三岐鉄道 ハフ10形11〜13
ハフ10形(11〜13)←ハフ1形(1〜3)
 ハフ10形は6輌存在したが、ここでは第二次大戦以前に譲受した3輌から紹介する。この3輌は戦時中のガソリン不足のためガソリンカーに代わって、蒸機牽引の客貨混合列車とするため導入された。塗装は、当初ガソリンカーと同じ茶色一色であったが、ハフ11・12は戦後に気動車と共に緑色に黄色帯に変更された。
 ハフ11・12は、1932(昭和7)年1月、汽車製造(現川崎重工業)で竣功した鶴見臨港鉄道(現JR鶴見線)の電車モハ50形51・52である。廃車となったものを1941(昭和16)年5月に譲り受け、客車化・ホイールベースの改造などを行って三岐鉄道ハフ1形1・2として竣功した。1949(昭和24)年12月に改番されてハフ10形11・12となった。半鋼製車である。旅客輸送の電車化がはじまり、1957(昭和32)年6月には2輌とも廃車になり、北恵那鉄道(現北恵那交通)へ売却されて同番で使われていた。しかし、1966(昭和41)年12月に廃車解体された。
 ハフ13は、1904(明治37)年、鉄道作業局新橋工場で製作され、日露戦争のため満州の野戦鉄道提理部へ渡り、ポーツマス条約後には南満州鉄道フハユ1となった。満州から帰国し、1919(大正8)年4月に藝備鉄道(現JR芸備線)ハユブ1となった。しかし、1937(昭和12)年7月に買収されて鉄道省ハユブ1となった。鉄道省で廃車となったものを1943(昭和18)年1月に譲り受け三岐鉄道ハユフ1として竣功した。しかし、製造から40年近く経っているため、同年5月鉄道省名古屋工機部で木造の車体を新造してハフ1形3と改番した。旧車体は富田機関区の倉庫として利用されていた。1949(昭和24)年12月に改番されハフ10形13となった。戦時中の木造車体のため短命で1956(昭和31)年6月に電車導入で廃車解体された。

ハフ10形の鉄道省・鶴見臨港鉄道・北恵那鉄道時代の詳しい情報をご存じの方、写真をご提供頂ける方はご連絡(メール)お待ちしております。特に、三岐鉄道のカラー写真お持ちの方是非ご提供お願いします。
2016.8.13 更新
主要諸元
形式 車号 最大寸法(長巾高) 自重(t) 定員(席) 走り装置 備考
ハフ10 11・12 9500×2640×3750 10.47 50(26) 2軸 ハフ1形ハフ1・2と諸元は同じ
13 7990×2640×3505 9.33 50(22) 2軸
ハフ1 3 7990×2640×3505 8.50 55(12) 2軸
ハユフ1 1 7590×2570×3340 7.84 (10) 2軸
車輌画像
椙山満氏 撮影

鶴見臨港鉄道
モハ52+モハ51
(回送直後)

三岐ハフ2+ハフ1

戦前

富田機関区

三岐鉄道 所蔵

水野照也氏 撮影

ハフ11

1954.10.14

富田機関区

三岐鉄道 所蔵

吉川文夫氏 撮影

ハフ13

1954.8.16

富田機関区

三岐鉄道 所蔵

水野照也氏 撮影

ハフ13

1954.10.14

富田機関区

Copyright (C) Satoshi Nanno. All rights reserved