髪につく蟻緑蔭も憩はれず
青蚊帳の粗さつめたさ我家なる
仔鹿追ひきていつか野の湿地ふむ
衣更前もうしろも風に満ち
衣更老いまでの日の永きかな
蓮散華美しきものまた壊る
嫗の身風に単衣のふくらみがち
炎天や笑ひしこゑのすぐになし
夏書の筆措けば乾きて背くなり
ひしひしと声なき青田行手に満ち
舷燈の一穂に火蛾海渡る
万緑や石橋に馬乗り鎮むる
トンネルに眼つむる伊賀は万緑にて
蛍火の一翔つよく月よぎる
吉野青し泳ぐとぬぎし草刈女
泉の底明し顔浸け眼ひらけば
待つ長し電線つかみ仔燕等
夏雲航く地上のことを語りつづけ
青櫨が蔽ひ久女の窓昏む
鑰はづし入る万緑の一つの扉
万緑やわが額にある鉄格子
一切忘却眼前に菜殻火燃ゆ
菜殻火の火蛾をいたみ久女いたむ
つぎつぎに菜殻火燃ゆる久女のため
万緑下浄き歯並を見せて閉づ