夢惑う世界 草紙<蜃気楼>
夢惑う世界 蜃気楼 その109 発行日   2010年3月21日
編集・著作者     森 みつぐ
  季節風
 3月も下旬を迎えるのだが、今年はまだまだ雪の舞う寒い日が続いている。それでも、気温がプラスになると、少しずつではあるが雪は減ってきている。私が走っているジョギングコースのうち、約2%ほどが、どうしても雪の上を走らなければならない。冬の間、一度も除雪されない市の歩道や防風林のような針葉樹が立ち並んだ歩道は、未だに雪がたっぷり残っている。
 バッコヤナギであろうか、白っぽい花が寒風の吹き荒ぶ中でも大きくなってきている。路傍の雪も解け草地が現われ始めているので、まもなく蕗の薹やタンポポも顔を出し始めることだろう。
  言いたい放題
 エコな物を買うとお得という企画が、いろいろと出回っている。省エネ電化製品、エコカー、省エネ住宅など、低所得者にとっては、買い替えなくてはならなくなったテレビや冷蔵庫がある場合だけのように思われる企画だが、それでも高い買い物となってしまって、お得という訳でもなんでもない。またエコな電力として、自然エネルギーが注目されている。主に、風力発電や太陽光発電がそれである。
 温暖化対策として、太陽光発電を一般家庭に広く普及させることになっている。太陽光発電で余った電力を、電力会社が買い取る制度も始まっている。ここまでの流れに関しては、私も賛成であるが、その先の施策が、どうしても納得いくことでない。来年4月から買い取った余剰電力に要した費用を、電気を利用する人たちから電気の使用量に応じて負担すると言う太陽光発電促進付加金(太陽光サーチャージ)の制度が開始されると言う。
 ソーラーパネルを取り付け、太陽光発電を行える人たちと言うのは、そもそも持ち家がある中流階級以上の、それなりに恵まれた人たちであろう。彼らは、余剰電力を売ることによって得をするのだが、その得をする分を負担するのは、結局、自分では太陽光発電に参加できない低所得者たちなのである。低所得者たちにとっては、エコポイントの恩恵も少なく、更に、エコ電力のための負担まで強いられると言う踏んだり蹴ったりである。強者が、結局、得をすると言うこの制度は、やはり納得できない。
  つくしんぼの詩
 先日、札幌のグループホームの火災で7人が焼死した。痛ましい事故である。そこには、信じられない現実があった。夜間、職員がたった一人で勤務しているのである。それも、入居者が自力で歩行することも出来ない人たちである。火事が起きたとき、火元を消化できなければ、一貫の終わりとなることは明らかである。
 でも施設は違法な状態ではなかったと言う。入居者の多少はあるが、グループホームは、全国に9300箇所があり、増える一方である。このままでは、同じことが繰り返されるような気がする。早く対策を打つ必要があろう。
  虫尽し
 台湾でも、よくウォーキングをしている人たちを見かける。駅近くの山や丘で採集していると、午後2時、3時を過ぎると、突然、次から次へとTシャツに短パン姿の中年の人たちが現われ、通り過ぎて行く。最初、"なんだ!なんだ!"と思っていたら、毎日のように現われるので、ウォーキングしていると言うことが分かった。
 その中に、日本語で話しかけてきた老人がいた。流暢な日本語を話す日本に対して好意的な人だった。虫を採り、写真を撮っていると、今日もまた、日本語が虫と共に飛んできた。
  情報の小窓
『経済が急成長している最中はさまざまな社会集団がすべて同時に利益の恩恵を享受しています。この意味で、さまざまな社会集団が得られる利益は実質的に一致しています。
 それでも、経済危機が発生した時に、どの社会集団に属するかによって、境遇にかなり激しい格差が生じるのです。社会は、経済が上昇気流に乗り続けている時には連帯していても、下降時には、分裂しながら落ちてゆきます。経済情勢が破綻をきたして転落する時には、ニセモノの社会的調和の感覚は引き裂かれてバラバラになる可能性があります。』
 集英社新書「貧困の克服−アジア発展の鍵は何か」アマルティア・セン著

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