さすがに作りすぎではないか、という料理の数々が。

「喰ってなかったのかぁ?」

 消費される速度で、まさかの事実を、銀色は悟る。

「メシも食わせてもらえなくなったのかよ。落ちぶれたなぁ」

 跳ね馬に言ったのと同じ台詞だった。が、言い方が違っていた。ため息まじりの口調は本気で嘆いているように聞こえる。

「うるせぇ」

 牛フィレのグリーンペッパソースを口に運びながら顔に火傷の痕のある強面が答える。そんなんじゃねぇ、とかの言い訳はしなかった。もと御曹司育らしくカチリとも音をさせずにナイフとフォークを操るが、そのさばき方は早い。空腹は相当の様子。

「で、ナンだ、どーして、あーなったんだぁ?」

 場所は大広間。これだけの人数が入れる部屋が他にはなかったから。ボンゴレの一行は雷と雲の守護者を除く五人。ザンザスのお供で付いていった三人も一緒に戻り、ついでに、麓のホテルで待機していたという跳ね馬の部下の二人も連れて帰ったというか、連行してきている。

それに加えて、王子様の背中と懐にしがみついて離れなかった双子まで。男女の幼児はヴァリアー本部に初訪問。総勢、十五名。広間にソファやローテーブルを運び込んで、同じ部屋だが二手に分かれて、食事をとっている。

銀色の鮫が視線を流した先ではボンゴレ十代目になる予定の沢田綱吉が山本以外の守護者らとともに食事中。ルッスーリアと山本はそちらの給仕に忙しい。ザンザスと仲間たちの食事の世話は銀色がばたばたと焼いている。

「こぉらぁ、ベルっ!そいつらはメシ食ってるだろぉ!夜中に食わせんじゃねぇッ!」

 うるさい銀色の目を盗んで子供の好むプロフィッテロール、プチカスタードシュークリームのチョコレートソースがけをこそこそ、食べさせてやっていた王子に雷が落ちた。

「食べさせてるよ、ちゃんと」

 その言い方で、ボンゴレ本邸に連れてこられた双子の世話をしていたのが生母ではなく王子だったことを銀色は察する。そのまま、子供のことなど誰も構ってくれない本邸に置いてくるのが不憫で連れて帰ったのだろう。九代目は義理の孫をたいそう可愛がっているが、直に食事の世話をしてやる立場ではない。

「けどさ、ガキは胃がちっちゃいから、コマメに餌やんないともたないんだぜ」

 絨毯に座り込んだ左右の膝の上に一人ずつを座らせた姿勢で王子が反論する。半分齧ったプチシューを交互に食べさせてやっては、なー、っと二人に同意を求めて頬ずる。王子様たちや、日本人の守護者たちはそれほどがっついてもいない。空腹はボスたちだけだったようだ。要するに、首脳会議に出席していた面々だけ。お供たちは別室で食事を済ませたのだろう。

王子様に弄られて二人の幼児は嬉しそうな声を上げた。立ち上がることも出来ない不自由な姿勢の王子様だが、子供を味方につけた今は銀色の鮫よりも立場が強い。

「ってーか、ガキは寝る時間だぁ!まったく、悪い大人の巣窟に連れて帰りやがって。ちゃんと許可とって来たんだろーな?誘拐してきたんじゃねぇな?」

 後半の確認は王子様でなくザンザスに向いていた。青胡椒の風味が効いた肉を租借しブランデーを煽りながら双子の、一応父親である男は無造作に頷く。無造作すぎて銀色は疑いを捨てきれないが、一応信じることにする。

「眠る前にナンか喰っとかねーとカラダに悪いよなー。センパイ、ぼーっとしてないでミルクあっためて来てよ。ぬるめにさ、デミダスカップで」

 王子様に指図をされて銀色の鮫は額にビキビキと青筋をたてた。が、逆らわず立ち上がり、当番の隊員を呼びつけもせずルッスーリアの台所を借りて自分でミルクを温めてくる。食べかけを食べさせた王子もそうだが、幼児二人はボンゴレの血を引く存在。毒殺を警戒しなければならない立場。

「ほぉら。飲んだら歯ぁ磨いて、もう寝ろぉ」

 双子はミルクに口をつけながら、銀色を見上げて不平の野声を上げた。

「ワガママ言うんじゃねぇ。お前らはイイコだろーが。わりぃオトナの真似して夜更かししてっと、おっきくなれねぇぞ」

 ぐりぐり、義手にお構いなく両手で双子を、撫でるというよりもどつく。ボンゴレの令嬢令息に対する態度ではない。遠慮のない仕草。けれども子供たちはそれを喜び、ミルクの匂いのする唇でキスをしたがる。

「よしよし。いー子だなぁ。ホントお前らはアレのガキとは思えないぐらいイイコで賢くて、マジにムチャクチャ可愛いぜぇ」

「……」

 銀色にアレ扱いされた男は沈黙を守った。同じ空間に沢田綱吉の一行が居なければ、そしてその腕の中に子供たちが居なければ、銀色の後頭部にはフォークが突き刺さったかもしれない。子供を味方につけてすき放題なのは王子様ばかりではない。

「どする?ソルとルナ、一人ずつ王子とセンパイのベッドで寝る?どっちが王子と寝るかなー?」

 王子様がそう言ったのは、ボスに対するささやかーなイタズラ。

「ドカスはここに居ろ」

 なのに真っ直ぐ返されて王子は前髪の下でひどく驚いた。

「いやぁー、いっしょー」

「しゅく、いっしょー」

「ボス、ど、どーしたの?」

「メシ足りたかぁ?子羊肉の煮込みもあったぜぇ。ついで来るかぁ?」

「持って来い。てめぇも飲め」

「あぁー?」

「今夜は徹夜で宴会だ」

 ザンザスのその一言に、少しはなれた場所に居た沢田綱吉の一行が振り向いた。

「下っ端の連中にもそう言え。食料庫と酒蔵を開放しろ。当直も職務放棄して構わん」

 というより、職務放棄をして酒を飲め、と、半ば命令じみた口調でヴァリアーのボスが告げる。

「あぁ……。ナンだぁ、オマエらやっぱり許可とらねぇで、出てきたんじゃねぇかぁー」

 それだけで銀色の鮫もそれ以外も、ザンザスの意図を汲み取った。ヴァリアーのサブである銀色が飲酒し、警備態勢を放棄するというのはそういうこと。これは篭城・たてこもりではない、という意思表示。ボンゴレ首脳部たちの承認のもと、戻ってきたのならばそんな証明をする必要は無い。

「んじゃ、王子が二人とも寝かしつけて来るからー」

 ひょいと双子を抱えて王子様が立ち上がる。たぶん朝まで戻ってこない。高貴な生まれらしく庶民的な猥雑を嫌う王子様は大人数での宴席を好きではない。子供二人を両脇に抱えて、朝まで夢を見るだろう。

 それも悪いことではない。一人くらいは素面が居てもいい。

「風邪ひかせんなぁ、窒息させんなよぉ」

「リョーカイ。ほら、ソル、ルナ。パパにご挨拶は?」

 王子様がボスに近づき、両腕に抱いた双子をぐいっと突き出す。挨拶しろと双子に言っているが、本当はおやすみのキスをしてやってくれとボスに要求している。さすがに、なかなか、すばらしい度胸だ。

「……」

 ザンザスは無駄な抵抗をしなかった。面倒くさかっただけかもしれないが、双子の額にそれぞれキスをくれてやる。父親に向かって突き出され、猛獣の檻に頭を突っ込まされたように脅えて硬直していた双子は思わぬ扱いに驚いて声も出ない。

「きししっ。オヤスミー」

 王子様は満足そうに、ニッと笑って広間を去る。

銀色も鼻歌をうたいながら広間を出て、大皿二つにアツアツの子羊の煮込みをもってくる。片方はボンゴレの一行に渡した。受け取った獄寺隼人がどうもと会釈してそれを沢田綱吉の前に置く。ガラは悪いが行儀のいい嵐の守護者だった。

「あー、おいしぃ。おいしいよぉー」

 若い未来の十代目は本当に空腹だったらしい。感嘆の声を漏らしながらチーズ入りのフオッカチオ、イタリア式の小型のパンと一緒に煮込みを食べていく。大き目の子羊肉の角切りに塩コショウして粉を振って油で焼きつけムニエルにした後で、みじん切りにしたタマネギとともに炒め、同じ子羊のすね肉と骨からとったブイヨンで煮込んであるシチューは確かに美味い。

肉がやわらかくなったところでグリーンピースをこれでもかというくらい入れ、豆が煮えたら火を止めて、パルメザンチーズをこれまた山ほど振り入れて余熱でとろかしてある。仕上げにとき卵をまわし入れ、それが線状の糸になっているあたりにルッスーリアの技量が証明されている。

ゼラチン質に富む肉とチーズの相性が抜群で、煮汁のスープがチーズと溶け合ってとろり、と、その肉に絡みつく。普段は野菜を食べないザンザスまで豆ごとスプーンで掬って食べている。

背中合わせに双方が陣取り、同じ食卓とはいい難いが、確かに、その時、かつて敵対した二人は同じものを食べた。

「一口、くれよ」

 自分の為に好物のアマローネ、辛口フルボディの赤ワインを持ってきた銀色が、中身を透かしてデキャンに移しながら、そんなことを口走る。ソファに座って食事をするボスの足元に腰を下ろし、膝に寄り添うような位置でとくとく、デキャンタからグラスにワインを移しながら。

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」(以下、略)

 広間には沈黙と緊張が満ちた。

 西洋には料理を分け合うという習慣が少ない。イタリアはフランスほど食事のお行儀にうるさくない国柄だが、それでも他人が食べているものを乞うのは有り得ない無礼な真似。ましてやボスの食卓に供されたモノを自分から、くれと要求するのは有り得ない無作法。

 それが部下なら。男同士、なら。

 ザンザスは無駄な抵抗をしなかった。面倒くさかっただけかもしれないが。

「んめぇ」

 銀色の無礼を咎めもなかった。肉と豆をスプーンで掬って無造作に銀色の口元へ突き出す。ぱくっと、銀色がそれを一口で食べる。主人と同じスプーンを口に入れのが許されるのは、ただの部下ではないから。

 そのことをザンザスは隠していない。愛人兼務の副官であることは昔から公然の秘密だったが、正妻の居る本邸から出て愛人の待つヴァリアーのアジトで起居するように、なった時点で、それは公然になった。自分がこちらを選んだのだ、ということを、男は隠すつもりがない。外聞も見栄も捨てて選んだのだ。いまさら、甘やかしていることだけを隠しても仕方が無い。

「へへ」

 銀色が笑う。嬉しそうに、無邪気に。構わず食事を続けながらヴァリアーのザンザスは心の中で安堵のため息をついた。さっきから何かを拗ねて態度が刺々しかった銀色だが、恥をかかせて気が済んだのならばよかった。

 背後で沢田綱吉と跳ね馬、その他大勢がまだ声もなく驚愕しているが、そんなのは気に留めるほどのことでもない。この銀色に、以前のように思いつめられるよりはずっといい。

「……すんません。ナッツかチーズか、サラミかナンか、もらっていーっスか?」

 男の背後の集団の中で、最初に声を上げたのはボンゴレ十代目の雨の守護者、山本武。

「酒も勝手に、持ってきていいスか?」

「いいわよん。場所分かる?一緒に行きましょうか?」

「いえ大丈夫です。自分で用意します。ナンか、すっげぇ、浴びるほど飲みたくなって」

 立ち上がる山本の背中に。

「オレにも、グラッパ」

 フランスでいえばマール、葡萄の搾り粕を発酵させて作る蒸留酒。日本のカストリ焼酎に似てクセがあるけれどそこが旨みでもある。

「あ、オレにも、ビール」

 沢田綱吉が獄寺の尻馬に乗って珍しくアルコールを欲しがる。

「すまんがオレにもブランデーを追加で取ってきてくれ」

「オレはシャンパンがいいぞ!ルッスーリアと乾杯だ!」

「うふふ。嬉しいわ、ステキよ、了平〜♪」

「持ちきれねぇよ。獄寺、一緒に来てくれ」

「仕方ねぇな。失礼します、十代目」

 ゲストの二人が立ち上がっても銀色は構わず、ザンザスの膝に肘をかけ寄りかかりながら呑み続ける。警戒していないでもない恋敵二人の前でそんな真似をさけて、男も悪い気はしない様子で、時々、髪を撫でてやる。

「あぁ、甘い。甘ったるいデス」

 ヴァリアー一団の下座で黙々と、ルッスーリアが作ってくれた夜食のミートグラタンをぺろりと片付けたフランがデザートのババを食べながら呟く。

「頭の芯が痛くなるような甘さです。あまりの甘さに意識が遠ざかりますー」

 ババ、というのはナポリの代表的な菓子。パンとスポンジケーキの中間のような発酵生地を焼き上げ、ラム酒の効いたシロップを、もとの二倍の大きさに膨らむほどたっぷりと染み込ませてある。確かに甘い。頭を殴られたような甘さの菓子で、辛党のザンザスはもちろん、疲れていればケーキを食べないでもない銀色さえ手を出さないほどに甘い。

「ばたっ」

 擬音まで口で言って、半分子供のフランは寝転がった。一応は成人済みの大人たちはそんな訳にはゆかず、言い訳を求めて酒瓶の封をそれぞれに切る。