月の一日、この男には試練がある。

「うん、まぁ、まぁまぁなんじゃないかな」

 かつて自分が暮らしていたボンゴレ本邸へ出向き、そこに暮らしている日本人の十代目と昼食をともにする、という試練が。

「普通に考えて、あなたが茶会を主催することはないんだ。招かれる客としては十分だと思うよ」

 気の利かない年下の『身内』と顔を突き合わせてメシを食う数時間の苦痛。だがここ数ヶ月、その試練はかなり軽減されていた。並盛財団の代表が着物姿でやって来て、本邸の茶室で二人を並べ日本の茶事、ティー・セレモニーの作法を教えていたから。

日本といえば芸者・フジヤマ・スシという『誤解』は諸外国、ことに欧州には根強く残っている。日本人の全てがサムライの子孫でないのと同様、茶道の心得がある日本人は今時少数派だが外国人はそんなことを知らない。門外顧問である沢田家光からの依頼を受けて雲雀恭弥は沢田綱吉とヴァリアーのボスに、作法を伝授した。

「けっこう練習した?」

「少しは」

 した、と、男は答える。着慣れない和服の袖に苦労しつつ、菓子を食べ終えた懐紙を折り、懐へ戻しながら。

「あなたは面白いね。お茶よりお菓子を食べる時の方が苦そうな顔をする」

確かにそうだった。茶事そのものは興味深く、薄茶の味は嫌いではない。が、供される菓子の甘さだけはどうしても馴染めず渋面になってしまう。

「沢田綱吉とは真逆で面白いよ」

 本日の亭主役は沢田綱吉で主客がザンザス、相伴が雲雀恭弥、という役回りだった。だから雲雀は亭主役の時よりかなりリラックスしていたが、目線は鋭くて。

「茶碗の向きが違う」

 寄り目になるほど必死に亭主役を務めている沢田綱吉には厳しいダメ出しをする。こちらは先々、ボンゴレのボスとして大寄せの茶会を開かないとも限らない立場だ。指導も厳しくなる。

「あ、ごめんなさい。えぇと……」

「薄茶はこれでいいとして、今度は食事を用意しておくから。懐石は無理だけど点心ならボクが作れるし、お酒も出るから、あなたも楽しいと思うよ」

「そうか」

「えぇと、うぅ、イタタ……」

「沢田綱吉、足を崩さない」

「わ、かってる、けど、イタタ……」

「せめて主客に、先にお楽にどうぞっていいなよ」

「お、おらくに、どうぞ……ッ」

「どうも」

 男がゆっくりと、和服の裾をさばいて胡坐をかく。それを待って沢田綱吉もぐらりと足を崩した。雲雀恭弥は端然とした正座を崩さない。姿のいいことだと男はそれを眺める。沢田綱吉と二人きりではろくに会話もないが、この美形が居るとそれを仲介に少しだむ話をする。いつでも『オンナ』、それも美しいオンナの存在は息詰まる沈黙や闘争から男たちをずいぶんと救い上げてきた。

「山本武に手伝って貰えれば懐石も出来ないでもない、かな。ボクは炉でごはん炊くの苦手なんだけど、千鳥の盃を、あなたとしてはみたいかも」

なんだそれは、という男の視線を受けて。

「まわしのみ」

「ほぉ」

 男は少し興味を持った。隣に座った美形の美しい口元を眺めながら、コレと一つ盃というのは悪くない、と、そう思ったのだが。

「やーめーてー。ヒバリさんとザンザスとに二対一で挟まれたら、オレは急性アルコール中毒だよー」

 沢田綱吉の言葉に、亭主が間に入るのだと聡く悟って内心で舌打ち。ボンゴレ十代目の寵愛する美形を、具体的にどうこうしようとは思っていないけれど、イタリア男の常として『美女』に興味は、いつでも持っている。

「きみには加減して滴しか注がないであげるよ。下戸に飲まれるのはお酒が可哀想だからね」

「ティー・セレモニーに酒が出るとは知らなかったぜ」

「そう?」

「真昼間から堂々と、一杯やれんのは悪くねぇ」

「美味しいの用意しておくよ。沢田綱吉のお金で」

「うん、それはいいけど、亭主はヒバリさんがしてね」

 足の痺れを揉み解しながら沢田綱吉は哀願する。

「初会だけは」

 いいよと、雲雀恭弥が了解する。次回を少し楽しみに、男は席を立った。

「恋人を連れてきても、いいよ」

 立って男を見送りながら、雲雀恭弥はそんなことを言い出す。ボンゴレは初代が引退後、日本に移住したほどの東洋趣味で、茶室の建てられた一角には日本庭園も造られ、椿や松といった樹木も多く植えられていた。

「あなたのカノジョは、こういうの興味ないのかな」

「?」

 体を揺らさず静かに歩く美形が何を言っているのか、ザンザスには全く分からなかった。

「ボクは、あなたのカノジョが和服を着てるところ、見てみたいんだけど」