夢惑う世界 草紙<蜃気楼>
夢惑う世界 蜃気楼 その21 発行日 2001年2月25日
編集・著作者   森 みつぐ
  季節風
 三寒四温が始まった。夕暮れ時に蚊も姿を現し、そろそろ空き地には集団見合いの場となる蚊柱も立ち昇りそうである。ところで蚊柱は、古代景雲(慶雲)と云って、縁起のいいものであったみたいである。朝廷の庭に大きな蚊柱が発生したことを祝って、元号が景雲や慶雲に改まっている。昔のことだから、さぞ大きな蚊柱だったのだろう。これから、夕暮れ時のジョギングは、気を付けなくてはなけない。この蚊柱に突っ込むと、望まなくても食べてしまうからである。中華料理には、蚊の目玉を使った料理があるとのことだけでども・・・。
  言いたい放題
 凶悪重大な交通事故(犯罪)に対して、重罪を課すことを望む声が大きくなってきた。交通違反が基で命を奪われたことに対する罪への償いが余りにも軽いと云うことである。
 豊かさの象徴として、アイデンティティの拠り所として、個人主義の担い手としてマイカーは、なくてはならない物の筆頭である。この恩恵に浴するためには、運転免許証が必要になるが、ある程度のルールと、運転できればいいのである。
 ここで問題なのは、ひとつとしてルールを知っていることと守ることとは別物であると云うことである。ふたつとしては、最大限注意をしても事故は起こると云うことである。いくら相手が悪いからと云って、殺していいという理由にはならない。
 運転免許証を持っていると云うことは、本来運転のプロであるはずなのだが、実際はそうとは限らない。免許証を取るには、時間と金さえあれば猫も杓子も取ることができるのである。人の命を託せるかどうかの適正判断は、二の次である。
 交通犯罪者に重罪を課す前に、まずしなければならないことは、飲酒運転、蛇行運転、信号無視等々のルール違反者に対して、不適格者として免許を剥奪することである。
  つくしんぼの詩
 先日、公団住宅でお年寄りの夫婦が亡くなられていたのが見つかった。それも、死後数カ月経ってからである。私の両親と、ほぼ同じ齢である。
 戦後、アメリカ的豊かさを求めて経済成長を見事に成し遂げた。ひと昔前の長屋的アパート生活は生活の一部を隣近所に厄介にならなければならないものであった。それ故、人間関係は濃くなる。しかし今では、アパートと云えども見かけ上は完全に独立して暮らしていけるようになった。
 人間にとって温もりのある生き方というのは、どんなことなのだろうか。一人ひとりが孤立を求めても、人間は、集団生活をしなければ生きていけない動物なのである。
  虫尽し
 ガーナのぱっとしない疎林の中を歩いていた。どうも、この辺りは採集に向いていないみたいである。暫く川でボケッとしていると、犬を連れた3人の男が銃やなたを片手に、川を渡ってきた。彼らは、これから森林へ狩りに行くとのことである。”ラッキー!”と思って私も付いていくことにした。20分ほど付いて行くと、彼らに、”遠いので邪魔になるから帰りな!”とばかり追い払われてしまった。”この野郎!俺を知らねえな!!””あ、そう!”・・・。
  情報の小窓
 『これまでの日本人にとって、仕事は自己アイデンティティの大きな一部でした。仕事は自己の全人格を打ち込むべきものとされ、職場が心理的にも第一義的な準拠集団であることが当然視されていました。残業は、実際の仕事上必要なものであると同時に、心理的なコミットメントを試す「踏み絵」としても機能していたと言って過言ではありません。「サービス残業」はそのよい例でしょう。』
 講談社現代新書「<能力主義>の心理学」岡本浩一著(社会心理学)

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