第206号     2006. 8. 1
 
  ながれ研究集団 発行
194-0041 東京都町田市玉川学園 5-23-3
TEL    042-732-8362
FAX    042-732-8362     E-MAIL   ifr-sato@mtf.biglobe.ne.jp          
 
    テポドン狂騒曲             佐藤 浩  
 
0.はじめに
 サッカ−の世界大会が終わったので、 今回の話題は、どうしても北朝鮮のミサイル試射ということになります。日本中を挙げて大騒ぎの、気狂いじみた毎日でした。
 
1.試射の意義
 冷静に考えて、今回の試射がどれほどの事件性を持つのでしょうか。どこの国でも、新しい武器が開発されれば、その試射を行うのはごく当然のことです、小さな拳銃から、小銃、機関銃、大砲、ロケット砲に至るまで、試射をしなければ、その性能、精度などのデイタが得られません。日本では自衛隊の試射のニュ−スはあまり伝わりませんが、日常茶飯事として屡々行われていることは確かです。もしそれを行っていないとすれば、ひどい怠慢として、糾弾さるべきものです。性能もはっきりしない武器を、ただ持っているだけでは全く役に立ちません。戦前には陸軍は演習地で、海軍は海上で、試射をすることは稀ではありませんでした。海軍が、軍縮会議で保有を禁じられた戦艦を、太平洋で泣きながら試射で撃沈したのは有名な話です。試射が誰かに損害を与えない限り、それが非難されたことはありません。現在でもアメリカも、中国も、ロシアもそれぞれ試射を行っているはずで、それが国際的な関心の的になったことはありません。
 今回の事実を考えると、開発された短距離、中距離のミサイルのテストという、それも弾頭を積まず、自国の領海内に落ちるという小さな事件です。誰も死なず、怪我もしませんでした。日本で全国民が大騒ぎするのは全くの的はずれです。レバノンで何百人も殺されている事に、もっと騒いでも良いではありませんか。ピョンヤンでの協定に違反したと騒ぎますが、日本もこの協定に忠実に従っているとは言えません。
 
2.日本国民の狂気
 日本人は今度のような事件にどのように対応すればいいのか、少しも分かっていません。どこかの国がミサイルを開発したとき、試射をしてみるのはごく当たり前のことで、これを北朝鮮だけの異常な、非道な行為と思う事は出来ません。例えば日本で、ある種のミサイルが設計、製造されたなら、それの試射を行わなければ、きちんと働くことは保証されないではありませんか。北朝鮮や日本のように国土の狭い国では、陸上は危険で、海に向けて撃つほかありません。そのことを非難してはなにもできないのです。今回の試射は誰にも害を与えるようなものではありませんでした。弾頭を付けないで、しかも自国の領海に落ちたのに対して、どうして気違いじみた非難を浴びせなければならないのでしょうか。このように言うと、お前は北朝鮮の回し者だろう、という非難が返ってくることは分かっています。日米戦争の前に、アメリカを擁護はおろか、理性的な判断をするように呼びかけただけでも、お前はスパイだ、非国民だ、売国奴だと怒鳴りつけられたことを思い出します。日本人には強い愛国心があって、感情的に敵を見出すと、それに同調しない、批判的な人間を徹底的にやっつけるという国民性が伝えられているのに驚くばかりです。日本人はやはり、挙国一致で戦うのが好きな国民なのだと思うと、背筋が寒くなります。
 
3.政府の無策
 今回の日本政府の態度は、完全に国民に迎合しています。拉致事件に端を発した、北朝鮮憎し、という国民感情を利用して、国民の支持を確保するために、国民と一緒になって北朝鮮非難の合唱です。素早く国際連合に北朝鮮非難決議案を提出しました。これはその素早さから、事前にアメリカと協議、、あるいはアメリカに押し付けられていたものでしょう。民主主義の体制では政治家が国民のご機嫌を取るという悪い癖が付きものです。自分たちの政権が国民の投票で成り立つ以上、これは避けがたいことで、民主主義体制の持つ基本的な欠陥です。しかし現在の自民党は国民の強固な支持基盤の上に立っているのですから、国民の感情に流される必要はありません。
 日本政府はこの試射事件の落しどころを何処に考えているのでしょう。国民の感情的な騒ぎは仕方がありませんが、政治家には冷静な判断が期待されるのです。政府は国民の生命と財産を護ることを期待されているのですから、今回の事件でそれらが危なくなったのなら、それに対する施策を示す責任があります。それなのに国民がどのような被害を被ったのか、さらに将来、どうなるのかという見通しも示していません。ひどい怠慢といえます。国民はこの無策を怒っても当然ではありませんか。
 アメリカにおだてられて踊った日本の政治家には識見も、見通しもありません。事態がこれからどのように展開するか、日本政府は何をなすべきかということについて、はっきりと説明すべきです。国連に非難決議案を出しただけで鬼の首を取ったように自慢するのなら、テレビで北朝鮮非難ばかりを繰りかえしている無責任な評論家との違いはありません。これが現在の政治の中枢にいる人達の資質かと思うとつくづく情けなくなります。どんな事件でも、政治家は常に”落としどころ”を見据えていなければならないのです。
 
4.騒ぎの代償
 今回の騒ぎの代償として大きな損失が三つあります。
 その一つは日本人のアメリカへの依存がまた大きくなったことです。北朝鮮が怪しからんと怒鳴ってみても、日本の実力ではミサイルを阻止することは出来ません。日本のために何かをやってくれそうなのはアメリカだけです。アメリカには色々なミサイルがありますし、原子爆弾も持っています。それならアメリカに頼るほかありません。日本人は毎年5兆円もの軍事費を使いながら、自衛隊に対する評価はゼロで、アメリカの力だけはしっかりと信じています。アメリカに頼ろう。その為には少々の出費も仕方がない、という考え方です。そこで出てくるのがアメリカ軍の再編のための予算、3兆円とも言われている金の、日本への請求です。普通なら、そんなべらぼうな金額を担ぐことは出来ないというのが国民の世論ですが、アメリカさんに頼らざるを得ないのなら、その金も仕方ないか、という方向へ世論を持って行くことが出来ました。いわゆる”奇貨居(お)くべし”(何でも利用出来るものは利用しない手はない)です。しかしアメリカのミサイル防衛技術なるものは見かけ倒し、もっと悪く言えば、インチキです。ちょっと考えても音速の3倍も、5倍ものスピ−ドで近距離から飛んでくるミサイルを、2隻やそこらのイ−ジス艦で防げるはずはありません。とにかくこの騒ぎでアメリカは労せずして3兆円の現金を手に入れるでしょう。日本人の精神構造を的確に分析した、驚嘆すべき技の切れ味です。
 二つ目はこの経済制裁騒ぎで、北朝鮮の六者協議への復帰が絶望的になったことです。日本人の大部分はこの六者協議などというものに北朝鮮が参加しようが、参加しまいが大したことではない、と思っているようですが、北朝鮮での原子爆弾開発を断念させるにはこの協議しかないのです。北朝鮮に原爆開発の放棄と、国際的査察を受け入れの約束をして貰うにはこの協議以外にはチャンスはありません。
 第三は日本で北朝鮮の発射基地を空爆したら、などという物騒な意見が出てきたことです。まるで真珠湾攻撃です。日本国憲法がある限り、このようなことが許されるわけはありません。それを敢えてやろうというのです。実際に実現する可能性は殆どありませんが、国際的には日本人は自分の国の憲法を守らない嘘つきであり、こんな些細なことで戦争突入の危険を冒す戦争好きであることが証明されました。
 
5.国際連合
 日本はアメリカにそそのかされて、素早く、制裁を含む決議案を国連安全保障理事会に提出しました。はじめはイギリス、フランスを含む、いわゆる国際社会のすべてが、これに賛成していると宣伝して強気でした。しかし国連理事国の大部分はこのミサイル事件を大した問題とは思っておらず、どうでもいいが、どちらかといえば日本に賛成しておいた方が将来、得になるかもしれぬ、という算盤をはじいたのです。日本にとって重要な隣国の韓国政府は、この日本の馬鹿騒ぎに、はっきりと反対しました。近い将来の南北の融合を希望している韓国にとって、北朝鮮に対する無用な刺激は迷惑なのです。韓国民は非難の声を上げたようですが、冷静な対処をした韓国政府の態度は立派でした。
 アメリカにおだてられて勇ましい制裁決議案を出した日本政府は、中国とロシアの強硬な態度に恐れをなしたアメリカに裏切られて、面目を失いました。日本外交の実力はこんなものです。採択された決議案は制裁の強制力の無い、弱いものになりました。どうしても北朝鮮を制裁したいのなら、日本政府はこの案に反対すべきでした。賛成では筋が通りません。日本は、政治家が好んで使う”国際社会”とやらに背を向けられたのです。
6.最悪のシナリオ
 ここで角度を変えて、今回の事件で北朝鮮側がどのように思っているかを考えてみましょう。北朝鮮からすると、日本とアメリカのやり方は明らかな”いじめ”です。国際標準ではミサイルの試射がそれほど極悪非道の行為とは思えません。それだのに国連安保理で数を恃んで経済封鎖を強行するのは、いじめ以外の何物でもありません。見方を変えると、アメリカというやくざの大親分をバック(後盾)に持つ日本が、言いたい放題のことを言い、北朝鮮の経済を崩壊させようとしている。こんなひどいことがあるものか。というわけです。もう一つ見方を変えると、北朝鮮は1941年の日本の心境です。あの時、日本はいわゆるABCD包囲網に取り囲まれて、動きが取れませんでした。石油と、鉄くずの禁輸が大きくのしかかり、このままでは”じり貧”になってしまうという気持ちに追い込まれ、やむを得ず開戦したのでした。
 北朝鮮が同じ心境になって、暴発すると大変です。色々なところで理由の分からない爆発が起こり、有害な化学物質がどこからともなく流れてくる、果ては発電所にダイナマイトが投げ込まれる、といった事件が続発します。そして締めくくりがノドン実弾の発射、着弾と、原子爆弾の爆発です。これらを日本の警察なり、自衛隊が完全に押さえ込むことは出来ません。アメリカは報復攻撃を加えるでしょう。キムジョンイル政権は倒れるかも知れませんが、それは覚悟の上です。北朝鮮は”座して死を待つ”よりも、立って戦う方を選びます。こちらからの反撃がいくら成功しても、犠牲になった何万という日本人の生命は帰っては来ません。
 これが最悪のシナリオです。そんなことにならない事を強く望みますが、現在の日本のやり方では、こうなっても仕方ありません。
                      
7.日本の取るべき道                     
 それでは日本はどのような道をとればよいのでしょうか。
 北朝鮮はミサイルの試射が日本でこんなに大騒ぎになるとは思わなかったでしょう。それと同時に自分たちは悪いことをしてはいない,と信じているのです。
 日本と北朝鮮の間で最も重要な問題は、ミサイルより原子爆弾です。原爆は一瞬の間に何万人を殺してしまいます。これだけはどうしても防がなくてはなりません。その手段は六者協議以外にはありません。とすれば北朝鮮をその会談に引き出すために、何かを譲る必要があります。外交というものは、常にギブ、アンド、テイクだからです。日本政府は六者協議に出席する事を確約するなら、今回の事件を不問にし、程々の経済援助を北朝鮮に約束することです。そんな馬鹿なことを、と目をむく人もあるでしょうが、過去において、アメリカのクリントン政権は、北朝鮮が原子爆弾を断念するならば、原子力発電所を一つ作ってあげる、と約束したのです。いわゆるKEDO同意です。この約束は結局実りませんでしたが、ギブ、アンド、テイクの好例です。北風と太陽のおとぎ話があります。政府が真剣に原子爆弾から国民の生命を守る気があるのなら、太陽政策をとるほかありません。現在でも北朝鮮の原爆作りは進行しつつあります。放ってはおけないのです。政府が、北朝鮮に小さな意地悪をしたり、非難するだけで、国民の命が救えるというのなら、その方法を示して貰いたいものです。