三岐鉄道開業70周年記念
キハ1・E102・ワ1
TMS692号(2002年1月)
三岐鉄道キハ1(旧色) 2001年6月4日 完成
三岐鉄道E102 2001年10月11日 完成
三岐鉄道ワ1+ワ2 2001年10月12日 完成
2001年11月4日 完成
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 三岐鉄道は今年(平成13年)7月23日で開業70周年を迎えました。私もその開業70周年を祝うため三岐鉄道の全車輌を目標に製作を続けてきました。しかしながら、開業時に新造されたガソリンカーのカラー写真や資料が無いため製作ができませんでした。
 そんな状態で途方に暮れていたのですが、地元の鉄道研究家で三岐鉄道に詳しい椙山満氏に相談したところ、当時のガソリンカーの塗装を記憶しておられ、車体が茶色、屋根が鉛鍛色ということがわかりました。それで、キハ1型開業時スタイルを製作することが出来ました。
 さらに三岐鉄道の70周年記念事業で、開業時に新造された蒸気機関車E101形102号が、三岐鉄道に里帰りして復元静態保存が決まり、その復元状態で製作することが出来ました。

キハ1形 
 キハ1形は、三岐鉄道が昭和6年7月開業に合わせ、日本車輌より5輌購入したもので、仲間には同図面で製作れた江若鉄道キニ3が知られています。第二次大戦で、ガソリンが配給制となり確保が難しく、代用燃料として木炭ガス発生装置が取付けられていたそうです。戦後はディーゼルエンジンを購入し、ガソリンカーをディーゼル化していきました。しかし、これらの気動車も電車の普及で昭和32〜50年にかけて次々と売却、廃車されていきました。
 TMS541号では、別府鉄道円長寺駅跡で「哀れな姿」で放置と記したのですが、その後の平成5年に再び別府鉄道へ訪れたときには、きれいに改修され保存されていました。さらに、平成12年にも改修され大変美しくなっています。

 < 車 体 の 製 作 >
 現在は、kitcheNから車体キットが発売されていますが、製作開始時点では未発売でしたので、いつも同様図のようにプラシートを切り抜いて作ります。t0.3プラシートを使い、車輌竣工図表・日車の車輌史図面集(鉄道資料保存会発行)より寸法を割り出し、表へ硬めの鉛筆でケガキ、窓などをPカッターで抜いていきます。側板が仕上がったら、内張り・補強板を接着します。前面も同じ要領で加工します。最後に、ウインドウシル・ヘッダー・雨樋の取付ですが、シル・ヘッダーはワープロフィルム、雨樋はエパーグリーンのプラ棒を利用し接着します。窓の保護棒はφ0.3真鍮線です。

 < 屋 根 の 加 工 >
 屋根板はGマックスの国鉄キハ04キットのものを利用し、図のように短縮・幅詰成形します。尚、内面で動力ユニット部分は0.5mm程度薄く削っておきます。ベンチレーターはkitcheNの小型ガーランド型を取付けます。

 < 下 ま わ り >
 床板は、Gマックスのものを短縮・幅詰成形し、動力ユニットは津川洋行のTU-2-11を車体に収まるよう現物あわせで削り、回転するように図のように改造して使用します。片台車動力ですが走行性は十分です。ガソリンカー時代のエンジンははっきりわかりませんのでGマックスの客車用エンジンで代用します。その他の機器は適当に並べておくことにします。
 台車は、TR26系なのですが、国鉄キハ04用は軸距離が1800mmで三岐キハ1形は1500mmのため、模型にすると2mm長く大きすぎなのですがこれで我慢します。カプラーは、当時は5輌のガソリンカーの単行運用しかないので両方ともダミーとしGマックスの国鉄キハ04用を車体付けするためカプラーポケットは根元からカットしておきます。
 排障器はエバーグリーンのプラ棒で自作して取付けます。

 < 塗 装 >
 ディーゼル化された頃に塗装も1色から2色へと変更されたそうなのですが、今回は開業時ということで茶色1色塗りとします。椙山氏の記憶をもとに、車体をグンゼのマホガニー、屋根をGマックスの西武ラズベリーで塗装します。床下はすべてつや消し黒とします。

  < 仕上げ・その他 >
 まず窓・扉の木製建具ですが、開業当時は内外ともニス塗りだったそうです。しかし、模型では塗装で表現するしかなく、ニス塗りに近い塗色がなく困りましたが、アサヒペンのライトブラウンが一番近いようです。Gマックスキット付属のアクリル板に、ライトブラウンに塗装したワープロ用フィルムを貼り、図のようにガラス部分を切り抜きます。それを両面テープで貼り付けます。ヘッドライトは実車は自動車用なのですがタヴァサの電車用シールドビームで代用します。乗務員ステップは銀河モデルのパーツを加工して取付けます。
 レタリングはGマックスの国鉄キハ23用白文字、社紋はくろま屋で特注の金マットを転写して完成です。

E101形102号
 
 E101形も、三岐鉄道が昭和6年7月開業に合わせ、101号を日立製作所、102号を汽車製造で新造したものです。昭和29年の電化に伴って先に102号が同年2月に廃車となり大阪窯業セメント(現住友大阪セメント)伊吹工場に売却されました。しかし、同工場専用線も2年後に電化、電気機関車ED501形いぶき(TMS678号参照)が導入され引退しました。その後、長らく同工場で保存されていたのですが、三岐鉄道の70周年記念事業で里帰りが決まり、前照灯や煙突の形状など三岐鉄道時代の姿に復元し、西藤原駅ウィステリア鉄道公園に三岐通運DL(TMS599号参照)と共に静態保存されることになりました。(ウィステリア=藤原町の町花フジの英語読み)現役当時は藤原方が前だったのですが、太陽光などを考慮して富田方を前として展示されています。
 101号は昭和30年に廃車、日本レーヨン(現ユニチカ)宇治工場へ売却され、さらに信越化学工業武生工場へ売却され、ここで最後を迎えたようです。
 模型では現在の復元スタイルとして製作しました。

 < 車 体 の 製 作 >
 プラシートを図のように切り抜いて作ります。車輌竣工図表・日本型蒸気機関車の製作(機芸出版社昭和38年発行)より寸法を割り出し、キャブ・炭庫・サイドタンク部分はプラストラクトのt0.25プラシートへ硬めの鉛筆でケガキ、まず裏からケガキ針で突いて最初にリベットの表現をします。それから窓などをPカッターで抜いていきます。屋根は、Gマックス近鉄2610系キットのものを利用し、それにリベットを突いたt0.25プラシートを貼り重ねます。
 ボイラーはエバーグリーンのφ8.7プラパイプを利用します。妻面はt0.25プラシートで蓋をし、煙室扉はt0.5プラシートから削りだします。サンド・スチームドームは図のようにφ5プラ棒から成形、安全弁ベースはφ2プラ棒より成形します。煙突とコンプレッサーのみカワイのB6より切り出して利用します。煙突は上部がそろばん玉状になっているので、t1.0プラシートを接着して成形します。チリコシはGマックスキットの避雷器流用です。安全弁はKATOのC11用、ホイッスルはφ0.6真鍮線からの削り出しです。手摺はφ0.25、空気冷却管などの配管はφ0.3真鍮線で割ピンで固定します。
 前照灯は小型の庇付なのですが、ちょうど良い製品がないので、φ1.0プラ棒より自作しました。
 < 下 ま わ り >
 床板は、基本的にはt0.5プラシートより図のように成型します。デッキつかみ棒・エアーホース・エアータンク・排障器は銀河パーツを利用、連結器開放テコはφ0.3真鍮線で、テコ受けはボナファイデの割ピンDを途中で90°ねじったものです。ステップはプラシートから自作です。連結器は前面はダミーでKATOのC11用、後面はKATOカプラーをタヴァサのTNカプラー用ポケットを加工して首振り構造とします。
 今回は展示用で意匠重視のため、動力は初めから無しとします。動輪とピストン〜メインロッドはカワイのB6用を利用しますが、B6とは動輪ピッチが異なるため、ロッドのみkitcheNで洋白エッチング特注しました。動輪のバランスウェイトの形状もB6とは異なるため、図のようにt0.25プラシートより切り出して貼り付けます。従輪はちょっと径が大きいのですがワールド工芸のピポット無スポーク車輪を利用します。動輪の軸受部分のみ摩耗と強度を考えてt1.0真鍮帯材より製作しました。従輪部分は若干の首振りを考慮して孔を大きめに空けておきます。軸受と床板の固定はφ1.4ビス留めとします。

 < 塗 装 >
 すべて、Gマックスの黒で塗装します。軸受部分のみつや消しとしました。丸窓部分廻り、ホイッスルと一部のコック類にカンペハピオの真鍮色メッキ仕上げ塗料を差しておきます。ロッド類は実車はすべて磨き出しなのですが、模型では真鍮色と銀色を1:1で混ぜたメッキ仕上げ塗料を塗りました。

 < 仕上げ・その他 >
 まず窓の木製建具の桟がニス塗りですが、キハはブラウン系ニスのためアサヒペンのライトブラウンとしたのですが、このE102は今回建具が更新され、クリアーニス塗りとなったためアサヒペンのゴールドアンバーが一番近いようです。Gマックスキット付属のアクリル板に、桟部分をゴールドアンバーに塗装したワープロ用フィルムを貼ります。それを両面テープで貼り付けます。炭庫には津川洋行の黒色シーナリーストーンを積載します。ナンバープレート・社紋は赤色ステッカーにくろま屋で特注の金マットインレタを転写、クリアーで表面をコートしてから切出して取り付れば完成です。

 ワ1形
 ワ1形も三岐鉄道が開業に合わせ、梅鉢鉄工所で8輌新造したものです。同時にワフ1形2輌も新造されました。後に国鉄などから譲り受け最終的に46輌が在籍しました。最後までワ27(TMS600号参照)が救援車として残っていましたが昭和61年に廃車となりました。今回は、蒸機に合わせて開業時から活躍した木造車を製作することにしました。

 < 車体・下まわりの製作 >
 車輌竣工図表より寸法を割り出し図のようにt0.5プラシートから自作します。木板張りの表現はPカッターの筋彫りとします。
縦桟はエバーグリーンのプラ棒利用です。連結器開放テコはφ0.25真鍮線、手すりはランナー引きのばし線です。
 屋根はGマックスの近鉄2610系キットを利用し、上にt0.25プラシートを貼り重ねます。
 下まわりは、KATOのチビ貨車用を図のように短縮して利用します。ステップとブレーキテコは銀河モデルのパーツです。カプラーはKATOカプラーとしタヴァサのTNカプラー用ポケットでビス留めとします。

 < 塗装・仕上げ >
 塗装はすべてつや消し黒を吹き付けます。ステップとブレーキテコは白に塗ります。最後にくろま屋で特注のレタリングを転写して完成です。
 今回は三岐鉄道のイベントでの展示に間に合わせるため、動力無しとしましたが、今後は動力を搭載していつものようにユーレイ貨車とするつもりです。


 これで、めでたく三岐鉄道の開業70周年を祝うことが出来ました。
そして、写真の提供などいろいろとご指導して頂いた椙山満先生と三岐鉄道の皆様に感謝しお礼申しあげます。