第208号     2006. 10. 1
 
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    憲法論争 2          佐藤 浩
 
0.はしがき
 自由民主党が衆議院で絶対多数を抑えてから、憲法改変が現実味を帯びてきました。その改変の目玉は戦争を禁じた憲法第九条です。自民党が古典的な軍隊を整備して戦争をやってもいいと思うのは勝手ですが、民主党も何となく軍備是認のようにも見えます。こうなると、国民の意見だけが頼りです。ただし軍備について議論をしている議員諸公が、来たるべき新しい戦争についてどれ程の知識と見識とを持っているかは疑問です。
1.何を守るのか
 国民の生命と財産を守るのが政府の義務だ。だから軍隊を持つことが必要だ。という議論が横行しています。一見、もっともなようですが、あの精強を誇った日本陸軍と海軍がもろくも敗れて、国民を守れませんでした。とすれば軍備は何の役に立つのでしょう。自民党の人々は、相手はアメリカだ、強すぎた。だから守れなかったんだ。と言うでしょうが、それなら相手がどこなら守れるのか、という疑問が持ち上がります。
 ”守る”というのは具体的には何をどうするのかわかりません。戦争をして、国民にどれほどの犠牲が許されるのか分かりません。それなのに、守る、守ると言っても信用は出来ません。国民が一人も死なないような戦争などはありません。
2.どこと戦うのか。
 国民の命を守るのなら、攻めてくるのはどこの国なのかを知らなければなりません。いわゆる仮想敵国です。勿論仮定の問題ですが、どこと戦争するかによって、防御態勢も変わります。防衛の全部をアメリカ軍に任しているのなら、そんな心配は要りませんが、それなら軍隊を持つ必要もないはずです。仮想敵を持たない軍備は地図を持たない旅行と同じです。戦前の日本では、陸軍はソ連、海軍はアメリカ、というはっきりした仮想敵国を持っていました。一部の人がいくら戦争が好きだからといって、将来にわたっても日本の方から戦争を仕掛ける事はないでしょう。とすれば、攻めてくるのはどこの国でしょうか。
 北朝鮮が一番気になります、しかし北朝鮮には日本海を越えて兵隊を送って、日本に攻め込む実力はありません。その作戦の為には海軍力と、補給船団が全く不足しています。攻撃があるとすればミサイルでしょう。現在でも何発かのミサイルは日本本土に届く実力を持っています。6月にはテポドンが飛んでくるかも知れないという、アメリカから出たデマで、大騒ぎがありました。もう既に酸素と水素の燃料を注入したらしい、などとまことしやかに伝えられました。ここで基本的な誤りがあることにテレビも、評論家も気がついていないのです。液体燃料のミサイルは戦争の役には立ちません。えっちら、おっちら燃料を注入している所を衛星から見られるようでは奇襲攻撃の意味は全くないからです。日本を攻撃するミサイルは固体燃料で、深く掘った穴や、移動している発射台から突然に発射されるものなのです。
 ところで、日本の自衛隊にこのミサイルを防ぐ力があるのでしょうか。北朝鮮で発射してから東京に届く時間は5分から10分と言われます。一発ずつゆっくりと撃ってくれるのならまだしも、数発のミサイルを、そのデコイ(模擬弾)と共に日本に向けて一斉に撃ってきたら、そのうちの何発かは、ラッシュアワ−の駅や、原子力発電所に命中するでしょう。大混乱です。原子爆弾を使わなくても、何万という人が死にます。今の自衛隊はその防御には何の役にも立ちません。ミサイルを打ち落とす能力はゼロなのです。ミサイル迎撃の技術開発と称するものが宣伝されていますが、今の自衛隊はそれについての組織的な研究開発を全然していません。兵隊さんや、機関銃や、戦車など役に立たないものばかりに熱中しています。アメリカが迎撃ミサイルに成功したと称して、日本にそれを売り込もうとしていますが、それはとんでもない詐欺です。
 現存の技術では近距離から攻撃するミサイルをすべて打ち落とすことは出来ません。北朝鮮から遠いアメリカ本土のように、発射されてから届くまでに30分以上にもなる場合にだけミサイル迎撃が現実味を帯びるのです。現に韓国ではミサイルを防ぐことは出来ないと結論して、何もやっていません。予算を付けさえすれば迎撃が出来るというのは全くの嘘です。何発かのミサイル攻撃で日本全国がパニックになったところで、北朝鮮は日本への要求を示して、承諾しなければ、また何発かを撃つぞと脅すでしょう。その時に日本政府と日本人がどんな反応を示すのでしょうか。北朝鮮のミサイル基地を攻撃することは可能でしょうが、すべての基地を完全に壊滅することはできません。
 次の可能性は中国です。中国が経済的に成長して、日本と覇権を争うようになると、強い摩擦が発生して、それが武力衝突につながるかも知れません。東シナ海のガス田開発権の問題もあります。中国は北朝鮮よりずっと脅威です。ミサイル技術は数段も上です。中国は海を越えて、部隊を送って日本侵略を試みる能力も持っていますが、日本を屈服させるにはミサイルで、通信や交通や、電力などを破壊すれば十分です。ミサイルで破壊された原子力発電所からは放射線が飛び出して、原子爆弾の爆発と同じ効果を持ちます。日本が報復のミサイル攻撃をしてみても、広大な中国の領土には大した損害を与えることは出来ません。アメリカ軍は日本防衛のために本気で立ち上がる可能性はありません。イラクであれほど手を焼いたのですから、もっと広大な中国を相手にする勇気はありません。アメリカは日本の国土が破壊されるのを内心では拍手するでしょう。日本の生産力が落ちるとアメリカは俄然有利になります。早い話が、トヨタの自動車生産が止まれば、ゼネラルモ−タ−スは息を吹き返すのです。これらの考察から得られる結論は日本はミサイル攻撃に対しては自らの力で守らねばならぬということです。
3.役立たずの自衛軍
 このように考えると、今のままでは憲法第九条を改変して、自衛隊を自衛軍に変えてみても国民を守るためには何の役にも立たないことが分かります。兵隊さんが何万人いても、戦車が何千台あっても、働きようがないのです。これが国土が狭く、人口密度が高く、高度に情報化、工業化された我が国の決定的な弱点です。現在の日本人は、政治家を含んで、殆どの人が戦争というものを知りません。60年以上も前の戦争のことを年寄りに聞いたり、本で読んでいるだけです。そして、アメリカが兵隊を送ってイラクを征服したのをテレビニュ−スで見ただけの経験です。イラクへの攻撃と、日本への攻撃とは全く違うのです。ここで前の戦争を思い出します。日本海軍はアメリカとの海戦は日本海海戦のように、大艦隊と大艦隊との激突、大砲の撃ち合いで勝敗が決まると信じて、その艦隊の中軸としての巨大戦艦を建造しました。大和とか武蔵という、いわゆる大艦巨砲主義です。しかしこの信仰は日本の飛行機隊がマレイ半島沖でイギリス海軍虎の子の、プリンス・オブ・ウエイルズと、レパルスの2隻の大型戦艦を撃沈してから怪しくなりました。自国の飛行機隊の戦果で、大型の戦艦は役に立たなくなったことが分かったのです。急いで航空母艦に力を移しましたが、これも飛行機に次々に沈められました。一隻だけ残った巨大戦艦大和の、沖縄での悲惨な最期は、この大艦巨砲主義がいかに時代遅れであったかをはっきりと示しました。戦局を支配するのは飛行機であるという、開戦前には夢想もされなかった事実が突きつけられたのです。私は次の日本を巡る大きな戦争の主役は古い武器ではなく、色々な形のミサイルであることを信じています。現在の防衛関係者がこのことをしっかりと理解しているとは思えません。軍人はえてして、古い殻から抜けられないのです。まして現在の防衛関係者は、失礼ながら、かっての日本軍ほどに超一流の人物を揃えてはいないのです。日本を守るには10万人を超す兵隊さんなどは無用の長物です。大砲も戦車も要りません。戦闘機さえ無くてもいいのです。
4.新しい防衛システム
 現在の憲法に謳われている、軍備の不所持と、戦争の放棄とは古い形の戦争を想定しています。これは無理からぬ事で、60年ほどの前に戦争の形にこれほどの変化が起きることは想定されませんでした。その意味で第九条についてのの議論は全くの的はずれです。
 ここで新しい防衛システムの構想を描いてみましょう。
 先ず日本は世界のどこにも兵隊を送りません。アメリカの要求であれ、国際連合の決定であれ、外国の軍隊がある国に乗り込んでお節介をしたら、禄なことがないからです。私は完全な民族自決を支持します。外国からの干渉をやめて、民族は独立して、自分たちの政府を作るのです。これで日本の軍隊を外国に送る必要はなくなります。日本には兵隊さんは要らないのです。災害救助は必要です。それには軍隊と全く違う組織を作ります。
 次に外国の軍隊が日本の国土に足を踏み入れることを許しません。日本の国土で地上戦を行えば日本人の犠牲を避ける事が出来ないからです。日本人を犠牲にして、日本人を守るという考えは全くのナンセンスです。私はここで、次の戦争の帰趨を決めるものは高性能な、ミサイルと、ミサイル迎撃ミサイルであることを宣言します。その為に日本はこのミサイルの性能向上に全力を注ぐべきです。そのミサイルはすべて防御のための、短い射程で、高速で、高精度のものです。アメリカがピンポイントと称して、イラクで精度の悪いミサイルを使ったのに比べると格段に優秀なものです。北朝鮮と日本、中国と日本の近い距離を考えると、迎撃ミサイルの開発は非常に難しいのです。しかし日本を守るには、どうしてもこの技術を完成しなければなりません。そのためには軍事費のすべてをつぎ込むべきです。私はこの迎撃ミサイルが必ず成功するという自信はありません。しかし日本人の生命を守るにはこれ以外の選択肢は無いのです。
 日本は海で囲まれています。ですから陸兵によって直接に攻撃されることはありません。
その点で、私の考えは陸地を接するヨ−ロッパ諸国の防衛思想とは全然違っています。
 日本全土にハリネズミのように濃密なミサイル基地を展開します。この基地は3種類の分野を含んでいます。対海、対空、対ミサイルです。敵が海から来れば陸対海のミサイルで撃沈します。飛行機が空から来れば陸対空のミサイルで撃墜します。これらは打ち上げられた人工衛星からの情報と連携して、完全にコンピュ−タ−制御されており、二重、三重に作動が保証されているものです。この様なネットワ−クを作ることは現在の技術水準でもさして難しくはありません。最大の眼目は対ミサイルのミサイルです。これには相当の努力と経費が必要になります。
 古典的な陸、海、空の3軍は必要ありません。昔のような人間対人間の戦闘ををしないからです。戦争の悲惨さの始まりは戦闘にかり出された兵隊さんが戦死することです。ミサイル戦争では個人が銃の標的になることはありません。
5.憲法の条文
 私は戦争のことを強く描きすぎたようです。しかし本当は外交技術で、どの国とも戦争をしないで、国民の生命、財産を守るのが理想です。私は政府にそのための努力を尽くすことを強く要求します。しかし残念ながら、日本の外交技術の稚拙さと、国民の好戦的な雰囲気を見ると、外交努力だけには頼れない気がしてきました。日本人は何があっても外国と友好的につきあうのだという信念を持ってはいません。何かあると直ぐに愛国心が突出して、憤慨ばかりが先に立ちます。北朝鮮からミサイルが飛んでこないようにするには、北朝鮮に食料などの経済的な支援をするのが一番です。しかしこんな事を主張したら、売国奴というレッテルを貼られてしまうのが落ちです。このことは最近の韓国、中国との関係でもよく分かりました。私は残念ながら日本人は好戦的で、将来とも、厳格に現在の憲法第九条を守っていけることには絶望したのです。戦力を持たない、とはっきり書いてある第九條があるのに、なし崩しに自衛隊が出来、外国にまで進出しても、国民の間には、さして強い反対もありません。もう戦争はいやだと言っている人が自民党に投票するのです。これではどうしようもありません。憲法第九條をそのままにしておいても、解釈とやらで戦争に進んでいくのは目に見えています。最高裁判所までもが、それを後押ししているのです。絶望は深まるばかりです。それなら思い切って日本が負けないような条文に変えた方がよいでしょう。我々の子、孫、またその子に、この前の敗戦のような惨めな思いをさせたくはありません。軍隊関係について新しい条文の提案をしてみましょう。
”我が国の軍備は敵の攻撃に対して、国民の生命と財産をを守る為だけに限定する。軍が他国の領土に進出することはないし、我が国が先に宣戦布告をすることはない。”
というものです。そして軍備は短距離の高精度ミサイルに限定します。この条文が憲法裁判所によって厳格に守られる事が私の精一杯の希望です。