ダイニングルームの大理石のテーブルに着座して、全員がスーツ着用で清新な晩餐。

 ということにはならなかった。

「コースの間、座っとくの、大変だと思って」

 ここは日本。子供は可愛がられ構われて育つ国。夜はおまるとともに自室に閉じ込められピーターパンの夢を見ながら育つヨーロッパの子供たちとは何もかも違っている。

 前回、『誘拐』された時に使っていた子供用の椅子で、双子もちゃんと食卓に着座できた。子供たちはボンゴレ日本支部で、可愛がられているというか、一人の人間としてキチンとした扱いを受けている。

「途中で退席していいからね。子供たち、眠くなっちゃったら」

 応接室にテーブルと椅子を余計に運び込んで、ちょっと狭くなった部屋の中に並べられた料理は並盛市内にある中華料理店からのデリバリー。普段は並盛ホテルから取り寄せることが多いけれど、そっちの味はもう、メインゲストが飽きているだろうと思ったから。

それに山本の実家に頼んで作ってもらった寿司桶と鉢盛が、各テーブルに置かれている。テーブルは配置の関係上、二つの島に別れてしまい、どうしてもヴァリアーとそれ以外に別れてしまう。子供たちには竹寿司特製のお子様ライスが、ちゃんと寿司飯ではなく赤いチキンライスのオムライスで用意されていた。

「こんばんは」

 別れたテーブルの垣根をやすやすと越えるのは、いつも何もかも気にしない雲の守護者。片手にロックの黒糖焼酎を持って、勝手に席を立ち、子供たちのそばへやってくる。

「こんばんはー」

「こんばーんはー」

 ちゃんと挨拶をした子供たちに、雲雀恭弥はとろけそうな笑顔。普段はキツイ顔立ちが、優しく笑っていると柔らかな光を纏って見える。酔っているのか、目元がほんのりと赤い。神々しいほどの美形だ。

「ボクのこと覚えてる?」

 す、っと、長い足を折ってしゃがみ子供の目線に合わせる。子供たちはキャーッと、嬉しそうな声を上げた。

「ひばりしゃまー」

「ひばぁり、しゃーまぁー」

「そのね、『しゃま』は要らないんだ。それは、悪い人がふざけて呼んでいるだけだから」

 ヒバリのことを、ふざけてよくヒバリ様と呼ぶ獄寺が振り向き、ヒバリに睨まれてにんまりと笑う。こちらは酒に手を伸ばしておらず、チェリーコークのグラスを手にしている。

「あれ、オマエ、さままでが名前じゃなかったっけー?」

 にやにや笑いながらそんなことを言う獄寺に、ヒバリは美しい鼻筋に横皺をよせた。

「しゃまー、しゃまー」

「やっぱりひばり、しゃまー」

「ひばり、しゃーまーっ」

 大人たちが楽しそうに話すのを子供たちも聞いていれば楽しくなる。キャッキャッと嬉しそうに声をそろえる双子は、相手が自分を可愛がってくれることを承知で甘えている。

「いいけどね。好きなようにお呼び」

 絨毯にしゃがみこんだまま、子供たちに構うヒバリを、ウイスキー片手にヴァリアーのボスは見て、それから銀色の鮫に視線を投げた。

「立ち話してねーで座れぇ。なに飲んでんだぁー?」

 銀色の鮫は男の視線を読み違えない。その声を聞いて、双子の隣で食事を介添えしていたルッスーリアがあいている椅子を引いて勧める。

「ありがとう」

 着席しながらヒバリは手を伸ばす。先にその手を掴んだのは女の子の、ソルの方だった。あ、という顔をした男の子、ルナのことはひょいっと、ティアラの王子様が片手で抱き上げて自分の膝に座らせる。

「オマエの子供みたいだぜ、ヒバリさまぁ」

 軽口を叩きながら、獄寺隼人はヒバリが飲んでいた黒糖焼酎のボトルをヴァリアーたちのテーブルに持ってきてやる。

「そう?」

 言われたヒバリは満更でもないらしい。女の子の髪を優しく撫でてやる。ふわっと、笑った子供の表情に、ふっと十年後の少女の面影が浮かんだ。

「いっぱい食べて眠って、大きくおなり」

 大きくなった君は可愛かったよ、とは、雲雀恭弥は言わない。どんなに些細な言葉でも未来に干渉することがあってはならないから。そのまま暫く、女の子はヒバリに懐いていた。が。

「眠いの?」

 背中がゆらゆら、揺れだして、眠くなってきたらしいことをヒバリは察する。

「ふにゃ……」

「ふに、ふにゃ……」

「眠くなったみてーだなぁー」

 竹寿司の寿司桶を目の前に据えてぱくぱく、サヨリに鯛、平貝にアサリの煮浸しといった旬の魚介を食べていた銀色のオンナが口を挟む。その声が聞こえて、子供たちは重くなった目蓋を上げながら、そっちへ手を伸ばす。

「しゅくー」

「しゅくあーろー」

「しゅく……、ぁー、ろ、ぉ……」

「おー。寝るかぁー?」

「しゅくー」

「しゅ、くぅー」

 眠くなった子供は銀色の名前を呼ぶ。一緒に眠って、とは、まだ口がまめらないけれど、一生懸命のばした小さな手が言葉より雄弁に意思を伝えた。

「あー、よしよし。寝るぞー。んじゃちょっと、オレぁ寝かしつけて来るぜぇ。ほぉら、おやすみって、言えー」

 双子の指名を受けた銀色はヒバリと王子様の腕の中から子供たちを抜き出し、小脇に抱え立ち上がり、まずは家主である沢田綱吉のもとへ。

「おやしゅみ、なしゃいー」

「おやしゅみなしゃいー」

 日本支部のテーブルで食事をしていた沢田綱吉は笑って、ゆっくり眠りなよと告げる。それから双子は父親の前へ差し出された。相変わらず緊張しつつ、子供たちはおやすみなさいと、尋常な挨拶。

「……」

 父親は軽く頷くだけ。それでもこの男にしてはまともな反応のうちだ。それから銀色は、なんとなく意気の上がらないドン・キャバッローネのところへ。

「ほーら、拾ってくれたニーチャンに、おやすみとありがとう言っとけぇ」

「おやしゃみ、なしゃーい」

「ありがとぉ、ごじゃいまち、たぁー」

「気にしないでくれよ。おやすみ」

 跳ね馬は笑う。ウソ笑いだと長い馴染みの銀色は分かったが、構わなかった。

「あ、スクアーロ、案内するのな。子供たち、前に使ってた部屋があったら」

 こっちこっちと、山本武が子供を抱いた銀色の鮫を奥へと案内する。翳りのない明るさにドン・キャバッローネはかすかにタメイキをついた。

「ボス」

 眼鏡のロマーリオが優しく声を掛ける。そう落ち込みなさんな、元気を出しなと言っている。惚れたオンナが自分のではない子供を抱いている姿に、悲しみを感じてしまうのはオスの本能だけれども。

「ってーかよぉ、子供たち、どーする?」

 双子が退場したダイニングルームでこれからのこちを打ち合わせようと、口火を切ったのは獄寺。ヒバリはそういう雑事には興味がないらしく、日本支部のテーブルに戻って箸をとり直す。鉢盛の中に入っている、クワイの煮転がしはヒバリの好物なので誰も手をつけていなかった。

「あんまり長くはひっぱれないね。ディーノさんたちと一緒にイタリアに帰ったほうがいい、かな?」

 疑問符はその子供たちの父親に向いていた。

「ここに居ない筈のやつらは、明日、戻れ」

 ゆったりとグラスに口をつけながら、日本支部の責任者に問われたヴァリアーのボスは指示を出す。

「ガキどもは、キャバッローネが見つけたことにしておけ」

 九代目や門外顧問が目の色を変えて探している子供たちを見つける、という手柄をキャバッローネに渡すと男は言っている。そうか、と、キャバッローネのボスは尋常にその申し出を受けて、沢田綱吉が頷き、話は決まった。

「疑いをかけたいところがあるなら、リクエストに応じるぜ」

 手柄を譲られたキャバッローネのボスはザンザスに譲歩を見せる。せっかくの騒動だから、邪魔になる人物なり集団なりに疑いをかけさせて排除の手段にするなら協力するぜ、と。

「特には」

 ない、と、ヴァリアーのボスは答えた。たいへん格好をつけて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 双子は、失踪。

 今度はマジの行方不明。

「ごめん……。わかんない……」

 警備システムの録画や記録を総動員しても、何時どうやって出て行ったのか、全く分からなかった。

「ミーはナンにもしてませーん。ベル先輩の前髪に誓って無実デスー」

 幻術師は双子の失踪というか、誘拐というか、出奔に協力していないと、自分を睨むボスに降参の仕草で宣言する。

 ボンゴレ日本支部から双子を連れ出した犯人は分かっている。銀色の鮫が一緒に行方不明。

「いったい、どうして?」

 朝食の席で不在が分かり、それから食事どころではなくサンドイッチ片手に警護システムの解析に協力していたドン・キャバッローネがクビを捻る。

「すんません。たぶん、オレのせー、です」

 珍しく素直に謝罪したのは、煙草を吸うのも忘れてカタカタとパソコンのキーを叩いて画像処理していた獄寺隼人。

「心当たりが、あります」

 言いながら、視線をヴァリアーのボスに流す。

「……」

 オレにはない、とは、強面でハンサムな男は、言わなかった。