紅く染まる木々が夕日に照らされ、更に濃い紅となる秋の夕暮れ。 リバティースクールにある弓道場は、そんな秋の風景に違和感なくとけ込んでいた。 白壁は夕日の朱を纏い、時折吹く秋風が届ける落ち葉の紅を、入り口の白い敷石が静かに受け止めている。 また風が吹き紅が舞う。 秋の侘びしさを伴う静寂の風景の中、出入り口の引き戸が静かに開かれた。 現れたのは、ベストにスラックスの制服姿の青年。 教科書が入った学生鞄と、弓道着や足袋の入ったバッグをまとめて右手に持ち、表に出る。 風が吹き、青年の艶やかな黒髪を軽く乱す。 少し目を伏せて、風と目に掛かる髪をやり過ごすと、青年は振り向いて弓道場の入り口を閉じ、左手に持っていた鍵で施錠した。 鍵を無造作にバッグの中に落とす。 一見無造作なように見えるが、バッグの中にあるポケットに、鍵はちゃんと入っていった。 弓道場の鍵は、決まってそこに入れているのだ。 青年の几帳面な性格が伺えた。 鍵をしまった後、さっき乱れた髪を簡単に直すと、弓道場を後にして歩き出す。 背筋を伸ばし、すっきりと歩く後ろ姿に見られる、若いながらも実力のある弓道家らしい、落ち着いた隙のない所作。 均整のとれた、やや細身の体つき。秋風に微かに流れる、艶やかな前髪。前髪の下の切れ長で凛々しい瞳と、整った中にも生真面目さを感じさせる引き締まった顔立ち。 その全てからは凛とした和の風情が感じられた。 青年の姿は秋の風景と自然な調和を見せながらも、一抹の清しい緊張感を生み出していた。 校門に続く道に出て、少し足早に歩き続ける。 背後になった学園の建物には、まだ学生が残っているのだろう。昼間ほどではないが幾ばくかの騒がしさがあった。 その喧噪でさえ、青年と、秋の静かな風景を乱すことはない。 静寂が乱されたのは、青年自身の持つ鞄から。 甲高い金属音が、何度か鳴って消えた。 バッグを降ろし鞄を探る。 中から取り出した携帯電話を開き、ボタンを何回か押した。 無表情に近かった青年の顔が、優しく和む。 少し目を細めて携帯のディスプレイに見入る青年の黒髪が、また風に揺れた。 携帯を持ったまま校舎の方を振り返り、少し困ったように微笑むと、再び携帯に目を落とした。 辿々しい手つきで、ボタンを何度も押す。 あまり携帯電話、とくにメールを打つのには慣れていないようだ。 巧みに弓を扱う姿や、男ながらも家事を器用にこなす日常の彼からは、考えられないような不器用な指使い。 それでも何とか打ち終えたのだろう。安堵の溜息を一つつくと、送信ボタンを押した。 送信完了を確認し、携帯電話を閉じる。 鞄に電話をしまい込むと、地面に置いていたバッグを手に取った。 再び歩き始める。 何事もなかったように、秋の静寂が青年の周囲に戻っていった。 携帯電話を持って、窓際に立っている学生がいた。 メール着信を知らせる音と同時に、メールボタンを押し、受信ボックスを開く。 持った通り、彼の人からのメール。 今夜、部屋へ行く。 ―篠宮― 自分が彼に送った文章に比べると、驚くほど短く簡単な文面。 彼らしいと思いながら微笑むと同時に、こういう物に不慣れな彼が、これだけでも返事を寄越した事に小さな満足を感じ、学生は携帯電話を閉じて窓の外に目をやった。 そこにはベルリバティースクール弓道部部長兼学生寮寮長、篠宮紘司の姿はすでに無く、物寂しい秋の風景だけが取り残されていた。
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