くちづけを繰り返す。
「……ザン……」
途中で息を継がせてやるほどながいキスを。
「なぁ……」
何度目かの時にオンナはため息をついた。それとともに声が漏れる。夕べは身体を寄せ合って眠っただけ。暖かなぬくもりは嬉しかったけれど、二人きりになった部屋で抱き寄せられれば当然、ぬくもり以上の繋がりが欲しくなる。
「……な?」
オンナの言葉を行動が補完する。男のシャツのボタンを外しながら男のセクシーな下唇を舐める。真っ昼間だろうが、来客が居ようが、そんなのは構うことではない。未来の十代目と九代目の門外顧問との話し合いは長くかかるだろう。話の進み方によっては男はまたボンゴレ本邸へ向かわなければならない。その前に愛し合いたいというオンナの希望は当然のものだった。
「ちょっとで、いいからよォ」
可愛がってくれと強請る。男の肩に右手を廻してカラダをもたれさせて。腰骨を擦り合わせるようにされると男も平成ではいられずに浅く喘いだ。が。
「……わりぃ気がする」
首を傾げて差し出される唇をもう一度、情熱的に塞いで粘膜を蹂躙した後で男はそう言った。焦らしているのでも意地悪をしているのでもない。腕の中のカラダをもっと深く堪能したいのは男も同様だが、何となく嫌な気がして、先に進む気持ちになれないでいる。
「ろくでもねぇ、気がな」
「なら、余計に、なぁ」
オンナは欲しがって喘ぐ。細い腰に腕を廻し、肉付きの薄い尻を撫でる男の指先もかなり真剣にオンナを欲している。
でも。
「鶏の交尾みてぇになるぞ」
それくらい、嫌な予感は切迫している。
「得意じゃねぇかオマエ、そーゆーの」
銀色のオンナは乱雑に手早く抱かれることに慣れている。ほんの少し前までの男はセックスが横暴な男だった。自分勝手に抱いて、揺らして、吐き出して、快楽を得ることばかりに熱心で、相手のオンナが気持ちヨガっているかどうかを気にする習慣がなかった。
「……」
それは昔の話。もうそんな真似は止やめた。今はコレをゆっくり弄って昂ぶらせ、欲しがってカラダを捩りだすまで発情させてから繋がるのが愉しい。優しくイイように揺らしてやって、透明な声を上げながら鳴きながら快楽に我を忘れてのたうち廻らせるのが面白くてたまらない。苦痛に耐えて寒々しく震える背中はもう、二度と見たいと思わない。
そんな抱き方はもうしない。宗旨替えしたんだ、と、男はオンナに言おうとした。けれど言葉をうまく見つけられず、考えながらもう一度、ゆっくり唇を重ねる。ぶるり、オンナの全身が慄く。いかにも愛おしそうな手つきで掌を背に押し当てられ抱き寄せられて、その男にベタ惚れのオンナが震えださずに、いられるはずが無い。
「なぁ」
すがりつくような声は甘い喘ぎ。
「して、くれよ。オマエのに。なぁ」
「バカか」
いまそら何を言っているのかと男が笑う。三日やそこらセックスをしなかったからといって、このオンナが自分のものであることは変わりようが無いのに。
「オマエの女房を、みんなが褒めるンだ」
オンナが肩を振るわせる。男の腕の中で首を曲げて俯き表情を隠す。声は細く、喉の奥から搾り出すように震えていた。
「実際アレ、いいオンナだし、あんなガキまで産んでくれて、すげぇオマエの、タメになってんだけどよォ」
「……」
「分かってても聞かされるとやっぱツレェ。オレが居るからオマエが失敗したみたいな気がしてくるし、ヤなこと、いっぱい、思い出したし、それに……」
九代目が、と、銀色が言いかけるのを男の唇が塞ぐ。何度目かもう分からないくらいの口づけだが、今度のは勢いが違った。そのままオンナを床に押し倒す。自分も重なって転がる。覆いかぶさりカラダをまさぐりながら服をはだけさせる。途中で、一度も、息を与えなかった。
「あ……」
押し当てた熱は欲望であると同時に愛情。そうしてかなりの苛立ちも含まれている。何を言うんだテメェはイマサラ、と。
揺れるな。
「……、ッ!」
愛しているのはテメェだけなんだ、と。
伝えきれないジレンマに男も苦しんでいる。
長く鳴り続けた内線を男がようやく、手に取った。
「……、あぁ。……そうか」
答える裸の男をぼんやり、床の上から、オンナは眺めている。見事な体躯をじっと見ているうちに、じわりとその像が滲んだ。内線の子機を戻した男は声もなく泣き出すオンナの、頬に屈んで触れる。
「痛かったか」
尋ねる口調には悪かったなという謝罪が篭っていた。違う、と、男の掌の中でオンナはかぶりを振る。強引なセックスの痛みに泣いているのではない。そんなのは大したことではない。昔から、そんな痛みを気にしたことはなかった。
「起きろ。ジジィのご登場だ」
沢田綱吉の決意は固かった。実父の家光では翻意させることは不可能なほど。政略結婚を強いることはしないと、それを推進していた門外顧問以上の権威が保障をしなければ交渉の余地なしと、権威を振りかざす『オトナ』たちに悟らせるほどに。
「いい」
「ジジイに茶を煎れて来い」
「オトコだよなぁ、オマエ」
「てめぇもいいオンナだ。ついでに俺の正妻でヴァリアーのサブだ。起きろ」
「やっぱりよぉ、こーゆーのって、オレらって、やっぱ、間違ってんの、かもなぁ」
「わりぃ籤を引いたな」
起きろと男は三度は言わない。代わりに屈んではだけたシャツを直してやる。手つきは優しい。長い睫毛を伏せた瞳には、哀憐と同情が沈んでいる。
「てめぇは運が悪かった。選んだ男は甲斐性なしのろくでなしだ。てめぇに見る目がなかったせいだ。諦めろ」
「オマエさぁ、オレのせぇで、色々、すっげぇ損してるなぁ」
「てめぇほどじゃねぇ」
「一生分、オレもぉ、ジューブンしあわせだぜぇ?」
「だから、何だ」
男がオンナをじっと見つめる。オンナが笑おうとしてしきれずに俯く。ごめんと細く、その唇から呟きがこぼれる。
「ごめん。……ごめんなぁ。ごめん」
「なにを言っているのか分からん」
オトコが嘘をつく。銀色を抱きしめる。他にしてやれることがない自分にうんざりしながら。才能も可能性も将来も、人生の殆ど全てを捧げてくれたこのオンナに、オトコがやれるのは自分自身だけ。
こんな筈ではなかった。本当はもっと権力の中央で、華やかな活躍をさせてやれる筈だった。
「ジジィに茶を煎れて来い」
「なんにもいらねぇよ、もぉ」
「俺もか?」
「もっとよぉ、オマエの役に、立てる筈だったんだぁ」
「そうか。俺もだ」
「オマエのこと幸せに、してやりたかった、なぁ」
「ならとりあえず泣くな」
悲しそうな顔をされると辛い。抱きしめたままくちづける。一番優しいキスをくれてやったのにオンナは少しも喜ばない。
「ジジィがそんなに、嫌か」
「ンなんじゃねぇ」
「あのジジイを引き摺ってる俺がイヤか」
「ンなんじゃ、ねぇよ」
「オレをもうイヤになったんじゃないのか。ジャポーネのガキより弱かったからな」
リング戦で負けた上に、九代目をはじめとするボンゴレ上層部の意思に逆らいきれずにボンゴレ一族の女と結婚した。ずっとそばについていたコレを大切にしていなかった。他の女と添わされるまでコレがあわせてくれた愛情に気づかなかった。気づいた後はそばに引き寄せて離さなかったなかったくせに、失いかけるまで優しくしようともしなかった。
「ンなんじゃ、ねぇって。ただ……。オマエのこと好きなヤツに嫌われんのって、ナンか、すっげぇ、イテェなぁ。オレぁオマエに相応しくねぇから、仕方ねぇんだけどよぉ」
「あんなジジィは気にするな。オレが欲しいのはてめぇだけだ」
「……ごめん」
と、オンナが謝った、今度の言葉は強い。
「ごめんな。ちょっと、ウエットになっちまった」
「無理して強がるな」
「ジジィに茶ぁ、出してくる。オマエも着替えて来いよォ」
「いい。寝てろ」
「ンなワケいくかぁ。オレぁヴァリアーのサブだぜぇ」
「テメェがまた壊れると困る」
「壊れねぇよ、もう」
「嫌なことは二度としなくていい」
「なるべく早く来いよぉ」
言い捨ててオンナは出て行く。泣き言をいうこともあるけれど、最終的には、いつでも強い。起こしていたのが置き去りにされて、男は深い、重い息を吐いた。
あんなガキが易々とキメた覚悟がどうして自分には出来なかったのかと、それを深く、何度も後悔しながら。