漏れて、飲み込み切れない唾液が畳を濡らしている。
開け放たれた障子の向こう、差し込む月光に凡てを晒して、
其処に、
山本は何度も何度も繰り返し見た夢の、自分を拒む様な背中を思い出す。
「あ…っあぁ、ん、や…ひばり…っ雲雀…!」
―――こんな風に抱かれて尚不安を払拭出来無いのは、
「ちゃんと、繋いでて…っ俺の、前から…居なく、ならないで…っ」
喘ぐ様に云うと、雲雀は困った様に笑った。
「それを、君が云うの?…相変わらずバカだね、君」
「だって…っン、あ…!」
持ち上げた右脚ごと覆い被さる様に抱き締められ、噛み付く様な接吻をされて。
「…君を手放す心算なんて僕には無いよ、…十年前からずっと」
「雲雀…、」
「距離とか時間とか、君が気にしてる様なそんなモノはどうだっていいんだ、…君が僕を、」
云い掛け、けれど其の儘、雲雀は抉る様に腰を廻し山本を穿った。
「あんっ…あ、あぁ、ん、あ、は…っああ、んあっ…ひば、り…ぃっ」
「…名前で呼んで、…武」
耳元に掛かる雲雀の吐息、
「ん…っきょ、や…っ恭弥ぁ…っ!」
限界は、早かった。
「あぁア…っあ、あっあぅ、…んっや…も、駄目…っ」
凡てを搾り取る様に蕾をきゅっと閉じ、絶頂が近い事を伝える。
「なか、に…中に出して…っ恭弥の…中に、欲し…っ」
喘ぐ様に云って力の入らない躰を仰向けにすると雲雀は、山本の両脚を限界まで持ち上げ折り曲げて、窮屈な姿勢の儘もう一度口唇を塞いだ。
其処からまるで、雲雀の想いが流れ込んで来るかの様で―――、
「あんっ…きょ、や…恭弥、…イく、イかせて…っ俺の、中でイって…っ」
繋がった其処が捲れ上がる程激しく穿たれて、
「んあ…っ、ひ、ぃあぁァぁ…ッ!」
雲雀の奔流を躰の一番深い場処で受け止め、一際高い悲鳴を上げて山本も達した。
繋がった儘、背後から抱き締められて障子の向こうに見える月を二人一緒に見上げる。
こんな風に雲雀の腕の中に収まってしまうなんて初めてで、それは多分今だからこそ出来る経験で―――山本は何となく元の世界に残してきた雲雀に申し訳無い様な気持ちになりながらも、その腕を振り払えずに居た。
今頃、何をしているのか―――二十四歳の自分がもし雲雀に逢っていたら、屹度我慢出来無くて強引にでも抱いて貰っている様な気がした。
「…何考えてるの」
「ん…雲雀の、事」
「………」
その視線を受け止めた儘では多分、訊きたくても訊けなかった―――今だからこそ、
「なぁ、一つだけ訊いてもいい?」
「なに」
「…俺の事、ちゃんと、…好き?」
抱き締めてくる雲雀の腕が僅かにぴくりと反応した。怖くて、確かめる事も出来無い儘腰に廻された腕をきゅっと掴む。
「………酔狂で男なんか抱ける訳ないでしょ」
雲雀の声は少しだけ掠れて、
「…俺に解る様に、云って」
強請ると、はぁ、と大袈裟に溜息を吐かれる。
「そのくらい察しなよ。相変わらず君は……もういいや」
怒った様に呟いて、
「いいやって、」
振り向こうとする山本を遮る様に雲雀は、不意打ちの様に耳元で小さく囁く。
「愛してる」
「……っひば、り、」
瞬間じんわりと全身を侵す甘い眩暈、耐え切れなくて、山本はもう一度接吻を強請った。そして、
「雲雀、もう一回…して、俺を抱いて…」
囁くと、雲雀は滅多に見せない綺麗な笑顔を浮かべて、
山本の口唇を、塞いだ。
2008/03/25
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こちらも、真崎蓮太様の以前の作品から譲り受けました小説第二弾です!
ヒバ山…思いあってるのにすれ違ってしまう二人が切なかったですが、ようやくお互いの想いを確かめ合う事ができ、抱き合えた二人の姿に、幸せな気持ちになりましたv
し…しかし山本エロいですね…!!ハァハァ
も…あとですね、ヒバ山に和服に和室に障子に月ってのがですね、また最高なシチュエーションでして…!!艶っぽいというのは、まさにこういう事だと実感です!!
本当に、素敵な小説をありがとうございました!!大切にさせていただきますー!!
今までの隊長の素敵な作品の数々に、感謝の気持ちで一杯です。
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