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心の自然治癒能カをあげるために
まつたに鍼灸整骨院・院長 松 谷 行 晃
1.「こころのツボ」
私は鍼灸臨床をはじめて17年になります。今までに延べ約5万例の症例を扱ってきました。
東洋医学においては自然治癒能力を上げることを第一義としています。自然治癒能力とは、自分の持っている治ろうとする力、生体反応のことであるとお考えください。
元広島市民病院外科部長であった先生が、よく胸部のレントゲン写真を見ながら「自律神経の乱れが生じている時には、脊椎上に必ず反応する部位(ツボ)がある」とおしゃられていました。
西洋医学的には、自律神経失調症のひとつとして脊椎過敏症と記載があり、その反応部位とレントゲン写真の異状として現れてくる部位とが、相関していると言う事でした。
また先生は、脊髄液の流れと自律神経の関係に着目されており、「脊髄神経を覆う膜の内側にある脊髄液の流れが悪くなると自律神経に影響を与えるのではないだろうかと言う仮説に立って、この点に灸を施してみたところ、多くの症状に改善がみられる」と言う事でした。
私どもではこれらを、追試研究していくうちに、意識の興奮(こころの動揺)とも関係している傾向が多く認められることから、それ以降、その反応点を「心のツボ」と呼んでいます。
2.鍼灸院の現場から
人の体が不具合になる原因は必ずしも科学的に説明できるものばかりではありません。ましてや「心のツボ」に灸を据えればハイ完治などということはあり得ません。けれども劇的な回復を見せる患者さんたちがいることもまた事実です。
私はこうした人たちに興味を持ち、いろいろと語り合う中で、あることに気づきました。 これからそのことについてお話ししたいと思います。
【1】 こころとからだ
症例1 40代女性、不定愁訴
不定愁訴とは、字の如く訴えが定まらずあそこが痛い、ここが痛いと全般的に特定できない症状と考えてください。
この患者さんは、実は1回の施術だけで来院しなくなった患者さんです。
わたしの経験上、1回だけで治るものとは到底思えない症状なので、どうしているのだろうかと心配していたところ、心配をよそに、かなり日数がたってから、ひょっこりとやって来ました。
そして、彼女の口から「おかげさまでよくなりました。」と言うのです。
私は驚いて、彼女の背中を調べました。すると、以前にあったはずの、「心のツボ」の反応点がなくなっているではありませんか、確かに症状と共に改善されているのです。
わたしは、不思議に思い「ほんとうに治っていますよ。でもどうしてでしょうね。私はたったl回治療しただけなのに…」
そのとき彼女はこう言いました。「先生に診ていただいたとき、『あなたは元気ですよ』と言われたので、そのことを、自分に毎日言い聞かせるようにしていたんです。そうしたらだんだんよくなったんですよ、これは先生のおかげでしょう」
私はこのことがきっかけで、意識が人のからだに影響するのではないかと思い始めたのです。
そこで、もし意識がからだに影響するなら、どのような言葉かけを、すればよいかということについて考えました。
【2】こころが安定するひとつの考え方
症例2 全身火傷のお婆さんの話
この患者さんは、若い頃親のかわりに建物疎開に出かけて広島で被爆した人です。
命からがら帰ってきた彼女はその全身火傷ゆえに、親にさえ我が子と気づいてもらえない程の火傷をおっていました。さらにそのことを理由に決まっていた縁談も破談になってしまったそうです。
普通に考えればたいへん不幸な半生ですから、少しは世をすねたところもあるだろうと先入観をもって彼女を見ておりましたが、なぜか彼女には少しもそういったところがありません。とても素直で明るいお婆さんなのです。
私は矢礼を承知で尋ねました。「お婆ちやんは、たいへんな人生を送ってきたのに、どうしてそんなに素直で明るいままでおれたんかね?」
彼女は「隣の家にねえ、悪い息子に手を焼いとる人がおられて、かわいそうに思い、それで、あなたも苦労じやねえ、かわいそうじやねえって言うとね、『ああ、私は前世で悪いことをしたんかねえ』と言われたですよ。」 「そのとき目がさめましてね、今までは私が不幸せなのはOOのせい、あの人のせい、言うてたのが、『もしかしたら、わたしも前世で悪いことをしたのかもしれん』と、今おかれている原因が、自分のほうに向いたですよ、そうしたら、世の中がありがたいですよ」
「ありがたい」この言葉は、別のお婆さんも口にしていたことを思い出しました。
このお婆さんの夫は少し弱っていて、よくおもらしをしますが、それを後始末するのはいつもお婆さんなのです。
ある時、老人会に夫婦で出席していた時のことです。人前で、夫がおもらしをしてしまいました。
そのとき彼女は、にっこりと笑って、みんなに「ごめんね」と謝り、不平不満を少しも見せずに、「これも命があることよねえ。ありがたいねえ」と言いながら後始末をしたそうです。
お年寄りの口からよく「ありがたい」「もったいない」「おかげさまで」と言う言葉が出ます。
思いますのに、人間の生きる意味のひとつとして、「このことを、いかに深く感覚として感じる事ができるか」と言うために生きているように思えます。
私の鍼灸院に来院される患者さんの予後を観察してみますと、この言葉が多く出る人ほど治りが早い傾向があり、こころが安定する考え方のように思えます。
そこで、患者さんにはつとめてこうしたことに関する言薬をかけていくようにしてみました。
【3】こころの安定と症状の変化
症例3 頭痛・吐き気・不眠を訴える痴呆のお婆さんの話
この人は初め、「ボケが進んで『ものを盗られた』言うちゃあ、近所中を歩く」ということで息子さんが、困り果てて連れて来られました。
いわゆる痴呆の症状です。その他にも、頭痛・吐き気・不眠を訴えられていましたので、「心のツボ」を調べると反応があり、そこを治療点として中心に施術したところ、痴呆以外の症状は軽減したのですが、肝心の痴呆の方はいっこうに治りません。そこでお婆さんの言葉によく耳を傾ける事にしました。
お婆さんの話。「うちの息子はほんとにつまらんで(出来が悪い)ねえ。娘は3人おって3人ともええんよ。それにひきかえ息子はねえ、バツ1の子持ちと結婚しよってその人にも死なれたんよ、その後、子供に財産みなやってうちへ戻ってきよった。こんなが(息子が)ほんまに(本当に)つまらん。」
こんな話しを、繰り返し話しているお婆さんに、私はある日言ってみました。
「お婆ちやん、毎日ここへ連れてきてくれるのは誰ね?」「OO(息子のこと)よ。」「ほうね、息子さんが連れてきてくれるんじやね。ええねえ。」言い方は日によって変わりますが同じ様なことをお婆さんに繰り返し語りかけてみました。
そのような日が何日か過ぎて、またお婆さんが息子さんのことを話し始めたときのことです。
「お婆ちやん、4人のお子さんを育てたんじやね。みんなお婆ちやんに育ててもろうたんじやね。」という私の言葉に、お婆さんは、 「ほうよ。でもおってくれる(面倒見てくれる)のは息子だけじやあ」と答えました。 そしてこの日初めてお婆さんの口から「息子のおかげ」という言葉が聞かれたのです。
その日から、お婆さんの話の中に息子さんへの感謝の言葉が、日に日に増えていきました。そして、それとともに痴呆の症状も次第に軽くなっていったのです。
お年寄りの痴呆の原因のひとつとして、無意織の「死への恐怖」から逃れようとする心のしくみがあるのではないだろうか、と思う事があります。
真に感謝の心を持てるようになった人はその恐怖から少しでも解放されるので、痴呆の症状が軽くなるのかもしれません。
【4】こころからからだへ
症例4 二十代女牲、不安症
この女性は、不眠と腹痛を訴えてこられました。
背中の「心のツボ」にも反応があります。 そこで施術しながら話をしてみました。 「いつから眠れなくなったんね?」
「半年前から」
「そのとき何かあったんかね、思い出すことはない?」
「つき合ってる人がいるんですが、占い師に、『あなたは結婚しても、2~3年で別れる』って言われたんです。それ以来その人と会うと緊張して眠れなくなって、近頃はもうずうっと…。」
「一番眠れるのはお酒を飲んだときかなあ。350mL缶ビール、3本あけてやっと眠れる。」
一回目の治療時には、信頼関係が構築されていないので、努めて必要以上の事は、聞きませんでした。
私は基本的に相手のことをいろいろ間きだそうとはしません。人には話したくなるとき(時機)というものがあり、そのときが来れば話すからです。
その後、1回の治療で、「だいぶん眠れるようになった」と言って再び来院して来ました。
二回目の治療中の事です。彼女の口から自然に少しずつ、仕事のこと、家族のこと、つき合っている男性のことなどを話し始めました。
本当につらかったのでしょう、彼女の話は、堰を切ったように続きました。涙を流して話す彼女の話しを聞きながら、私は一つ質問しました。
「どうして占い師の言葉に迷ってしまったんかねえ?」
「両親の夫婦仲が悪くて、うちには対話がなかったんです。こんなふうになりたくないと思ってました。とくに父がいやで…。小さい頃から『男なんてこんなもんだ』と考えてて、男性が信じられませんでした。手を握られてもムシズがはしるっていうか…。それに私性格悪いし。冷淡っていうのかなあーお父さん入院しても『ふーん』って感じ。」
聞き役に徹していこうと思っていた私はこれを聞いて思わず言ってしまいました。
「性格悪いって言うけどね、そういうのはホントはないんじやないかな。対話のない家で、がんばって、両親の事を思うあまり、あんたずーっとええ子でおらんといけんかったんじやろう。自分を殺して人に合わすのに慣れすぎて、人と接触するのが下手なだけではないかな」
「人は生まれたときはそりや、透明なきれいな珠みたいなもんで、悪い言うても汚れがついとるくらいのことで、その汚れを「癖」と言ううんよね。これは汚れなんだからふけばきれいになるもんなんよ。あんたはその汚れに気づいたんだから、気づいた人はきっと拭こうとするものなんだから、今からなんぼうでも変われるよ。最初は、あの人ええなーと思う人のマネでええから始めたら」
「いろんな事に迷った時、何を信じて良いか迷ったとき、自分が何をしなければならないかは、本当は自分自身の心に書いてあるんだけど、汚れがついとると見えんけん、素直になったらそれはとれるからね、きっと見えるよ。」
「今回、あなたは病気になってよかったんじやない。病気になった『おかげ』でいろいろ考えて、40年先の人生を明るくすることができるんよね。」
それを聞き終わると彼女は言いました。
「じやあ、お父さんにどう言うたらいい?」「まず行ってね、『元気?』って一言いうて帰ってくりやあええ。それで何かあったら、『ありがとう』も言って、やさしさも種を植えんと芽は出ないけえね。」
鍼灸院を出てから彼女はお父さんの病院に行ったそうです。それからしばらくして、お父さんの退院後、父娘の関係が変化して、会話ができるようにもなりました。
その後、彼女の不眠はかなり解消しましたが、それでも:一度だけ症状が悪化したことがあります。まだ彼氏との緊張関係が続いているのかと思って尋ねてみると、彼とは会っていないとのこと。
何か心当たりはありますかと言うと、お母さんと結婚について話をして以来よくない状態であることがわかりました。
「その時のことをちょっと話してくれる。お母さんとどんな話をしたんかね。」
「お母さんにとって結婚って何なのかって間いた。」
「お母さんはなんて言った?」
「結婚は『忍耐よ』って一言」
確かによく言われる言葉ではあるのですが、不用意に使うとまずい言葉でもあります。というのも、これは場面によっては子どもの存在が否定されるものだからです。
私は言いました。「まあ、それはね、お母さんの愚痴よーね。そう思って聞きんさい」
現在彼女は不眠の症状もなく、彼氏と会って極度に緊張することもなくなっています。 患者さん本人の体によい意識をもってもらおうと思っても、家族のありようによっては、悪い方へひっぱられてしまうこともあるという症例でもありました。
3.おわりに
こころにトラブルが起きるとそれはいつか体をもむしぱんでいったり、その逆であったりする例もあります。また、体のトラブルは、心のトラブルによって増幅されるもののようです。鍼灸院でたくさんの人に出会って私はそう考えるに至りました。
傷ついた体・病気にむしばまれた体がいつか治るように、心にも自然治癒ということがあるようです。その力はどうすることによって得られるのか、私は、素直になって、いのちの存在を見つめることで、自分に起こりうる総ての出来事や、自分と関わりのある人々に感謝する気持ちによって得られるものだと思います。
その事に気づくきっかけのひとつとして、先祖から脈々と受け継がれてきた「命のバトン」を今自分が手にしていることへの感謝が、大切であり、ひいては、まわりのものすべてに対して心を開かせるのではないでしょうか、 開かれた心は素直で強く、生きていく上で出会う様々な困難を、自然に切り抜けていく術を私たちに与えてくれると私は確信しています。
人が心を開く瞬間に流す涙は、
内なる病巣を洗い流し
感謝を招き入れるための空間をつくる
医道の日本 通巻674号 平成12年5月号 発表
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