「ソレにしても驚きました、まさかキヨがそんな恰好をして来るだなんて」

でも案外と似合いますね、素敵ですよ。そんな言葉と共にゆっくりと上下する、夕暮れの暗がりでも良く判る君のキレイ色をした両の瞳。くすりと零れる、笑み。でも対する俺の口から出たのは、

「・・・その言葉、そっくりそのまま君に返すよ」

などと言う、ちょっと刺々しい音色を纏ったヒトコト。そんな俺に、君が返すのはサスガに少々むっとした様な声。そのままって、ナンですかその言い方は。だって、だってさあっ。

「だってまさか、梶本クンが浴衣着て来ると思わなかったんだもん」

言いながら、大袈裟な仕草で頭を上下させながらじいっと見遣る、目の前の姿。口を尖らせ零す、ちくちくとした嫌みの様な呟き。しかもそんな、慣れたカンジでさ。ズルいよ、正に予想外だ。すると、困った様な笑みで君が返す言葉。でも、ソレを言うならキヨだってそうでしょう?キヨだってほら、いつもの甚平じゃなく今日は浴衣を着ている。そして指差す、俺が着る黒地の裾に唐草みたいな大きなエスニック模様が染め抜かれている浴衣。確か、浴衣は裾が面倒クサいから嫌いって言ってましたよね。なのに一体、どう言う風の吹き回しでそんな恰好を。鋭い指摘に、うっと詰まる声、すっと横にずらす視線。ソレは、つまり。つまり、ナンです。だからつまりさあ、コレは、その。

『へえ、花火大会あるんだ』
『ええ、有名なヤツではありませんので余り規模は大きくありませんけど』

でもその分空いてますからゆっくり見られますし、中々キレイですよ。そんなコトを、いつも通りに君を送る電車の中で君から聞いたのは、丁度一週間くらい前。だから速効で誘った、だったら行こうよ、俺も見たい。君と一緒に、夏の華を見たいと。すると君は、優しい笑顔でこう言ってくれた。

『・・・僕も、同じコトを言おうと思ってました』

そんな訳で取り付けた、今日の花火の約束。ちなみに(言わなくても判る、って言われそうだけど)この手の、特に花火やお祭り系のイベントは基本的に大好きな俺。しかも好きなコと行くとなれば、尚更気分はぎゅんぎゅんと上向き。なのでそろそろ新しいラケットが欲しいなと思い溜めていた小遣い&お年玉の残りを一気に叩き、買って来た黒い浴衣と小物一式。そしてソレをいつも行ってる美容室で着付け、ついでに髪まで少し弄って貰いいざと乗り込んで来た待ち合わせの駅。しかしソコにいたのは、俺よりももっとずっと着慣れたカンジで、紺地のグラデーションの掛かった浴衣を着て淡い生成り色の帯を締め、手にした黒い扇子でむっとする夏の大気を濯ぎながら立っていた、君の姿。悔しいけど、完敗だった。ソレくらいにキレイで、そして良く似合っていた。事実、恐らく俺達と同じく花火大会に行くのだろう駅から絶え間なく吐き出されて来る、手を繋いだカップルや浴衣姿のオンナのコ達数人のグループ、ソレからビーサンに甚平と言った野郎連中の視線は皆、君を掠めて行く。やられた、本当に本気でやられた。そう思いつつ、改めて上から下までじっくりと見る君の艶姿。すると、そんな俺の態度や口調に流石に気分を害したのだろうか、ぱちんと扇子を閉じた後でついっと横を向いた、ラインのキレイな顔。唇が零す、ぴりっとしたヒトコト二言。良いです、教えてくれないならばもう結構です。花火大会には、僕ヒトリで行きますから。そして俺を置き、さっさと歩き出す看板で示された会場の方向。その背に向かい、声を上げる俺。あっ、待って待って、置いてかないでよっ。知りません、勝手にして下さいっ。もう、梶本クンってばっ。

雪駄の俺とは違い、君は焼き目のキレイな下駄みたいなモノを履いていた。ソレが夏の日差しに焼けた歩道橋のタイルを蹴る、ころんころんと言う心地良い音。帯に差し込まれた、財布入れかな。小物入れみたいなモノから下がる小さな鈴が零す、涼しい音色。ソレを聞きながら、思い出す。着物は腹が出てないと似合わないって、俺の着付けをしてくれた知り合いのスタイリストさんは言ってた。でも、そんなコト全然ナイじゃん。しゃんと伸ばした背と細身の身体を包む、ぴんと糊の利いた潔い程に柄のナイ無地の布地。きっちりと結ばれた帯が乗る腰、早足ながらも控え目に運ばれる足元で揺れる裾。うん、似合わないことナンて全然ナイ。寧ろ君の全身から、堪らなく優しく甘い香りが漂ってる。本気でそう思った、夏の夕暮れ。


『浪華』