夢惑う世界 草紙<蜃気楼>
夢惑う世界 蜃気楼 その66 発行日 2005年11月13日
編集・著作者    森 みつぐ
  季節風
 秋も深まってきた。良く聞こえてきていたアオマツムシもツヅレサセコオロギの声もすっかり途絶えてしまい、今はときどきカネタタキの声が風に乗って聞こえてくるだけとなってしまった。今朝、洗濯物を干していたらヤマトシジミの雄が、元気に私の前を横切って行った。幸せ一杯のチョウである。
 通勤途中に今春まであった広いバス車庫には、いろんな雑草がはびこっていて、そこを通るのが楽しみだったのだが、今は、大規模なショッピングセンターに代わってしまった。私にとっては、全く殺風景な通りとなって季節は失われてしまった。・・・もうすぐ冬である。
  言いたい放題
 10月末の新聞に、「サービス残業 古河電工14億支払い」という記事が載っていた。相変わらずサービス残業は、続いている。副社長曰く、「大半は業績が厳しい中で、社員が自主的に少なく申告していた」と。何を今更、うそぶいたことを云うのだろうか。今まで、そのような行動を取るように暗黙のプレッシャーをかけ続けてきた結果であろう。
 そんな折、11月に入って、今度は、私の住んでいる静岡県で、「賃金不払い倍増」という記事を見つけた。賃金不払いは、ここ数年ほぼ増加を続けていると云う。増加を続けていると云うよりは、以前からサービス残業は存在していたのだが、内部告発のためらいがあったため少なかっただけだろう。それがサービス残業撲滅へ向けての対策が、奏を効してきたため、労働者の生の声が挙がってきたのだろう。
 良い方向なのだが、このままサービス残業は無くなってゆくのだろうか。経営側は、手を変え品を変え、今までのサービス残業に匹敵することを、恰も合法的な方法のように、止めどもない残業を労働者に強いてきている。その一つが裁量労働者と見なして、一定の残業時間を上乗せした賃金だけで、際限のない労働を労働者に課すようになってきた。
 そして競争社会に拍車を掛ける政府は、民に出来ることは民にと、いかにも民に任せれば全て上手くゆくかのように、企業を絶賛する。
  つくしんぼの詩
 立冬も過ぎたのだが、ここ沼津ではまだまだ秋である。今週、一週間ぶりにジョギングしたらコース沿いの街路樹プラタナスがすっかり葉っぱを落として、丸裸になっていた。
 夏の間は、大きな葉っぱで身を覆っていて気付かなかったのだが、葉っぱを落とすと何とも哀しげな光景となる。枝は打ち落とされ、幹さえも無惨に切られている。電線の邪魔をしないためである。全く街路樹のことを考慮した街造りになっていない。街路樹は、物ではないというのに。
  虫尽し
 セネガルの田舎町ニョロ・ドゥ・リの町から、てくてくと一時間ほど歩いた灌木の広がった場所で採集していた。そして車道から10分ほど歩いたところには大きな池があった。
 池には、ときどき角のあるような変な生き物が、岩の上に頭を出していた。昆虫採集どころではない。ある時、池の周りを歩いていると、池に中に入ってゆくカメの後ろ姿を見つけた。“あっ!これだ!!”角は、確認できなかったけれども、あの得体の知れない生き物の正体はカメのようだった。“さて、次は虫さんだ!”
  情報の小窓
『これからの社会で、社会的ジレンマ問題を含む社会問題の解決を模索するために最も重要な課題は、感情や「みんなが」原理などの、人間の持つ非合理性の「本当のかしこさ」に、社会の中でどのような役割を担わせるかを考えることにあると、筆者は考えています。それと同時に、お説教ではない教育を行う必要があるでしょう。「お説教の教育」というのは、「他人のためにつくしなさい」という愛他主義を育むための教育です。この「お説教の教育」がなぜ失敗するかは、すでに説明しました。教育がうまくいって愛他主義を身につけた人たちが、教育に失敗して利己的なままの人たちに搾取されてしまうからです。』
 PHP新書「社会的ジレンマ「環境破壊」から「いじめ」まで」山岸俊男

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