「で、オマエは何しに、十年前に来たんだ?」

 銀色の鮫は尋ねる。

「内緒」

 テンションは低くて口調は平面。けれど確固とした意思があることを悟らせる声で、少年は答えた。

「ヤマモト襲う為だとすっとなぁ、動機が気になるぜぇー」

「誘導尋問仕掛けないでよ。分かってるんだろ」

「アッシュグレイに惚れてんならやめとぇー。今度は肩、外されるだけじゃ済まねーぞぉー」

 新しく運ばれてきたカフェに銀色は口をつけながらさらりと言った。

「バレてないとは、思ってなかったけど」

 少年は淡々と喋る。今は手負いで、実は右腕の動きが不自由なことを、この銀色に誤魔化せるとは思っていなかった。

「アイツは、こえぇ。肩だけで逃げてこれたのは相当、運がいいんだぜぇ、オマエ」

「分かってるよ」

「分かってんならさっさと十年後に戻りやがれ」

「向こうでオレを撃ってくれないとムリ」

 淡々と喋る少年の口元を、じっと銀色の鮫は見つめる。ウソをついているのか、いないのか、見定めようとするように。

「おれ、山の別荘に監禁されるの?」

 銀色の視線を気にせず少年は尋ねる。

「監禁じゃねぇ、保護だ。あそこが一番、人目を避けやすい」

「アンタと逃避行はちょっと、父さんが怖いんだけど」

「ばぁか。オレぁ護衛だぁ。逃げなきゃなんねーのはてめぇ一人だけだぁー」

「顔は見られてないつもりだけど」

「甘ぇな」

 不自由な手で、やっと食事を食べ終えた少年に、銀色の鮫は厳粛な口調でそう言った。

「ボンゴレの雨の守護者だぜアレでも」

「そんな自慢そーに、アレとか言われても」

「気性は死ぬほどキチィんだ。ボンゴレ日本支部に入り込まれて、部屋ん中に踏み込まれて、追って来ねーと思うか?」

「スクアーロは山本とどっちが好き?」

「どっちも好き嫌いじゃねーなぁー」

 子供の扱いに関しては素人でない銀色は、はきはきと答えた。

「どっちが大事かってったら当然、てめーだぁ。ヤマモトが追って来やがったら、てめーを庇ってマジでやり合ってやるぜぇ」

「凛々しいね、スクアーロ。惚れそう」

「言ってやがれ」

「二対一なら勝てるかな?」

「他所に行ってろ。邪魔になる」

 勝負に関してはドマジの銀色はばっさり、少年の加勢を断わり引導を渡す。お前は自分たちのレベルではない、と、告げる口調には厳粛さがあった。

「けど、まぁ、逃げて誤魔化せる限りはごまかすぞ。ありゃボンゴレの雨の守護者だ。名指しで非難されたら、いくらてめぇでも、ヤバイ」

 九代目の孫という立場はボンゴレの内部で尊重されるけれど、それは血統であって職位ではない。組織内で公の発言権があるのはどうしても、十代目守護者である山本の方。

「十年前からアイツに遠慮してんだね、スクアーロ」

「そんなものした覚えはねぇが、スジは通さねぇとなぁー。オレたちゃリング戦で負けて、ボンゴレのボスはサワダツナヨシになったんだからよぉ」

「負けて悔しくないの?」

「死ぬほど悔しいぜぇー」

 はきはき、銀色の鮫は誤魔化さず本心を答える。自分の本音と向き合う度胸に不自由したことがない気性の覚悟の良さ。

「悔しいけどなぁ、負けたのは事実だ。それは認めねぇと、負け犬の遠吠えはみっともねぇからなぁー」

「オレ、十一代目に、トライしてみようかな」

「好きなよーにしろぉ。行くぞぉ」

 銀色の鮫が立ち上がる。幼児のことは少年が抱いて水上タクシー乗り場まで運んだ。日本から逃避行している間中、銀色の鮫は手に何も持とうとしない。けっこう、マジで、追っ手を警戒している。戦闘態勢を崩さない程度には。

「十年後と同じこと言わないでよ」

 双子の姉を抱きながら少年は銀色の後ろを歩く。身長は年齢にしては高く、銀色の肩くらいまである。腰を揺らさない歩き方も素人のものではない。山本武の寝込みを襲おうと企む程度の腕は持っているらしい。

「他に言いようがねぇだろーが。挑戦の権利は持ってんだ。使うか使わねぇかは自分で、好きに決めやがれ」

「オレが十一代目になったら嬉しい?」

「てめぇがなりたくってなれたンなら嬉しいぜぇ。そーじゃねーなら、あーぁ、って思うかもなぁ」

「あーぁ、って、ナニ?」

「苦労するだけなのに、ってよ」

「オレが十一代目になったら、スクアーロに肩身の狭い思い、させなくって済むかな」

「はぁー?」

 前をずかずか歩いていた銀色が思わず振り向く。幼児を抱いた少年は無表情だがふざけた様子はなく、本気で言っているらしい。

「スクアーロだけじゃなくて、ベルも、ルッスも」

「自分で言うのもナンだがなぁー、オレらほど好き放題してんのも珍しいと思うぞぉー?」

「父さんはどうでもいいけど」

「アイツぁ自分に合わせて地球を廻してやがるだろーがぁー」

「スクアーロたちのこと、ラクにしてやりたいとは、思う」

「少なくともよぉ、ボンゴレの中じゃ、オレらほど楽々、過ごしてる奴らは居ないんじゃねーかぁー?」

「あんたは優しいからそんな風に言うけど」

「心の底からだぜぇ」

「オレは、日本支部は、どうかと思うんだ」

「言いたい意味は分かんねーじゃねーがなぁー」

 ヴァリアーは負けた身の上。けれどボンゴレ最強部隊として大きな顔で好きなように過ごしている。それには当然、代償を支払っているのだ。ボンゴレ日本支部を率いる十代目・沢田綱吉が嫌う汚れ仕事はヴァリアーに廻ってくることが多い。

「オレが十一代目になったらスクアーロ、誰にも遠慮しないで居られるよ」

「オレらのことはほっとけぇー。イヤんなったら、自分らでナンとかすっからよぉー。てめぇが好きなよーにすんのは止めねーが、理由をオレらにすんのは止めとけぇ」

「好きなんだ。仕方ないだろ」

「あとなぁ、敵わないのに喧嘩売るのはバカだぞぉー。ヤマモトに勝ちたきゃあと十年、死ぬ気で腕を磨くんだなぁ」

「嬉しそうに言わないでよ。愛弟子がオレを撃退してご機嫌なのは分かってるけど。山本って、ひどくてズルイよね」

「暗殺部隊のボスの息子に言われるほど気合いが入ってもねぇと思うが、要領いいところはあるなぁ」

「オレは、あれが、気になって腹が立って」

「アッシュグレイの件ならなぁー、苦労してんのはヤマモトのほーだぞぉー。あんな別嬪モノにしよーってんだから当然の苦労だけどよぉ」

「なんか、……許せない」

「喧嘩売るのは止めねぇよ」

 銀色の鮫は、食事をして眠くなったらしい幼児の頭を撫でてやる。おやすみ、と告げた言葉は魔法のように効いて、幼児はすーっと、少年の腕の中で眠った。

「重い」

 眠った子供は重くなる。うんしょと抱えなおして、少年は銀色について水上タクシーに乗りベネチアに背を向ける。

「負けたてめぇを庇ってやんのはこれっきりだ。あと、十年前に行って片付けよーとかの、卑怯な真似は、二度とすんじゃねぇぞ」

「あいつだけ、どうしてあんなに、祝福を受けるんだろう」

「さぁなー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キャバッローネの一行とは別便で、ヴァリアーのボスもイタリ本国へ戻った。

「なぁ」

 銀色の鮫に置き去りにされて黙り込んでしまった男の周囲には磁場が発生している。他人を容易に近づけない重力。けれど、それをものともしない、度胸があるのか鈍いのか分からない獄寺隼人が、飲み物を持って席に近づく。

「ギンザメ探すの、オレも連れてってくれよ。一緒に謝っから」

 乗っている飛行機は沢田家光の石油掘削組織、チェデフの所有するモノ。この男が双子の捜索のために至急。本国へ帰国すると聞いて提供された機体は、内部にシャワー室や寝室を作ったせいで座席は二十人ほどだが、席の間隔も広くて快適な作り。

「……謝るようなことはしていないだろう」

 カフェを差し出された男はそれを受け取り、重い口を開いた。

乗っているのはザンザスと獄寺、それに笹川了平の三人だけ。オカマと王子さまは幻術師とともにキャバッローネと一緒にイタリアへ向かっている。晴れと嵐の守護者は、沢田綱吉からつけられた『応援』という立場。

「アンタはともかく、オレはしちまったよーな気がする。アンタはギンザメが大事にしてるヒトなのに、勝手に近づいて悪かったな、ってさ」

 反省していると獄寺隼人は、素直な謝罪を口にする。何もしていない。多分、キスもしていない。していない筈だ。

 夜遅くまで日本の警察機構や国際警察との協力体制について話していた。そのまま、酔って並んで、眠ってしまっただけ。

「そっちは、いいのか」

「どっちだよ?」

「オマエのは拗ねてねぇのか?」

 目の前の美形に恋人が居ることを承知のザンザスが尋ねる。この男が他人の心配をするのは珍事である。

「あー、ナンかよぉ、それどころじゃねーみてーでなぁー」

「?」

 ボンゴレ日本支部に侵入者があったらしいことを、獄寺はザンザスに喋らない。懐いているがそれとこれは別、という、シビアなところのある美形だ。

「今んとこ、オレには文句、言ってきてねぇよ」

 ナニゴトかがあることを男は当然、察した。察したが聞き出そうという無駄な努力はせずに。

「そうか」

 あっさり矛先を収める。それでころでは、ないのかもしれない。